34.ハンティングモード(2)
真見は瞬きを繰り返した。
(なんだろう。何か……目がおかしい)
目がしょぼつく原因が分からないまま、目の前の生物を眺める。とてもバーチャル世界の生き物とは思えなかった。動きも滑らかでバーチャル特有の角ばった動きがない。
頭の中では存在しない生物だと分かっているのに、恐怖が胸の底から込み上げてくる。真見は幼い頃、真文が見せてくれたゲーム画面を見て泣いた日の事を思い出した。
(……怖い。危ない)
真見の身体は動けなくなってしまう。あの生物に近づいては行けない。本能的に感じ取る。先を行く佳史の服の裾を反射的に引っ張った。
「どうかした?神野さん」
佳史が振り返ると首を傾げる。真見ははっと我に返った。
「すみません。偽物だって分かってるのに……」
弱い自分を見せてしまったようで恥ずかしくなる。気まずくなって地面に視線を落とした。
(あれが作り物だって小さな子でも理解できるのに。どうして私は……こんなに弱いんだろう)
不意に真見の手に温かな感触が広がった。弾かれたように顔を上げる。真見の引き戻そうとした手を一回り大きな手が包んでいた。
真見は頭の中が真っ白になる。佳史が優しい笑みを浮かべて言った。
「大丈夫。何も怖いことはないよ。ハンティングモードにしていなければ僕らに危害が加えられることはない。このまま少し一緒に様子を見よう」
小さな子供に言い聞かせるような、慈愛に満ちた表情は真見を安心させ、頬に熱が籠った。静かに首を縦に振る。
茂みからその巨大生物の様子を伺った。オオトカゲの前には小さな人影が見えた。
「あの子は?」
オオトカゲの前で銃を両手に持った男の子に見覚えがない。銃は青色でおもちゃのようなポップなデザインをしていた。こういうところはゲームの世界であることを強く感じさせる。
「創だ」
「創って……。あの環創君?あんな顔してたの?」
真見は驚きで口を開ける。見知らぬ男の子だと思っていた人物は創だった。前髪をヘアピンでとめ、素顔を露にしていたのだ。
「創はゲームする時いつもあの髪型になるんだ」
「そうなんですね……」
まじまじと創を眺める。
オオトカゲが前足を振りかざし、踏みつけようと躍起になっている。真見は冷や冷やしながらその様子を見守った。やがて創は足を挫いて動きを止めてしまう。
動きが止まったのを良いことに、オオトカゲがその大きな口をパックリと開けて創に襲い掛かろうとした。
「危ない!」
真見は思わず叫んだ。
(怖いのに、目が……離せない)
真見が息を止めていると、木の上から誰かが飛び出してくるのが見えた。木から飛び降りたのも束の間、創の前に片膝を立てて躍り出る。赤色の銃を構えているのが見えた。
その姿を見て佳史が驚いた声を上げる。
「ヨシだ!」
呼吸を忘れていた真見は慌てて酸素を取り込む。胸に手を当てて安堵した。
(良かった……。相模君だ)
いつもののんびりとした雰囲気はなく、刮目した目はオオトカゲの口の中を狙っている。良は躊躇いなく引き金を引いた。
ドンッという低い銃声が響き渡る。
オオトカゲは動き止め、鳴き声と思われる機械音を上げて崩れ落ちた。その振動が真見達に伝わってくる。本当に目の前の巨大生物を倒したような体感に襲われた。
オオトカゲの姿がモザイクと共に消え、代わりに『WINNER』という文字が浮かび上がる。
「やったぜ!ヨシ!いえーいっ」
「いえーい!」
創と良がハイタッチを交わす。同時に2人が手にしていた銃が姿を消した。
「すごいな。創とヨシ。2人が組めばハンティングモードなんて楽々クリアするだろう」
「うあっ」
真見は佳史に手を引かれたまま茂みから飛び出した。オオトカゲに気が引けていたせいで体に力が入らない。何とか転びそうになるのを持ちこたえる。
「神野さん!と万野先輩。どうしてここに?」
良が真見達に視線を映す。真見の姿を見るなり創が駆け寄って来た。
「神野デザイナー最高だよ!まさかこんなゲーム体験ができるなんて思わなかった!これで遠方のユーザーとも遠隔でプレイ出来たらもっと最高だろうね!それとそれと、このクリーチャー……」
真見は創のマシンガントークに辟易とする。両手を前に出して創を制止させた。きらきらと輝く大きな瞳が眩しい。
「えっと、あの……。落ち着いて……ね?」
「創!」
良が創の頭を片手で軽く掴んだ。
「また神野さんが困ってるから」
「ごめんなさい」
真見は場の雰囲気を取り持つために話題を変えた。
「それより!二人とも凄かったね。あんな動き……できないよ」
創が腕組をして胸を張る。
「すごいだろ!ヨシは運動神経抜群なんだ!まるで野生動物。そんなヨシと組めばこのゲームを攻略するのなんて楽勝だもんね!」
「相模君って運動神経いいんだね」
良が頭を掻きながら笑う。真見は船上で良が『野生児』と呼ばれていたことを思い出す。
(あれはこういう意味だったのね)
「野生動物って……。もっと言い方あったでしょー。でもゲームの知識は全部、創のだよ。さっきのトカゲ、口を開けた時が狙いめだって気が付いたのは創だから」
「二人の力が上手く生かされたんだね」
終始、創が嬉しそうなので真見はつい顔が綻んでしまう。
「ところでどうして佳史と一緒にいるの?デート?」
創の無邪気な問いかけが真見の胸を貫く。佳史の方を見ると意味深な笑みを浮かべているだけだった。
(絶対楽しんでる)
真見は誤魔化すように早口で答えた。
「違うよっ!ただ新型ロボット……サンの試運転をしてただけ」
頬を紅潮させる真見を創と良が顔を見合わせて不思議そうに首を傾げる。




