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ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
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4.イルカと少年(4)

『ありがとうございました。またのご利用をお待ちしております』

 島タクシーのドアが閉まると誰も乗せていない車がもと来た道を戻って行く。真見まみはその光景を不思議な気持ちで見ていた。

「安心しな!(かね)なら自動で引き落とされる。この島では顔が金だからな」

「……え?」

 真見が瞬きするのを有志が楽しそうに笑う。

「顔認証でお金が自動的に引き落とされるんだよ。だからこの島の人は現金を持ってない。キャッシュレス社会なんだ。しかも全部顔認証」

 真見の隣で呆れたように良が解説する。人差し指で自身の日焼けした顔を指さした。真見は新鮮な気持ちで満たされる。都内でも所々にしか設置されておらず普及が進んでいない。

「すごい……!本当に異世界に来たみたい」

「異世界なんて大袈裟な!俺も最初は嫌だったんだけどよ、慣れちまうもんよ!手ぶらで生活できて楽と言えば楽だ」

 診療所へ顔認証センサーで入室する。消毒液の香りが漂っていた。そのまま診察室へと促される。玄関は最新鋭だったが診療所の建物内は古い。どうやら開発が島全体に行き届いているわけではないらしい。

 真見は全身CT検査を終えると丸椅子に腰掛けながら有志の診察を受けた。

「骨は折れてない。肺や脳にも異常はなさそうだな……。ただ、今日は安静にしていなさい。湿布は貼り直しておいたから。早めに救助されたのが功を奏したな」

「はい……」

 真見は右足を見下ろす。

「迎えが来るまでここで待っていると良い。待合室は誰もいないはずだから使って構わないぞ」

「ありがとうございます。すみません、ドライヤーまでお借りして……」

「そんなこと気にすんな。風邪ひくなよ!」

 真見は会釈すると閑散とした待合室に足を踏み入れる。電気が消え、人気のない待合室は少し怖い。一番端の席にリュックサックを置くとソファ席に誰かが座っているのが分かった。

(あれ……?相模良君)

 朝方の太陽のように穏やかな良が物憂げだと不安になる。

「あのさ……。何か言いにくそうだったから、さっきは黙ってたんだけど……」

 真見を見るなりソファ席から立ち上がる。ここで良が案外背の高い少年であることを思い知る。

「船から落ちたのは……本当に事故だったの?」

「え……?」

 躊躇いがちな良の言葉に真見は黙り込む。どうやら真見が船から落ちるところを見ていたらしい。

(誰かに落とされたような感覚はあったけど……確証はないし……。勘違いだったら迷惑がかかるし。大事にしたくない)

 真見は握りこぶしをつくると、弱々しく微笑む。頼りない、小さな声で答えた。

「私の不注意だったんだ。イヤフォンが落ちちゃって……」

 良の大きな目がじっと真見の言動を捉えていた。真見は自分の嘘が見透かされていそうで、思わず口を閉じる。

「神野さんが落ちた後、人影を見たような気がするんだ。すぐに船の一室に消えちゃったし、神野さんを助けるのに夢中だったからよく見えなかったけど……」

「え……?」

 真見の背中に冷たい汗が流れる。顔を青ざめさせる真見をよそに真見の細腕を掴んだ。日焼けしていない真っ白な肌と良の小麦色の肌のコントラストが眩しい。

 真見は良の行動に驚いて肩を震わせた。

正義(まさよし)さん……(ちゅう)(ざい)さんの所に行こう」

 良の大きな瞳に吸い込まれそうだった。

(駐在さんって……。警察のことだよね?)

 真見は自分の腕を掴んで診療所を出て行こうとする良を止めた。少しだけ背後に体重をかけ、前に進んでいくのを阻止する。

「ちょっと……ちょっと待って!」

 真見の制止に良は振り返って眉を顰める。

「なんで?」

「なんでって……」

 真見は言い淀む。警察に行けない理由がいくつも頭に浮かび、すぐに言語化することができない。そんな自分に嫌気が差しながらも何とか言葉を紡ぐ。

「えっと……。私のお父さん、セル社で働いてるんだ。だから迷惑は掛けられない」

 まだ納得できないというように良は目を細める。真見は慌てて言い募った。

「それに……勝手に人を犯人扱いできないよ!私も相模君もちゃんと見てたわけじゃないし。人の事を疑うのは良くないと思うんだ……」

「……」

 暫く良は考える素振りを見せたが観念したように手を離す。真見は悪意を好まなかった。例えそれが自分に向けられたとしても人に向けることができなかった。

 良が納得したと思い、安心した真見は胸を撫で下ろす。

「……最近おかしいんだ……。この島」

「え……?」

 良がぽつりとこぼした言葉が引っかかる。

「おーい!迎えが来たみたいだぞ」

 有志の声で二人は診療所の出入口に視線を向けた。微かに車のタイヤ音が聞こえる。先ほどの島タクシーと似ていた。

「は……はい!」

 真見は慌ててリュックサックを背負うと良から離れるようにその場から立ち去った。真見の事を気遣ってくれていたのに、無下にしたようで心が痛んだ。

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