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ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
5/72

5.生まれもってのもの(1)

「娘が世話になりました……」

 真見の父、神野(かんの)(まさ)(ふみ)が島の診療所に真見を迎えにやって来た。真文は有志に向かって深々と頭を下げる。久しぶりに顔を合わせた父はどこかやつれて見えた。黒縁の眼鏡越しに見える目はしょぼしょぼと瞬きを繰り返す。目の下にはうっすらとクマが浮かび上がっていた。

「いえいえ!怪我もたいしたことないようで良かった!」

「船から落ちたのを救っていただいたとか……。本当になんとお礼を言ったらいいか……」

「いやいや。俺らは何も」

 真文はその後も何度かお礼を述べた後、受付に取り付けられた小型のカメラに顔を映す。すぐそのあとでチャリンっという小銭を落とす電子音が鳴った。

「それでは。お世話になりました」

 隣で淡々と挨拶を済ませる父を見る。真見は感情の無い父のことを気まずく思っていた。こうして顔を合わせるのも一年ぶりだ。

(こんな時まで冷静なんだ)

「……ありがとうございました」

 真見が頭を下げると有志が手を振る。良はただ、島タクシーの乗り込む二人を眺めていた。真見は良から視線を外す。

(絶対怒らせちゃったよね……。ごめんなさい)

 真見は心の中で良に謝罪する。

 

『島タクシーをご利用くださいましてありがとうございます!島民の方は顔を、パスをお持ちの方はパスをフロントガラスに向けてください』

 島タクシーに乗り込むとすぐに明るい女性の声が聞こえてきた。真文はそのままフロントガラスに向き合うと目の前に命島の地図が映し出された。

『神野真文様ですね!社宅へ戻られますか?それとも本社事務所へ向かいますか?』

「社宅で」

『承知しました!走行中は危険ですので停車するまで着席していてください。シートベルトの着用が確認できましたら、出発します』

 シートベルトを着用するとハンドルが独りでに回り始める。気まずい沈黙ののち、真見が恐れていた質問が投げかけられた。

「どうして船から落ちたんだ?誰かに……落とされたのか?」

 真見はその言葉に固まった。現場にいるはずのない父がそんなことを口走ったのか分からない。真見は膝に抱えたリュックサックを体に引き寄せた。隠し事がバレてしまったような気持ちになり鼓動が速まる。

(お父さんはただ心配性なだけだ。私が船から落ちるところを見てたわけじゃない)

 命島に来る前に送って来たメッセージを思い出す。

『くれぐれも気を付けて来るように』

 家族に対して淡白で表情を見せないが真見の母と真見の安否だけは異常に心配する。それを真見は不器用な優しさだと解釈していた。残念ながらそれは母親に一ミリも伝わっていない。挙句、浮気を疑われる始末だ。

(ちゃんとお母さんと私に言ってくれればいいのに。私達のことが心配なんだって)

 真見は父を安心させるように、相模一家と同じ理由を述べる。

「イヤフォンを落としちゃって……。そのまま体のバランスを崩したんだ。ほんと、相模君に助けて貰えて良かった」

 バックミラー越しに真文が真見を眺める。

「……そうか」

 真文が納得したかどうかは分からないが、それ以上深く問いただしてくることはなかった。

「明日、『シールド』と駐在所の者が事情聴取にくるだろうが。そのまま話しなさい。事故だったと」

「……シールド?」

 真見は聞き慣れない単語を復唱する。

「ああ。セル社と提携している民間警備会社のことだ。この島において警察のような役割を担ってる。この島に元から駐在所もあるから二重で話すことになってしまうが覚悟しくれ」

「うん……」

 真見は船の上で聞いた、「民間警備会社」のことが「シールド」であることを理解した。

「ここに来るまで変わったことはなかったか?」

「変わったこと?」

 真見は眉間に皺を寄せる。

「無人タクシーと、イルカのロボットかな?」

「……何もなかったのならいい」

 真文の無感動な声に真見は頬を膨らませた。真文にとって無人タクシーもイルカの救護ロボットも珍しいものではないらしい。

「明日、セル社の本部でお前の島民登録をする。それを済ませたら島の学校へ行ってくれ」

「お父さんは?」

「……仕事だよ。島内のビルにいるから。何かあったらすぐに連絡しなさい」

「……はーい」

 真見はリュックサックの上に顎を乗せた。

(学校か……)

 新しい環境に憂鬱な気持ちになる。

 真見は自分の耳に軽く触れる。

(イヤフォンも落としちゃったし……)

「イヤフォンは社宅にあるのを使いなさい」

 真見の不安げな様子を見て真文が言った。流石は真見の父親。長い間顔を合わせていなくても娘の言わんとしていることを理解している。

(それぐらいの気遣い、お母さんにもしてあげればこんなことにならなかったのに)

 真見はそっぽを向いた。

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