49.偽日常(2)
「ねえねえ。佳史お兄ちゃん、大丈夫だった?」
「あ……!うん、えっとねー……」
学校で結花に声を掛けられ、真見思わず口籠ってしまう。
「大丈夫!もうすぐ目を覚ますってさー!」
真見の代わりに良が元気よく答えた。それを聞いて結花が顔を俯かせる。
「怪我したの、私のせいだよね。幽霊のこと言ったの、私だもん……」
原因不明の現象の為、生徒には『夜の校内で階段を踏み外し、怪我をした』と説明された。子供達に恐怖心を与えないための配慮だ。幽霊についてはシールドと警察によって調べが進められているらしいが進展は見られない。
「そんなことないよ!夜の学校真っ暗だったから、誰でも怪我すると思う」
「うん……」
「またお見舞い行ってくるから。大丈夫だよ」
真見はそう言って結花の背を撫でた。結花は浮かない表情ながらも子供達の輪の中へ入って行く。
「見えたのが私達しかいないんだから、調べようがない……」
「正義さんも危ないからもう事件のことは追うなって言ってたもんねー」
事件が話題に上がり、真見は内心飛び上がりそうになる。雪野の計らいで、広報部の裏活動は禁じられた。勿論、真見を除いて。
「神野さんはあれが幽霊だと思う?」
「え?ああ……どうだろう。分かんない……」
良に話題を振られ、曖昧に微笑むことしかできなかった。
『その幽霊は間違いなく、Xが仕掛けたことよ。政府に非公開の技術でしょうね。真見ちゃんの直感は正しい』
真見は雪野の言葉を思い出しながら空を見上げる。今日は天候が悪く、自然エリアは肌寒かった。曇り空で今にも雨が降ってきそうだ。
真見の鼻は湿った土の香りを捉えていた。木や草も心なしか湿気を含んだような香りに変わっている。
(今日は早めにサンを戻さないと)
そんなことを思いながら再び昨夜の雪野との会話を思い出す。
『どんな仕組みで、どうやって意識不明にさせたか解明を急がないといけない。真見ちゃんは幽霊のことで分かったから教えて。それとまた島で何か起こったらすぐに教えて。どんな小さなことでも構わないから』
(今の所My ISLANDはこのセル・ディビジョンを装着した時にしか認識できない)
真見はMy ISLANDを観光モードに設定すると顔を上げた。
立て看板が現れ自然エリアの道案内が表示される。ランニングコースや自然堪能コースと矢印が伸びている。手で触れてみるが当然、神経に作用して見せている虚像なので触れることは叶わない。
ハンティングモードでは触覚神経にも作用して触れた感覚があるという。
真見は左手首に取り付けたセルディビジョンを取り外してみる。目の前にあった立て看板が消えてなくなった。
(私達は……どうやってあの幽霊を見たんだろう?)
『最後に一つ。絶対にXには接触しないこと。危険だから。あくまでも真見ちゃんは周辺の情報収集に徹して』
口元に人差し指を立てている雪野の姿が目に浮かぶ。
(雪野さん、結局Xの正体は教えてくれなかったな……。セル社の関係者って言ってたけど。私、本当に雪野さんの役に立ってるのかな……)
不安を感じながらも真見はセル・ディビジョンを装着し直し、サンを呼び戻した。
「お邪魔します……」
「真見ちゃんか!いらっしゃい!」
島タクシーから降りると真見は雨に濡れないように診療所に駆け込んだ。有志の豪快な笑顔が真見の心を落ち着かせる。
「良から話は聞いたよ!……お父さんが行方不明なんだってな」
「はい……」
顔を俯かせた真見の背を有志が力強く叩いた。
「大丈夫!すぐに見つかるさ!なんせこんなに狭い島なんだからな!」
「はい……」
「こら!じーちゃん。神野さんをいじめない」
「いじめてねえよ!話してるだけじゃねえか」
診療所の奥から良が呆れたように此方に向かってくる。温厚な良が有志を怒っても迫力がない。軽快な二人のやり取りを見て真見は小さく笑った。
「一階が診療所で上が僕らの生活スペースになってるんだー。丁度ご飯ができたところだから食べる?」
「じゃあ、頂きます」
消毒液の香りを感じながら良の後に付いて廊下を歩く。
「ご飯って相模君が?」
真見は良の家庭に両親が居ないのを感じとっていた。だからと言って直接聞くようなことは失礼でできなかった。
「ああ、普段ならじいちゃんと僕が交互に作ってるんだけど今日は……」
仄かにカレーの匂いが漂ってくる部屋から、何かが猛スピードで飛び出してきた。真見はその人物を見て目を丸くする。
「瑠璃!?」
「瑠璃が侵入して作ってるんだー」
「侵入してない。ちゃんと玄関から入って来たし有志さんにも挨拶した」
真見は思わず声を上げて笑ってしまった。エプロン姿の瑠璃が姿を現したからだ。
(瑠璃ってば相模くんのためになると抜かりないなー)
「やっと来た。荷物を置いて、早く席に着きなさい」
「瑠璃ってばお母さんみたいだね」
真見の発言に瑠璃の目つきが一段と鋭くなった。何か文句を言われるのかと思いきや、「手、洗ってきて」とわざとお母さん口調になる。真見はそんな瑠璃の様子にくすくすと笑った。




