48.偽日常(1)
(大丈夫。私は大丈夫)
鏡の前で呪文のように呟くと真見はスクールバックを肩に掛ける。そんな真見を気遣ったのだろうか。サンが肩に飛び乗ってきた。
真見は辺りを気にしながら外に出る。まるで真文のようだと思って内心笑いながらドアを閉めた。階段下に人影を見つけて思わず身を隠す。
(なんだ……相模君と瑠璃か)
真見は安堵のため息を吐くと階段を軽やかに下りて行った。
「おはよう。二人ともどうしてここに?」
「別に。通学路だからだけど?」
「瑠璃ったらー。万野先輩のことがあったから神野さんのことが心配で来たって言えばいいのにー」
そんな二人のやり取りをみて真見は安堵した。優しさが身に染みる。
「島内ニュースで見たんだけど真見のお父さん、行方不明なんでしょう?」
「……うん」
動揺を悟られないよう、真見は頷いた。雪野との話し合いで真文が居なくなってしまったことをシールドに報告したのだ。雪野の言う要注意人物……Xがどう出るか様子を探るらしい。
(まさか……雪野さんが公安警察の人だったなんて。あんまりよく分からないけど……。テロ組織に対応する凄い人。なんか……緊張しちゃうな)
「真見は一人で大丈夫なの?」
「え?ああ!お父さんの口座と私の情報を連携してもらったから大丈夫。それに家事は殆ど家電がやってくれるし。ご飯も頼めばいいから……」
瑠璃の問いに真見が遅れて反応する。
「そういうことじゃなくて……」
歩きながら瑠璃がため息を吐く。
「真見は辛くないの?」
瑠璃の真っすぐな問いかけに思わず心が揺れる。弱音が口元まで出かかって、止まった。わざと明るい声で答える。
「お父さんのことは心配だから……。元気な姿を見るまでは島に残るよ。お母さんには心配かけたくないからさ!」
真見はガッツポーズを作って見せた。
真文が姿を消したこと、雪野の存在について絵美に報告していない。それは真見がこの島に残るための作戦だった。
(お父さんが居なくなったって言ったら絶対に帰ってくるように騒がれるからね)
「それにサンだっているし」
真見の肩に乗せたサンが顔を傾ける。その様子を見た瑠璃と良が顔を見合わせた。
「何かあったらすぐに言って」
「物騒だし女の子一人で危ないよなー……。そうだ!」
良が手を打つと晴れやかな笑顔で言った。
「僕のうちに暫く居たら?空いてる部屋があるからさ」
「えええっ?泊まる?」
真見は思いもよらない提案に思わず大きな声が出てしまう。瑠璃の方をちらりと見ると、信じられないぐらい不機嫌な様子だった。紅潮した顔がすぐに青色に染まる。
「僕の家の隣が瑠璃の家だから安心安全でしょ!駐在所だって未開発エリアの方が近いんだ」
「あー……うん。でも悪いし……。お邪魔じゃない?」
真見が言い淀んでいると良が変わらぬ笑顔で続けた。
「じいちゃんも喜ぶと思うよ!早速話してみるから」
「えっと……待って。ちょっと……」
真見の制止も聞かず、良はどんどん話を進めてしまう。助けを求めて瑠璃の方に視線を移す。
「瑠璃!」
「あの社宅に一人は危ない。また落下事件が起きるかも分からないし……。診療所の方が安全なはず」
瑠璃は腕組をしながら独り言を呟く。納得したような口ぶりだが、瑠璃の周りを囲むオーラは不満で満ち溢れていた。
(あ……やっぱり怒ってる。葛藤させちゃってる!)
「良に馴れ馴れしくしないこと。そうすれば……許す」
瑠璃の凄みの効いた声に真見は震えた。良の提案に不本意ながらも納得してくれたようだ。
腕組をして真っすぐに真見を指さすその表情はとても険しい。
(怒ってはいるけど……私のこと、心配してくれてるんだよね)
真見は小さく返事を返した。
「……はい」




