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ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
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3.イルカと少年(3)

 「ようこそ!命島(めいじま)へ!」「Welcome!」と書かれたプラカードを持った人々が相模と呼ばれた男性と距離を開ける。皆、その老齢の男性の迫力に気後れしているようだった。真見はリュックサックを抱えながら陸地に足を踏み入れる。ふわふわとした浮遊感を感じながら男性を観察した。

(なんだか……怖そうな人。大丈夫かな……)

 真見が足を進めずにいると人混みの中から場にそぐわない、呑気な声が響いた。ついさっき聞いた声色に真見は大きく反応する。

「じいちゃん。その子、怖がってるよ」

 その声は先ほど真見を助けた少年のものだった。ウェットスーツから白いTシャツとジャージのハーフパンツに着替えている。

 大きな瞳が呆れたように男性を眺めていた。

(じいちゃん……ということは。相模さんの孫がよし君?)

 真見は黙って二人の会話を見守る。

「ああん?怖いわけねえだろ」

「ほらほら。言ったそばから!その顔に声。初対面の人は怖いってー」

 柔らかな声と尖った声が入り混じる。正反対な二人を交互に眺めながら困った表情を浮かべた。その様子にいち早く勘づいたよしが頭をかきながら真見に弁解する。

「ごめんね。じいちゃん強面だけど一応医者だから。安心していいよ」

「りょう。お前、やけに親しいみたいだけど……知り合いか?」

 真見は相模に睨まれ思わずリュックサックを抱きしめた。

 少年の呼び名に首を傾げる。船員からはよしと呼ばれていたのに祖父からはりょうと呼ばれている。

「知り合い……と言えば知り合い。さっき海で会ったから」

「海?ということは……お前が助けたのか?」

 相模の顔が余計に険しくなる。真見は怖くなって思わずリュックサックに顔を埋めた。

「うん。クロの試運転中にね。初めてだよ!クロが救助者に反応したんだ!」

「この馬鹿が人助けとはな……」

「馬鹿って……酷い」

 二人の軽快なやり取りを聞いて真見の緊張が少しずつ解けていく。重たかった足が彼らの元に向かって踏み出すことができた。

 島を降りてすぐ、観光案内所のような建物の側にカラフルな車が数台停まっているのが見えた。真見達が立ち止まると自動で車のドアが開く。

「無人タクシーだ……」

 真見は思わず呟いていた。運転席はがら空きだ。幽霊が運転しているような、奇妙な光景が目の前に広がっている。

「無人タクシーの運用はこの島が初めてだそうだ。都内ではまだ珍しいだろう」

 驚く真見に相模がにやりと笑う。真見は静かに頷きながら後部座席に乗り込む。自然な流れで真見の隣に少年が座り、助手席に相模が座った。

 真見は近くに少年がいて落ち着かなかった。命の恩人が隣にいるのだ。どんな顔で座っていたらいいのか分からない。

 誤魔化すように運転席に視線を移す。フロントガラスには今日の日付やニュースが映し出されていた。ディスプレイの役割も果たしているらしい。

(ニュースでこういう技術があるところは見たことがあるけど……車は初めて)

 ハンドルには武骨な装置が取り付けられており、ハンドルを操作する役割を果たしていた。

『島タクシーのご利用、ありがとうございます。相模(さがみ)有志(ゆうし)様。目的地はご自宅でよろしいでしょうか』

 運転席から女性の機械音が聞こえてくると同時にフロントガラスのディスプレイに名前が表示される。有志が返事をするとタクシーがひとりでに動き出した。どうやらバックミラー近くに取り付けられた小型カメラで個人を識別することができるらしい。

 最新技術のオンパレードに真見は目を見開きっぱなしだった。

「昔の寂れた島とは大違い。今やこの島は会社さんのもんだ。一体どうなっちまうんだろうな……」

 有志が大きなため息を吐く。

(やっぱり。『スーパーアイランド計画』は現地の人にはあまり歓迎されていないんだ……)

 最新の技術が惜しみなく使われているのは命島がある企業に買われ発展を遂げた島だからだ。

「スーパーシティ」とはAIやビッグデータなどを元にあらゆる最先端技術を実装した都市を指す言葉だ。命島は島全体に最先端技術を実装させた島で、「スーパーアイランド」と呼ばれていた。

「そうだ。お嬢ちゃん、名前を聞いてなかったな。どこから来たんだ?」

 真見は急に自分に問いかけられて慌てて答える。

「あ……はいっ!私は神野真見と言います。父の仕事の都合で東京から来ました」

 父親の浮気調査については黙って置いた。

「仕事の都合……ってことはお前さんもセル社のもんか」

「父はゲーム会社に勤務しているんですけど……セル社に出向することになったんです」

 真見は車に揺られながら答えた。流れていく新緑の木々を眺める。

 この島を買収し、開発しているのはセル社と呼ばれる大企業だった。どんな小さな子供でもセル社のロゴを知っている。それぐらいに身近で巨大な企業だった。最近は政府が打ち出している「スーパーアイランド構想」に乗っ取って利益を上げている。

「俺は相模診療所の相模有志。そっちの馬鹿は孫の良」

「また馬鹿って。そんなに馬鹿って言われたら本当に馬鹿になっちゃうよ」

「りょう……?ヨシ、ではなくて?」

 真見はずっと疑問に思っていたことを口に出す。それに気が付いた有志が大笑いした。

「ヨシってーのはこいつのあだ名だよ!漢字で「良好(りょうこう)」の「(りょう)」って書いてりょう。()()しのヨシとも読めるだろう?だからこの島のもんからはヨシ君なんて呼ばれてんだ」

「だからヨシ君だったんですね」

 納得した表情の真見を見てバックミラー越しに有志が感心した表情を浮かべる。

「よく覚えてるんだな。一瞬だけ聞いた人の名前何て忘れちまうよ!」

「そう……でしょうか」

「それより、真見ちゃん?か。一体どうして船から落ちちまったんだ?」

 有志の問いかけに真見は固まった。ここでも大事にはしたくない。あの時感じた違和感を飲み込む。真見は医務室の医師にしたような言い訳を述べた。

「それが……イヤフォンが船から落ちてしまったみたいで。手を伸ばしたら体のバランスを崩して落ちてしまったんです」

 バックミラー越しに目が合った有志が真剣な表情をしているのが見えた。良も振り返って真見の様子を伺っている。

「イヤフォンよりも命の方がずっと大切だ。そんなもん、海にやっても構わない。これからは危ないことをするな」

「……はい。すみません」

 真見は思わず謝罪してしまう。あまりにも有志が真剣だったからだ。不思議と恐怖は感じない。

(有志さんは本気で心配してくれてるんだ。初対面の私のことを)

 そう考えると心の中がぽかぽかしてきた。

「ほら。また顔が怖い。神野さんが固まっちゃってるよ」

「そうか?悪いな!でも助かって良かったよ。ご家族も一安心だろう」

「あっ!」

 真見は父の言伝を思い出して声を上げた。

「お父さんに連絡いれるの忘れてた……」

 大慌てでリュックサックからタブレットを取り出し、連絡を入れる真見を有志は愉快そうに笑う。

 和やかな雰囲気の車内だったが、良だけは難しい表情でタブレットを弄る真見を眺めていた。

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