30.奈落(6)
「これから大きな何かが起きようっていうのに。何もできないなんてね……」
佳史が深いため息を吐く。静まり返った空気の中、呆れたように瑠璃が続けた。
「私には真見が言ってることも、万野先輩が言ってることも理解できないんだけど。これから何が起こるのか分からないしもう起きた事はどうしようもない。私達には……今しかない」
瑠璃の言葉に三人の目の色が変わる。腕組をして静かに海を眺める瑠璃の姿は真見の目に眩しく映った。
(やっぱり瑠璃って格好いいな……)
「そうだね。瑠璃の言う通りだ!一から今まで起こった事件を整理しようじゃないか!」
元気を取り戻した佳史がポケットから小さなノートを取り出した。
瑠璃が不思議そうに首を傾げている。自分の発言が佳史の火を点けると思わなかったのだろう。真見はその様子を見て笑みを浮かべた。
「共通点は落下事故だということだ。船、停泊場、社宅から」
「その……落下する前に、何かが起きているんだと思います。私は何か物を落としたような気がして、吉野さんは何かに追われてる。過去の二人については分かりませんが……」
真見の小さな声に佳史が大きく反応する。
「なるほど……。過去の2件についての詳細は……と」
佳史がノートのページを遡る。
「2048年に起きたセル社社員の溺死。原因は真夜中に船内を回っていたせいで足を踏み外したってことらしいけど……そもそも真夜中にレオン号にいたことが可笑しい。レオン号は開発途中。船内は散らかっていたみたいで荷物に足を取られたんだろうというのが警察の見解だ」
真見は真剣な表情で頷く。
「それと2050年に起きた直久さんの事故。これも飲酒した後、船の停泊場に立ち寄ったのが原因だとされている。直久さんの足場のコンクリートが弱って崩れかけていたことから不運な事故とされたんだ」
(駄目だ……分かんない!)
真見は話を聞いただけで頭の中がパンクした。顔に血が昇り、熱い。
「ストップ、ストップ―!もう訳分かんないよ」
良は背もたれに寄りかかり手を挙げていた。瑠璃も腕組をして難しい顔をしたままだ。ノートを閉じながら佳史は笑った。
「ごめん、ごめん。こういう時は一つずつ、分かりそうなことから解かないとね。何か繋がっているはずだから一つ分かれば連続して分かることがあるかもしれない」
佳史の言葉に三人は再び考え始めた。
「真見は何か理由があって狙われたと思う。だから真見が狙われた理由を考えれば何かわかるかも」
瑠璃の指摘に佳史は自然と真見に視線を映す。真見は慌てて首を振った。
「そんなのありませんよ。だって私には何も……」
「神野さんのお父さんが有名なゲームデザイナーだから……とか?」
佳史が自信たっぷりに人差し指を立てて見せた。
「神野さんのお父さんの栄光を快く思わない人なんじゃないかな。あるいは……セル社で業績の高い人を狙った同じセル社に勤める人間の犯行とか」
「そうしたら直久さんはー?セル社とは関係ないよね」
良が首を傾げた。
「多分、事故の原因について何か知ってしまったんじゃないか……と思う。当時はまだシールドの力がそこまで強くなかったし」
真見は佳史の推理を聞いて黙り込んだ。確かに筋は通っている。その場にいる誰もが納得できるものではあったが真見は上手く呑み込めずにいた。
(何だろう。何か見落としているような……)
「そうしたら社内で神野さんのお父さん周辺で何かトラブルが起きてないか調べよう。ライバル視している人、恨みを持っている人間がいないか。僕はエマにしか聞けないけど神野さんは直接お父さんに聞いてみてもいいんじゃないかな」
(トラブルって……浮気!)
心当たりのあるトラブルを見つけて真見の頭の中が爆発する。考えなければならないことがありすぎて混乱した。
「神野さん?どうかした?」
佳史に問われて真見は慌てて答える。
「な……何でもないですっ!」




