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ぼくらの島  作者: ねむるこ
ゲームと見えない悪魔
37/72

37.朧げな浮気証明(2)

(どうしよう。お母さんに言うべきか、言わないほうがいいのか……)

 事態は深刻のように思われた。母親よりも若い女性との密会……。何度も訪れた離婚の危機だが今回ばかりは逃れられそうにない。ヒステリックになった絵美を想像して真見はため息を吐く。

 決定的な浮気現場を押さえたというのに、真見の心の中ではまだ何かが引っかかっていた。この違和感が何なのか分からない。

「……ううん。見てないよ」

 自然と事実と異なる言葉が滑り落ちる。

『何?さっきの間。嘘言ってるんじゃないでしょうね』

(変なとこ鋭いんだから!)

 真見は絵美の追撃を免れるように続けた。

「お父さんは……浮気をする人じゃないよ。私達の事を……誰よりも大切に思ってる」

 何の証拠もない。何なら現場を押さえたというのにこんなことを言う自分が不思議に思えた。

『もしかして、真見の直感?』

「……うん」

 絵美に言われて真見は弱々しく返事をする。

(お母さん、ごめんね。嘘をつくけど……許して)

『分かった。真見の直感を信じるわ』

 真見は絵美の穏やかな声色に安堵した。

『でも何か怪しい動きがあったら連絡してよ。島まで飛んで行ってやるんだから!』

 絵美の明るい声を聞いて真見は小さく笑う。


(どうしよう。いつもより早く起きちゃった)

 真見は顔を洗いながらため息を吐いた。起きた時、既に真文の姿は無かった。タブレットに送られていたメッセージには「急用で会社に行く」とあった。

(結局あの後、お父さんに聞けなかったんだよね。気まずい夕食だったな……)

 真文は夕食を終えた後、自室に籠り仕事をしているようだった。終始、疲れ切った表情を浮かべ、真見が入り込む隙も無い。

(島の周りでも走ろうかな)

 真見は瑠璃の言葉を思い出し、気晴らしに島を走ってみることにした。

 支度を整えると真見はサンに手を伸ばす。

「サン、行こう」

 サンが羽を羽ばたかせると静かに真見の掌に収まった。

 真見は澄み切った空気の中を深呼吸する。

(朝の香りだ)

 特に朝は眠りから覚めた生き物の息遣いが感じられて好きだった。

 海が見える場所まで直進する。桟橋には釣り人の姿があった。遠目にレオン号から荷を下ろす姿が見える。

(色々解決しなきゃいけないことがあるんだ。しっかりしなきゃ!)

 真見は両頬を叩くと海を横目に走り始めた。

(やっぱり私。朝がいちばん好きかも)

 太陽の光、海の輝き。どれも優しい光で真見の敏感な視覚をやわらげた。おまけに人が少なく、静かだということも五感が敏感な真見にとってはありがたい環境だった。

 走り始めると、瑠璃の言っていた通り頭が空っぽになる。

 自分が誰で、何であるとか。この島に蠢くものが何なのかということが全て遠くに追いやられる。

 ただこの道を走る。それだけが真見に課されたことのように思えるのだ。その単純な行いは真見の波立った心を落ち着かせる。

 爽快な気持ちはそう長く続かなかった。

(つ……疲れたー)

 走り慣れていない真見はすぐに息を切らして立ち止まる。

(ほんと。私って弱すぎる……)

 真見が体力のない自分に落胆していた時だ。

「真見?」

 息を切らした、淡々とした声色が聞こえた。顔を上げると、今まさに真見の目の前に辿り着こうとする瑠璃の姿があった。いつもポーカーフェイスの瑠璃には珍しく、目を丸くさせて驚いている。

「何かあった?」

 二人は防波堤に並んで座った。

「大変なことが起きてさ……。少し気分転換しようと思って」

「大変なことって?」

 瑠璃がスポーツドリンクを飲みながら真見を横目に見る。真見は俯いて口を噤んだ。その様子を見て瑠璃がため息を吐く。

「言うの?言わないの?どっちなの?」

 瑠璃の淡々とした口調に真見は顔を上げる。その表情は怒っているのでも同情しているのでもない。いつもの瑠璃そのものだった。膝の上に頬杖をついて真見の様子を伺っている。

 だから真見は怖気づくことなく素直に話し出すことができた。瑠璃のどこまでも冷静な態度は真見にとって心地よかった。

「あのね……。ここだけの話にしていて欲しいんだけど。お父さんの浮気現場、見ちゃったの」

 瑠璃が持ち上げていたスポーツドリンクの飲み口から口を離す。

「え……?」

「ごめん!いきなり話すようなことじゃないよね……」

「真見、それ……」

 瑠璃が思わず言葉を止める。

(うわー。どうしよう。友達に話すようなことじゃないよね?気分重たくさせちゃったかな)

 真見の心配をよそに瑠璃は真顔で言い放った。

「大事件だよ」

 瑠璃の言葉を聞いて真見は思わず小さく笑った。瑠璃の淡々とした口調はシュールで笑いを誘う。

「笑いごとじゃないでしょ?」

「ごめん……。だって瑠璃が面白いから」

「それはそれとして。浮気現場を見て……どうすんの?」

「実はどうしたらいいか分からなくて」

 真見は手元でサンと戯れながら話を続ける。

「母親に報告するの?」

「しないよ。変な話だけど、お父さんは浮気してないって思うんだよね。……直感で」

 笑みを浮かべながら真見は自分のこめかみを指さした。瑠璃は黙って真見の話を聞く。

「でも変だよね?女の人と会ってるのを見てるのに浮気してないって思うんだよ。お母さんにも噓の報告して……」

「なんだ。分かってんじゃん」

 瑠璃の淡々とした口調に、真見は戸惑った。

「真見はお父さんの浮気の証明をしたいんじゃなくて、潔白を証明したいんじゃない?」

(そっか……。そうだったんだ)

 モヤモヤしていた理由に気が付いて真見の肩の力が抜ける。

「だけど証明できることが何もなくて。……どうすればいいか分からないの」

 瑠璃は腕組をして空を仰いだ。

「目に映ることが全部真実とは限らないんじゃない?自分で見極めなきゃ」

(その言葉、昔どこかで聞いたことあるような……)

 真見は顔を上げて瑠璃の方を見る。瑠璃は驚いたような顔をした真見を見て笑顔を浮かべた。

「万野先輩の推理と組み合わせれば証明できるんじゃない?」

「そうかな……。そうだね」

 色んな考え事で曇っていた真見の心の中が晴れ渡っていく。

「よし。このまま走り込み続行」

 瑠璃が自分の腕をぐるぐる回しながら呟いた。ストレッチを始める姿を見て真見の背に汗が流れる。

「え?それは無理だよ?」

 真見の心許なげな声が青空の下に響き渡った。

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