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ぼくらの島  作者: ねむるこ
ゲームと見えない悪魔
32/72

32.新技術開発室

「お疲れ様です。田切(たぎり)さん」

 セル社本部、最上階。整然とした部屋の中に2つの人影がある。

 動画配信を終えた田切は真文(まさふみ)の声に笑顔を向けた。若者らしい、屈託のない笑みだった。

 本部の中にあるスタジオで撮影を終えたため、他のスタッフ達の姿は無い。

「そういう神野(かんの)デザイナーこそ。五年に渡るプロジェクト、お疲れ様。こうしてやっと形になった訳だ」

 シャツにスラックスというシンプルな格好。この欲のなさそうな29歳の若者が大企業を牽引する人物に見えない。これだけ成功しているのにも関わらず豪遊している様子がなかった。

「本当に。ここまで来るのに随分と時間がかかってしまいました。日本はIT産業が他国よりも大きく遅れてますからね」

「そうですね……」

 真文は日本の再興に燃える田切に目を伏せた。

『今や日本の延命装置だよ。命島のスーパーアイランド計画は。まずはプレゼンお疲れ様。少し表情が硬かったかな?』

 第3者の声は田切のセル・ディビジョンから聞こえてくる。腕から映像で映し出されたのは60代前半の男性だった。高級スーツを身に付け、胸には議員バッチが光る。

「ありがとうございます。時雨(しぐれ)大臣。」

 田切は内閣府特命担当大臣の時雨(しぐれ)竜人(たつと)に対してあっさりとした礼を述べる。スーパーアイランド計画を主導する重要人物だ。真文は冷や冷やした面持ちで二人の会話を見守っていた。

『バーチャルと現実を融合させた世界の実現。どこの国でもまだ大掛かりにやっている所はない。

この技術を日本のお家芸であるゲームと掛け合わせれば大きく世界に売り出すことができる。晴れてIT先進国の仲間入りというわけだ。各国と新たな関係を築くことができるだろう』

「それだけじゃないですよ。この技術は世界を変えるでしょう。目に見えている世界だけでなく、新たな世界へと人間の活動域が広まっていきます。今までにない、世界を創り上げることができるということです」

 時雨は田切の酔ったような表情を見て鼻で笑った。

『大袈裟な……。よくもまあ、これでバーチャル世界が見えるものだ』

「ええ。従来のようにゴーグルや頭に直接大型の機械を取り付ける、手足や端末を取り付けることもありません。身体的自由を最大限に享受するためです。

バーチャル世界に完全に入り込むフルダイブゲームとは異なり此方は現実世界にも干渉することができる。

フルダイブで都市開発のシミュレーションを行った後、このバーチャル世界の投影技術を使えば……政府の思惑通り日本の都市開発は飛躍的に進むでしょう。宇宙産業にも応用が可能です」

『感覚神経に干渉することでバーチャル世界と繋がることができるってわけだな。安全性はどうだ』

「AIの健康被害予測では大きな問題ありませんでした。ただ、これからどう作用していくか……」

『これから実験だな』

 時雨の言葉に田切と真文が固まる。

『言い方が悪かった。命島の者達は未来への先駆者だ。我々には憂いてる時間はない。何としてもこの計画を成功させなければいけないんだ。日本の未来のために……』

「よく分かっています。命島は未来の、日本列島のシミュレーターですから」

 田切が人の良さそうな笑顔を向けた。真文はその笑顔を見て背筋が凍る。

『それより、技術の実証実験だけでなく、法令の試行まで行うとは。総理もお喜びになっていたよ。とにかく画期的で良いってね。君、政界も向いているんじゃないか』

「恐縮です」

 笑顔を貼り付けたまま田切が答える。

『スーパーアイランド計画で多少は支持率を取り戻すことができた。政府はまだ日本を諦めていないと示すことができたわけだが……それも時間の問題だろう。まあ、無駄話はこれぐらいにして。来年には政府の要人が視察に来る。それまでには何としても安全性を立証させる。どんな手を使ってでもな』

「ええ。善処します。それではまた」

 通話が切れた後で真文が口を開ける。

「田切さん……。夢、叶えましたね」

「それは神野デザイナーも同じでしょう。ずっとゲームと現実世界をリンクさせるのが夢だって話してたじゃないですか」

 田切の笑みが柔らかくなったのを見て、真文は安堵した。

「僕らは似たような夢を持っていましたからね。僕はバーチャル世界を、現実世界を繋げることで人間の可能性を広げたかった。それがスーパーアイランド計画という形で実現するとは思っても居ませんでしたよ」

「同じ夢なんて。恐れ多い。私の夢なんて……ゲームの世界が目の前に現れたら面白いだろうなという子供じみたものですから」

 真文の言葉に田切は笑った。時雨を前にした笑顔とは違い、温かさを感じる。

「夢というのは大概子供じみているものですよ」

「そういえば……。田切さんは幼いころからロボットを開発しておられたとか」

「ええ。友人とね」

 そう言ってデスクに飾られたホログラム写真を見つめた。田切のデスクには空間に浮かび上がるフォトスタンドがある。それは日によって映し出す写真を変えた。

 つられて真文もホログラムフォトスタンドに視線を映す。

 海の中側でロボットを囲んで楽しそうに笑う二人の少年の姿があった。

「この頃からもうシー・リサーチャーがあったんです?」

「今ほどしっかりしたものではありませんよ。イルカのような動きで泳いだり、潜ったりできるだけです」

「それでも子供がつくるものにしてはクオリティが高い。流石ですね」

 田切は移り変わっていくフォトスタンドの写真を眺めながら笑う。

「もうその友人もいませんけどね」

「……若者の死亡率が高い時期がありましたね。もしかしてご友人も……」

 田切はため息交じりに頷いた。

「AI不況の後が辛かったですね。生き残れる者と生き残れない者が大きくふるいに掛けられた時期ですから……」

「あの時は……日本が荒れてましたね。街を歩いているだけで警察沙汰が起きて。電車にすらまともに乗ることができなかった」

 2045年頃、日本はAI不況に襲われていた。従来の経済不況、人口減少による増税に加え、AI導入、ロボットの進出により失業者が街に溢れたのだ。

 大人も子供も関係ない。新時代に対応する人材育成が間に合わなかったことが大きな痛手となった。

 時代の流れを止めることはできない。政府の制度で助けられる人も、財源も限られている。この窮地を救うような政策を打ち出されることはなかった。

 前にも後ろにも進むことのできなくなった政府は現状維持という底なし沼に囚われる。何度も総理大臣が変わり、世間は混沌としていた。

 スーパーアイランド計画という国家事業を起こすことで政府は新たな雇用と技術開発者を生み出そうと企てたのだ。

「優秀な田切さんでもですか?」

「優秀かどうかなんて関係ないですよ。生き残った者は生き残った者で重荷を背負わされるんです。アメリカの本社にいたというのに、国の圧力で戻って来たんですから。最近では人口減少を抑えるために海外戸籍を取得すること、海外旅行ですら禁止しているそうじゃないですか……。

技術を開発する人材がいない分、技術者一人にかかる負担は計り知れない。それで僕の友人は……」

 田切は顔を俯かせて黙り込んだ。ゆっくりと顔を上げると爽やかな笑みを浮かべた。

「でも、そんな時代も終わる。自由で、誰もが穏やかに過ごすことが世界の誕生はもう、すぐ近くまで来てる」

「そうですね」

 真文が遠慮がちに笑った。そのすぐ後で田切が声のトーンを変える。

「ここだけの話。この島を、未来を脅かす存在がいるらしいんです……」

「未来を……脅かす存在?」

「はい。だから、真文さんも気を付けてくださいね」

 田切の何ともない表情に真文は生唾を呑み込んだ。

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