45.直感の決意(2)
(……昨日の出来事で違和感があったことを纏めよう。忘れないうちに)
真見は、小さなノートに情報を書き留め始めた。昨夜の恐怖を思い出して目を瞑りたくなるが構わずに続ける。
(異変が起きたのは、資料室に入ってすぐだった?……ううん。事件のことを調べ始めた時だった……)
気が付いた頃にはすっかり日が落ちてしまっていた。真見はセル・ディビジョンから真文の通知を確認する。
(反応なし。どうしたんだろう。お父さんに聞きたいことがあるのに……)
真見が何度か通知を入れるが反応はない。
(何かあったのかな)
不安がよぎった真見はエマにセル・ディビジョンから通話することにした。
『マミ?こんな時間に珍しいわね。どうかした?』
「あの……お父さんが昨日から帰ってこないんですけど。今会社にいますか?全然連絡が取れなくて……」
エマが笑顔で答える。
『マサフミ?最近忙しそうだったからね。オーケー。チェックしてみるわ』
雑音が聞こえた後、エマが笑顔で答える。
『もう会社を出てるみたい。セル・ディビジョンの反応がないし、退勤処理してるから。もう少ししたら帰って来るんじゃないかしら』
「え……?」
ここから会社まで島タクシーで三分ほどの距離だ。歩いたとしても15分で到着する。
「あの……何時に会社を出ていますか?」
『午後6時過ぎね』
(もう午後8時を回ってるのに)
『どこかに立ち寄ってるんじゃない?』
真見の不安を和らげるようにエマが言葉を続ける。
「でも!昨日の夜から戻ってないんです!」
『昨夜?可笑しいわね……。昨夜もちゃんと出社と退勤記録があるわよ』
「え?」
真見は言葉を失った。
ベランダからインターホンの音が響く。蜂型のドローンが夕食を届けに来たのが分かった。
真見はベランダから夕食を受け取ると、テーブルに置くと、そのまま玄関から外に飛び出す。
(もしかして……。考えたくないけど)
真見はエレベーターに乗り込むと21階のボタンに手をかざす。足を止めたのは雪野の部屋だった。
インターホンを鳴らす手が震える。真見は大きく深呼吸をして自分を落ち着かせた。
(私は事件解決のためにお父さんに会わなきゃいけない。多分、雪野さんは何かを知ってる。私の直感がそう言ってる……!)
真見は息を整えるとインターホンに手を伸ばす。
(万野さんのためにも!)
『はーいって……。真見ちゃん?』
インターホンのカメラから姿を確認した雪野は驚きの声を上げた。
「どうしたの?こんな夜に」
「すみません……急に……」
真見は雪野の玄関や部屋の奥をそれとなく観察する。残念ながら真文の痕跡は見つけられなかった。
(お父さんはいなさそう)
「どうかした?」
雪野の視線に耐えられなくなって、真見は慌てて言い訳を並べる。
「ご……ごめんなさいっ。あのっ、お父さんが帰って来なくて。寂しいなと思ってきちゃいました」
苦しい言い訳でなんとか誤魔化した。まるで小さな子供のような言い訳に我ながら苦笑いをしてしまう。
(お父さん、来てないみたい。早くここから立ち去らないと)
そんな真見の思惑とは裏腹に、雪野が提案をする。
「いいわよ。しばらく一緒にいても。あたしも丁度暇だったし」
「ええっ?」
真見の声を上げた。雪野の笑顔に押されて断ることができない。自分が子供っぽい言い訳をしてしまった以上、相手の良心を無下にするのは憚られた。
「どうぞ」
「おじゃま……します」
最低限の家具、家電に何の装飾もない部屋。真見の考えていた女性の部屋とは遠くかけ離れていた。言い換えれば何の個性も読み取ることのできない部屋だった。
「何もないけどね。お茶ぐらいは出すよ」
「ありがとうございます」
真見は自分の両手を握って、どう話を切り出そうか悩んでいた。緊張でガチガチの真見の前に飲み物の入ったコップを置く。「どうぞ」という声は穏やかで、大人の余裕を感じた。真見は慌てて受け取る。
(何を緊張してるの?私がちゃんとしないと!)
「お父さん、いつも帰りが遅いの?」
真見の正面に座った雪野が会話を切り出してくれた。
「はい。実は……昨日から帰ってなくて。通知もないんです」
「そうなの?お仕事?」
雪野の反応は普通だった。動揺する様子が一つも見えない。
真見はそれが逆に怪しいと感じた。何かを取り繕っているように感じたのだ。握りこぶしを作ると更に踏み込んだことを質問する。
「私、雪野さんなら何か知っていると思ったんです。父と、頻繁に会ってるから……」
(ごめんなさい。嘘です。お父さんのために仕方ないんです)
一度しか会っている所を見かけていないが、雪野の反応を見るために泣く泣く嘘を吐く。雪野の瞳の奥が微かに光った気がした。
「そりゃあそうよ。貴方のお父さんは有名なゲームデザイナーだから取材に行ってもおかしいことじゃないでしょう?」
上手くはぐらかされてしまい、真見は思わず感情的になる。
「雪野さん、お父さんがどこへ行ったか知っているんでしょう?私、お父さんに聞かなきゃいけないことがあるんです!だから……!」
「お父さんに聞きたいことって?」
(雪野さん、どうしたんだろう。急に人が変わったみたい……)
雪野の探るような目つきに驚いて思わず床に視線を落とす。自分の手を自分で握りしめながら答えた。
「そっ……それは、『My ISLAND』のことです。あの現実とリンクしたゲームに何かあるんじゃないかって。考えたくないけど……社宅の飛び降りと関連してると思ってるんです」
「……それは、貴方が考えたこと?」
「はい……」
雪野の反応に真見は緊張感を高めた。何故、こんなにも真文の動向を気にしているのか。
(もしかして……雪野さんは島の事件の……関係者?)
「貴方はお父さんの所在を聞いた瞬間、いつもの日常は送れなくなるわよ」
「どういうことですか……」
真見は膝の上で握りこぶしを作る。雪野が只者ではないこと感じ取り、緊張感を高めた。
「島で平穏に過ごしたければ、この部屋を出て行きなさい。それと島で起こった事件に一切関わらないこと」
「……」
雪野の淡々とした口調に真見は圧倒された。立ち入り禁止エリアに足を踏み入れてしまったような感覚に陥る。得体のしれない恐怖で体が震えだしそうになった。




