53.偽日常(6)
「その探偵君、危険ね。Xと近しい関係にあるかもしれない。……何かの理由で真見ちゃんを誘導しているみたい」
病院を訪れる数分前、真見は雪野から驚くべき見解を聞かされていた。さすがの真見も大きな声が出てしまう。
「そんなはずない!万野さんは私のことをずっと助けてくれたんですよ!第一、Xの仲間なら事件について追うのは可笑しくないですか?」
「それは分からない。Xの指示か探偵君の指示か……。どちらにしろXは事件のことを調べられても構わないと高を括ってる。……真見ちゃんを動かすことができるのなら」
一息つくと雪野は言い放った。
「島から出た方がいい、というなら探偵君は私達の敵よ」
雪野の言葉に真見は固まった。
「Xがゲームマスターだとしたら探偵君はNPC。ゲームの進行係というところかな。何らかの理由で真見ちゃんを島の外に誘導してる」
「そんな……!」
「貴方の直感は何て言ってる?」
真見は黙り込んだ。雪野は腕組をしたまま続ける。
「私情を挟んで、直感を鈍らせたらダメ。人生にはね、どんなに辛くても直視しなきゃいけない真実があるの」
病院の外に出ると真見は一筋の涙を流した。
(本当はずっと万野さんの『探偵になれない』って言葉に引っかかってた……。でも気が付かないふりをした。だって、そうだとしたら……今まで私に優しくしてくれていたのは全部嘘だってことになるから……)
真見は立ち止まって運動靴のつま先をぼんやりと眺めた。
(直感だけが私の取り柄だったのに……。全然ダメじゃん)
真見の心が泥にまとわりつきそうになった時、セル・ディビジョンが通知を受け取った。
「ごめんね。急に」
「いえ……」
真見は目元をごしごし擦りながら手を振る雪野に近づく。2人は相模診療所の前にあるベンチに腰掛けた。真見は佳史のことを打ち明ける。
「そう。やっぱりね」
「はい。気になることを言っていました。『銃弾を受けたような感覚が確かにあった』と」
「……それは本当なの?」
雪野は慌てて真見の方を見る。真見は静かに頷いた。
「だとしたら。このセル・ディビジョンは想像以上の代物だわ。人に『死を錯覚させる』機能があるということね」
「それって……My ISLANDの、実際に攻撃を受けたように感じる技術のことですか?」
雪野は再び前に向き直りながら答えた。
「ええ。セル・ディビジョンの仕組みは知ってるでしょう?脳や神経に干渉してバーチャルの存在を見ているように錯覚させているって。触覚にも干渉することでゲーム内のダメージを感じることができる。もしそれが人間の「死」を錯覚させることができたとしたら?」
真見は口の中が急激に乾いていくのを感じた。今まで追って来た事件が頭の中を通り過ぎて行く。
「もしかして……今までの事故は全部、セル・ディビジョン完成までの実験だった……?」
自分で口に出しておいて鳥肌が立った。Xは未来を支える技術と称して証拠を残さず、手を汚さない殺人を起こす技術を生み出していたのだ。
「こんな酷いこと、どうして……?Xさんは国を滅ぼしたいの?」
真見が途方にくれたような表情を浮かべている横で雪野はベンチの背もたれに寄りかかる。
「いいえ。Xは誰よりもこの国の行く末を憂いてる」
「え?」
Xについて語る雪野はいつも苦しそうだった。雪野は顔を俯かせると話題を逸らすように真見に問う。
「真見ちゃん。何でもいいんだけど、島に上陸して何か気が付かなかった?」
「上陸した時ですか?」
「幽霊だけ引っかかってるの。何故セル・ディビジョンなしで確認することができたのか。考えたくないけど死を錯覚させる技術が媒体なしで完成していたとしたら……」
「違和感……」
真見は命島に到着した日の事を思い出す。五感を研ぎ澄まし、感覚を体に呼び戻した。
船から落ちる前の音、匂い。海の冷たさ。塩辛さ。イルカと良の温かさ……。地面の感覚。
脳内に一筋の光が閃いた。
「地面……。地面の感覚が少しだけ変だなと思いました」
「地面?なるほど……。何か仕掛けるとしたら地面しかない。だとしたら整備された道が怪しいわね」
雪野は右足で地面を払って見せた。
「ありがとう。真見ちゃん、私はこの島の地面を調べてみる」
「あの!だったらこの子を」
真見はポケットからサンを取り出す。
「これは……」
「セル社の生物、土壌調査ロボットの『スカラベ』です。土の成分を調べることができるはずです」
「セル社の製品か……大丈夫かしら」
雪野は眉を顰める。サンは掌の中で首を傾げた。
真見は直感でサンは大丈夫だと考えていた。頭の中で確かな根拠をかき集める。
(万野さんみたいに、考えるんだ!)
「大丈夫だと思います。裏の研究を続けるには表の研究も必要なはず。バイオミメティクスの研究に裏の研究要素はないと思います」
真見の力強い言葉に雪野は微笑んだ。
「直感。上手く使えるようになってきたんじゃない」
「……はい」
真見が弱々しく笑った。奇しくも佳史と一緒に行動してきたことで自分の直感に論理を結び付けることができるようになっていたようだ。
「引き続き作業をお願いするわ」
雪野は立ち上がりながら言った。
「Xの目的は神野真文さんではない。探偵君の誘導からも明らか……。真見ちゃんが狙われている理由を考えて。私達は当初、真文さんの娘であるという理由で貴方を監視していたけれど違った」
「私を狙う理由……」
真見が黙り込む様子を見て雪野は笑った。
「それじゃあね。私は『幽霊』のことを調べたらまた連絡する」




