52.偽日常(5)
「やあやあ!皆お見舞いに来てくれたんだね。ありがとう」
病室の佳史が明るい声を上げる。
「思った以上に元気すぎる」
「万野先輩!元気で良かった」
瑠璃と良の会話を聞きながら真見は小さく安堵する。真見達が送った花束が病室に飾られている。さっきまで病室にいた女性は小柄で、先日見かけた女性とは別の人物だった。
「あの人も僕の保護者だよ。この島内では試験的に同性のパートナーシップも婚姻関係として認められてる」
真見の誰だろうという視線に気が付いた佳史が言葉を続ける。
「そうだったんですね。失礼なことをしてすみませんでした。お父さんのこともあったから知らない人だと警戒してしまって……」
「いや、気にしてないよ」
佳史は何ともなさそうだったが、真見は内心申し訳なく思って萎れた。
命島では法整備も未来に向けたものを試験的に採用している。本島では婚姻に関する法整備が万全とは言えず、停滞していた。
危機的な経済状況、少子高齢社会ということもあって人権に関する政策まで手が回っていないのが現状だ。だからこそ何歩も先を行くこの島の姿が真見は眩しく映る。
「やっぱりこの島はすごい……。こうあって欲しいという未来の日本の姿がちゃんと目の前にある。私って浦島太郎なんだな……」
真見のしんみりとした発言に佳史が噴き出した。続けて良と瑠璃も笑い声を上げる。
「浦島太郎……あはははっ!神野さんって面白いね」
「え……?そんな可笑しなこと言いましたか?」
真見が照れくさそうに顔を俯かせたところで、そのまま話題は学校の幽霊の話へと変わった。
「まさかこんなことになるとはね」
「あの、万野さん。ごめんなさい、私……」
真見が頭を下げるとベッドの上の佳史が首を振った。
「神野さんが謝ることはない。僕が言い出したことだし」
「そうだ!正義さんに事件を追うのを止められちゃって。今後の方針について悩んでたんですけど……」
良が話題を変える。真見は緊張した面持ちで佳史の表情を見た。
「仕方ない。事件を追うのはここまでにしよう」
「へえ。万野先輩にしては珍しいですね。あっさりと引き下がるなんて」
瑠璃が意地悪く笑うが、佳史は爽やかな笑顔のまま答えた。
「危ないと思った時の引き時は分かってるって!」
「万野先輩聞いてるか知りませんが……今、真見のお父さんが行方不明になってるんです」
「何だって?」
驚いた表情を見せる佳史に瑠璃が腕組をしたまま続けた。
「だから私達は良の診療所に寝泊まりしてるんです。真見の安全のために」
佳史が眉を顰める。
「神野さんのお父さんが居なくなったんだ。島にいるのは危険なんじゃないか?」
「セル社の方々にも島を出てお母さんのところへ戻るように言われたんですが、お父さんを置いていきたくないんです……」
「……」
真見は佳史の様子を伺いながら答えた。雪野と手を組んで事件を追っていることは広報部のメンバーには話していない。
佳史は優しく真見の腕を叩いた。
「……神野さんのお父さんは無事だよ。きっとすぐに帰ってくる」
「……ありがとうございます」
病室の壁に浮かび上がる電子時計盤を見上げた良が声を上げる。
「あー!そろそろシー・リサーチャーの調査の時間だ」
「私も。部活動が始まるので」
「そうか、もうそんな時間なんだ。来てくれてありがとう!暇だからまた来てよ」
佳史がひらひらと手を振った。真見だけはその場を動かない。
「私、万野さんに聞きたいことがあるから……。皆は先に行ってて」
「えー?何?そしたら僕も……」
「行くよ。良」
駄々をこねる良を、事情を察した瑠璃が押し出す。瑠璃が心なしか嬉しそうな表情を浮かべていたので真見は困った笑みを帰した。
(瑠璃ってば絶対勘違いしてるよ)
真見は二人を見送った後でベッドに座る佳史と向かい合う。
「神野さん、聞きたいことって?」
「ごめんなさい。こんなこと聞くの……失礼で、迷惑だと思うんですけど」
真見は視線を落とし、握りこぶしを作る。
「銃弾で撃たれた時のこと……詳しく教えてもらえますか?」
真見の言葉に佳史が目を丸くする。その後で薄く笑った。
「神野さん……。もしかして一人で裏活動、続けるつもり?」
「……」
真見は黙って床に視線を落とす。
「帯刀駐在員から言われなかった?危ないから事件を追うのはやめた方がいいって。すぐにでも島から離れた方がいい」
「……そうかもしれません。でも、私は父を探し出したいんです。それと……この島を守りたい」
佳史が目を見開いた。真見は自分が恥ずかしいことを言っていることに気が付いて、思わず小声になってしまう。
「神野さんの気持ちも分かるけど、これ以上危ないことはしない方がいいよ」
「じゃあ……どうして」
真見は言葉を途切れさせると一息に言った。
「どうして、無事だなんてはっきり言えるんですか?万野さんは直感の私と違って……論理的に物事を見るはずですよね?」
佳史は真見の言葉に目を見開いた。すぐに元の表情に戻ると力なく笑う。
「言ったよね?僕は探偵になれないって。だから神野さんが欲しい答えはあげられないよ」
「……」
真見は握り拳をつくりながら視線を床に落とす。その返答はそれ以上、真見の質問に答えるつもりはないと言っているようだった。
「……意識を失う前、銃弾に撃ちぬかれたような感覚は確かにあったよ」
「え?」
佳史の言葉に真見は弾かれたように顔を上げた。驚いた真見の表情を見て佳史は微笑んだ。
「神野さんは情報聞き出すの、向いてないよね。嘘も付けないし」
「……万野さんは本当に……」
真見が言いかけた時に外からノック音が聞こえてきた。部屋に2人の女性が入室する。
「佳史?お友達、帰ったの?」
「ああ。今から帰るところだよ」
真見は出かかった言葉を飲み込むと頭を下げた。
「……失礼しました。お大事になさってくださいね」
佳史の保護者たちと入れ違いになるようにして部屋を出る。真見は病院の廊下を歩きながら雪野との会話を思い出していた。




