56.最初の事件(3)
「ごちそうさまでした」
真見は夕食を平らげると手早く食器を片付けると、部屋に戻って窓を開けた。
風呂上がりで火照った体に外のひんやりとした風が気持ちいい。やがて風に乗って微かな羽音が聞こえると真見は声を上げた。
「サン、お疲れ様」
雪野と共に出て行ったサンを両手に受け止める。
「何?これ」
真見はサンの足首に結ばれていた小さな筒のようなものに気が付く。その中に丸められた紙が入っていた。
「これって……!」
紙に書かれた文書を読み終えた真見は思わず声を上げた。同時に戸口がノックされ真見は慌てて窓を閉める。
「はいっ!」
「神野さん、今話しても大丈夫?」
「相模君?」
真見はサンと一緒に首を傾げた。
「ありがとう。写真、見つけてくれて。あんまりお父さんの写真データ残ってなくてさー」
「そんな!たいしたことじゃないよ……」
真見はソファの背もたれに寄りかかる。二人は診療所の待合室に移動していた。
消毒液の香りを嗅ぐと、良と出会った日のことが思い起こされる。しかも真見の恰好がパジャマ代わりのジャージなので、余計にあの日を彷彿とさせた。
通路を挟んだ隣のソファから良が話始める。
「僕お父さんと過ごした記憶が一切無くって。今だに悲しいとか寂しいとかっていう感覚がないんだよねー。お母さんも島の外で働きに出て行ったきりだし。神野さんが泣いてくれて初めて悲しい事だったんだって自覚できたよ」
「……いや、私はただ……心が弱いだけで……」
真見は良の言葉を聞いて、瑠璃の告白の事を思い出す。
(もしかして相模君、悲しいことがあって自分の感情が分からなくなってるのかもしれない)
良が真見の返答を聞いて静かに首を振る。
「神野さんは弱くないよ。僕なんかよりもずっと強い。人の心に寄り添うことができるって凄いことだと思うよ」
「そうかな……。何の役にも立ってないよ。皆に助けられてばかりで……」
項垂れる真見に良が穏やかな口調で言った。
「でもこの島のために事件を解決しようとしてくれてるんでしょう?」
「えーと……」
「いいよ。誤魔化さなくて!本当は事件をまだ追ってるんだ」
(やっぱりバレてたか)
真見はため息を吐いた。裏で動くことのできない、格好悪い自分に嫌気が差す。そんな姿に良が太陽のような明るい笑みを浮かべる。
「協力させてよ。僕もこの島を守りたいんだ。だって……僕の居場所はこの島しかないんだから!」
良の言葉に真見は心を掴まれた。両親がいない良にとって島はかけがえのない居場所なのだ。良の心にシンクロすると真見はまた涙ぐみそうになる。
『泣き虫、弱虫。偶にはその共感力、他で使ったらどうなの?』
いつもとは違う悪口を耳にして、真見の涙が引いていく。
(そうか……。Xさんの気持ちに寄り添えばいいんだ)
硬く縛られた思考の結び目を勢いよく解かれた。同時に今まで耳にしてきた声の正体に気が付く。
(今までの悪口って……。全部私が言ってたんだ。過去に人から言われたことを復唱してたんだ……!)
ソファの背もたれから上体を起こすと思わず呟く。
「そっか……Xさんは守りたかったんだ」
「X?それって何ー?」
良が首を傾げている。静まり返った待合室に猛スピードで何かが転がり込んできた。
「ちょっと、二人で何をやってるの?」
「瑠璃!」
駆け込んできたのは髪を下ろした姿の瑠璃だった。その顔は不機嫌そうに曇っている。真見は慌てて弁解する。
「これは、その……何でもないから!」
「じゃあ何の話?」
うろたえる真見の代わりに良が答えた。
「裏活動の再開についてだよ」
それを聞いた瑠璃が腕組をして笑みを浮かべる。
「私、中途半端って一番嫌いだから」
真見は不思議な浮遊感を感じながらその光景を眺めていた。




