50.偽日常(3)
「お母さんが使ってた部屋を使って。正面がぼくの部屋だから」
そう言って手動のスイッチで明かりを点けると、こじんまりとした和室の部屋が姿を現した。
押し入れと本棚、化粧台が置いてあるが生活感が全く感じられない。真新しい敷布団と部屋の中の物がちぐはぐだった。部屋の主が長い間、留守にしていることが分かる。
「使わせてもらっちゃっていいのかな……」
「大丈夫だよ。母さん帰って来ないから」
「そうなんだ……」
(家庭の事情、色々あるもんね。あんまり深く聞かないでおこう)
真見は荷物を下ろして黙り込んだ。静かな部屋に、雨粒の音が大きく聞こえてきた。
「早く行かないと瑠璃母さんが怒るよー」
真見が良の家庭を慮って黙り込んでいたところに良が冗談を言う。真見は慌てて我に戻ると大きく頷いた。
「うん!今行く」
「おいしい!瑠璃、料理うまいんだね!」
「そうかな。ありがとう」
真見の賞賛を受けながら瑠璃が微笑む。
「うめえな。瑠璃、また腕を上げたか!」
「僕がつくるのとは味が違うなー。野菜も大口に切ってある。うん、おいしい」
「お望みならいつでも作るけど?」
瑠璃の大胆な告白に真見は内心ドキドキしながら良の反応を見た。当の本人は何も考えていないようで明るい笑顔のまま首を傾げる。
「え?いつもカレーはちょっとー」
(うわ……全然伝わってないよ)
真見は静かに肩を落とした。
「それにしても瑠璃が泊まりに来るなんて久しぶりだなー。小学生の時以来だろ」
有志の言葉に瑠璃はスプーンを置いて答える。
「それは、真見が心配だから。見張り」
真見は瑠璃の言葉を聞いた真見は驚きで目を丸くする。てっきり良と真見の監視に来たのかと思っていたからだ。その答えを聞いて大笑いしたのは有志だった。
「安心しな!良のことは俺が見張っとくからな!」
「え?見張られてるの僕……」
(違うよ!見張られてるのは私!)
賑やかな食卓を囲み、真見はホカホカとした気持ちになる。夕食後、風呂を終えた真見が一階に降りようとする瑠璃を呼び止めた。
瑠璃は空いた一階の入院ベッドに寝泊まりするようだ。真見よりも先に風呂を終え、長い髪を下ろしている。いつもと違う雰囲気に真見は緊張してしまう。
「あのっ!瑠璃……」
「何?」
瑠璃が腕組をしたまま振り返る。薄暗い階段の踊り場に雨の音が聞こえてきた。下の段にいた瑠璃を自然と見下ろす形になる。
「ごめん。相模君の家に居座ることになって……。相模君のこと気になって来たんだよね?安心して、私は相模君には感謝の気持ちしかないから!それ以外の気持ちは……何もないから!」
真見が素直に謝ると瑠璃がふっと笑う。
「違う。私は本当に、真見を助けたくてここに来たんだ」
「私の為に……?」
予想外の言葉に真見は固まった。
「本当は不安なんでしょう?ずっと口では大丈夫って言ってるけど」
瑠璃に本音を言い当てられて真見は押し黙る。ここまで真見は呪文のように大丈夫という言葉を繰り返してきた。瑠璃には嘘だと見抜かれていたようだ。
「私達にもできることはあるから。不安なら不安、怖いなら怖いって言いな。感情を吐き出すことは悪いことじゃない」
瑠璃の真っすぐな言葉に真見は胸打たれた。良の牽制の為に来たのだと考えていた自分が恥ずかしく思えた。
「瑠璃……ありがとう」
真見の泣き出しそうな表情を見て、瑠璃は居心地悪そうに視線を外す。
「良と真見って似てるから……。つい手を貸したくなる」
「似てる?どこが?相模君の方が運動神経もいいし人柄もいいし社交的だし……。正反対だよ」
慌てふためく真見を見上げて瑠璃があの月のような静かな笑顔を浮かべて答えた。
「何だ、分かってないの?お人好しなところ。優しくて自分より周りを優先するところだよ」
真見は暫く階段の踊り場から動くことができなかった。瑠璃は「お休み」とだけ言うとその場から立ち去ってしまう。
(優しいだけじゃだめなんだ。相模君と瑠璃みたいに強くないと……)
真見は人知れず握りこぶしを作る。火照った頬を冷ましながら真見は部屋に戻った。




