47.直感の決意(4)
「恐ろしいことにXは自分にとって都合の悪い人材を技術の検証に利用していたの。2件目に起きた事故の犠牲者、駐在員さんは正義感の強い人でね……。
前に起こった船の溺死事件について自分で調べてたのよ。Xは自身の犯行であることを悟られないよう、新技術を使い、駐在員を殺した」
「人を実験台に?酷い……!」
真見は唇を噛み締めた。帯刀を思い出し、浮かばれない気持ちになる。
「私が捜査官に任命されてすぐ神野真文さんに協力を依頼したの。セル社の社内を監視してやっとXの容疑を確信することができた」
(だからお母さん。雪野さんを浮気相手だと勘違いしたんだ。お父さんの心配性は調査に協力してたから……)
今までの疑問が解決され、真見はすっきりした気持ちになった。真文が無実であることを早く絵美に伝えたい。
「真見ちゃんや絵美さんも監視対象だった。私の作業者だと分かったら、Xに危害を加えられるかもしれないから。
真見ちゃんが島に呼ばれたと知った時は肝を冷やしたわ。だからあの時、私はレオン号に乗っていた」
「私が島に呼ばれたのは……お父さんが裏切者じゃないか調べるため?」
真見は震えた声で雪野に問う。雪野は冷静に答えた。
「そう。下手に断れば怪しまれる。神野さんは泣く泣く真見ちゃんを島に呼び寄せた。
そしてXは真見ちゃんを船から落とす事故を引き起こした。シー・リサーチャーの実験ついでに、紛れ込んだ捜査官を炙り出すためにね」
「じゃあ、私が落ちたのも実験だった……」
「そうよ」
真見は呆然とする。謎が解け、霧が晴れたかと思いきや、霧の先は深い暗闇だった。Xという人物の頭脳明晰さと残忍さにただただ震える。
「危害を加えた男から事情を聞き出そうと様子を探ったわ。上手くいけばXとの繋がりも分かると思って。まあ、それも飛び降りによって消されてしまったんだけどね」
「……ということはお父さんが雪野さんの協力者であることがバレてしまったってことでしょうか?」
雪野は小さく頷く。
「ええ、恐らく。お父さんを捕えて私をおびき出そうとしてるんでしょうね」
真見はXの恐ろしさに言葉を失った。
「Xを調査した結果、当局はテロを引き起こす可能性が高いと判断した。だけど確実な証拠は押さえられないまま。何よりスーパーアイランド計画が絡んでいるせいで上手く介入できないの。
でも真見ちゃんの言っていた幽霊の話が本当ならXを押さえることができるかもしれないわ。その技術が危険であることが実証され、神野さんを拉致したんだから……」
「でもその幽霊。映像に残らないんです。どういう仕組みかも分からなくて……」
雪野は力強く頷いた。
「私達にも新技術の仕組みを深く知る神野さんの存在が重要なの。……だから私は命懸けで貴方のお父さんを取り戻す」
「だから真見ちゃん。貴方はこの島から出なさい」
「……え?」
真見は突然の提案に瞬きを繰り返す。雪野は別のウェアラブル端末を取り出すと何やら連絡を取り始めた。恐らく本島に控える警察本部だろう。
「後戻りはできないと言ったでしょう?神野さんが攫われた以上、貴方も危険だわ。本島に連絡して船を呼ぶからそれで逃げなさい」
「でも、お母さんにはなんて……」
「理由はこっちで考えるから。心配しないで」
有無を言わせない勢いに真見の心は曇る。話を聞いている間、ずっと震えていた。訳も分からないまま事件に巻き込まれ、真文の命まで危うい状況だ。
誰かの悪意の手に自分が掛かるなんて思っても居なかった。
『予想以上のことが起こったとしても、自分のできることをやりなさい。駄目なら逃げてもいい』
真文の言っていたことを思い出した。真文はこうなることが分かっていたのだろう。
(私、島に到着してから助けられてばっかだ……)
真見は俯いて、湿布が貼ってあった右足を見下ろす。
(また逃げるんだ)
左膝の大きな絆創膏に視線を移した。
病院を見上げて「事件を解決する」と息巻いていた自分が恥ずかしく思えた。意識を失った佳史にも顔向けできない。
(どうして私は何もできないんだろう。どうして……こんなに弱いんだろう)
『ほら。また泣くんだ。弱虫真見ちゃん』
またあの声が脳に響いた。涙が目に溜まる。真見は歯を食いしばると、鼻声になりながら声を上げた。
「私は……この島に残って……お父さんを探します!」
服の袖で軽く涙を拭い、雪野に向き合う。雪野は手を止めるとため息を吐いた。
「それは、お得意の直感かしら?」
「直感だけじゃありません。私は……」
真見は一呼吸置くと頭の中で良、有志、帯刀、瑠璃、佳史……島の生徒達の姿を思い浮かべた。
(Xさんがまた他の人を実験台にしたら?私だけ安全な場所に逃げるなんて……できないよ)
「この島の人達を……助けたい。助けられてばかりだったから」
沈黙の後、雪野は足を組み直しながら言葉を続けた。
「……私の作業者としてこの島に残るということでいいのかしら?」
「……はい」
「貴方はその間、Xに注意しながら一人で生活していかなければならないのよ。その覚悟はできてるの?」
「はい。私は広報部に入っているのでセル社への出入りも可能です!学校へだって入り込めます……!だから、協力させてください」
真見は自分が役立つことのできる要素を必死でかき集めた。泣き虫で力も弱い。とても捜査官の役に立つような人材ではなかった。
(自分でも分かってる。……けど、私は私にできることをやりたい。直感がそう言ってるから……)
子供じみた言葉だったが、何とかして雪野を納得させようと試みる。
「……分かったわ。実を言うと新たな作業者を探す時間が惜しいところだったの」
雪野は立ち上がると真見に左手を差し出した。
「これから宜しくね。……神野真見さん」
真見は緊張した面持ちで雪野の手を取る。




