44.直感の決意(1)
「お見舞いのお花、ありがとうね。佳史、まだ目を覚ましてなくて」
命島の病院の待合室にて佳史の母親がにこやかに真見達を迎えた。病院独特の消毒液の香りと見舞いの花束の香りが真見の鼻を通り過ぎて行く。
島の中心部にある病院は天井が吹き抜けになっていて広々としていた。遠くで案内用のドローンが来院者の応対をしているのが見える。
「ごめんなさい。佳史が言い出したんですってね。駐在員さんから聞いたわ。不審者の正体を暴こうと夜の学校に行こうなんて言って。2、3日の内には目を覚ますらしいから……安心して」
佳史の母親が小さく笑う。帯刀は上手く広報部の裏活動のことは伏せて状況を話してくれたらしい。
真見の心は罪悪感で押しつぶされていた。苦しくて、上手く言葉が出て来ない。
(どうしよう。謝らなくちゃ……。だって、私のせいなんだから)
「あ……あのっ!」
真見の掠れた声に一同が反応する。身体を強張らせたまま、真見は大きく頭を下げた。
「ごめんなさいっ」
佳史の母親は目を丸くさせると、真見の肩を優しくさすった。
「貴方は悪くない。駐在員さんからも謝られたけど、これは佳史の責任です。目を覚ましたら怒ってやらなきゃね」
自分の無力さと佳史の母の優しさに涙が零れ落ちる。
(泣きたいのは万野さんのお母さんのはずなのに。どうして私が泣くのよ……)
仰天した瑠璃と良が心配そうに真見を見つめていた。
『また真見が泣いてるよ』
『泣き虫真見』
どこからかそんな悪口が聞こえてくる気がした。
『泣いたら誰かが助けてくれると思ってるの?』
真見の心の中から流れて来る声が止めを刺す。真見の涙が止まることはなかった。
「それより。貴方、怪我したんでしょう。そっちの方がよっぽど申し訳ないわ。佳史が無理を言って、ごめんなさいね」
(違う。だってこの怪我は……万野さんを置いて、逃げた時に負ったものだから)
真見は首を振った。目元を手で覆い隠して涙を押さえ込んだ。嗚咽が漏れないように声を押し殺すのに必死だった。
「落ち着いた?」
真見が自販機からスポーツドリンクを持ってきてくれた。真見は静かに受け取ると鼻声で答える。
「ありがとう……」
「万野先輩は大丈夫だって。だから、安心しなよ!助けられなかった僕らにも責任はあるんだしさー」
隣に座った良が終始真見の事を励ましてくれる。
病院の前の公園に移動した真見はベンチに腰掛けていた。左隣に良が座り、ベンチの右端に瑠璃が立っている。
「昨日のあれは何だったの?やっぱり、幽霊?」
「あんなリアルな幽霊いるかなー?」
「どうして万野先輩は気を失ったの?結局あれ、銃じゃなかったんでしょう?」
「そうみたいだねー。それどころかあの幽霊、警備ロボットに認識されてなかったんだ。監視カメラにも映ってないらしいよ」
真見は二人の会話を耳にしながら昨日の出来事を思い出す。
(そう。可笑しなことだらけ……)
「お陰で私達はシールドの人達に変人扱い……。是非も無しか……」
「万野先輩もいないし。暫く調査中止だねー」
真見は自分の足元を見下ろして、佳史の言葉を思い出していた。
『君こそ探偵にふさわしい!』
病院を見上げると真見は決意した。
(私が……調査を続けるんだ)
「ただいまー……」
真見は玄関の靴の様子を見て首を傾げた。
(お父さんまだ帰ってきてないんだ。連絡もないし)
真見は大きなため息を吐く。家事全般は苦労することはなかった。家電に搭載されたロボットが終わらせてくれる。食事も街に買いに出るか、配達を頼めば問題はない。
夕食の手配をしなければならないので帰るか帰らないかの一言は欲しかった。真見は不意に雪野のことが頭に浮かび、首を振る。今は浮気調査をしている場合ではない。
真見は玄関に入ってすぐの自分の部屋に入った。机に向かうとぬいぐるみの上に乗ったサンと目が合う。軽く撫でてやるとサンは首を傾げた。
(事件を解決するって言っても。何から考えればいいんだろう。こんな時、万野先輩が居てくれたら……)
自分が頼りにならないのは自分が一番よく分かっていた。
佳史のように推理力もなく、人を動かすことはできない。
瑠璃のように強い、一本筋が通っているわけでもない。
良のように人を助ける心と飛びぬけた身体能力があるわけでもない。
何も持たない自分に何度うんざりしてきただろう。真見は泥のようにまとわりつく思考を振り払うと机に向かった。
(……昨日の出来事で違和感があったことを纏めよう。忘れないうちに)
真見は、小さなノートに情報を書き留め始めた。昨夜の恐怖を思い出して目を瞑りたくなるが構わずに続ける。
(異変が起きたのは、資料室に入ってすぐだった?……ううん。事件のことを調べ始めた時だった……)




