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ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
29/72

29.奈落(5)

 扉に手をかけた雪野に真見が思い切って声を掛けた。

「あ。あのっ!雪野……さん」

 雪野は呼び止められて振り返る。ロングヘアが風に美しくなびいた。屋上には真見と雪野のしかいない。

「何か?」

「えっと……。ありがとうございましたっ!」

 真見が頭をぺこりと下げた。突然礼を述べられた雪野は目を丸くする。

「あたし感謝されるようなこと何もしてないと思うけど?」

「あの日船で声を上げて、荷物を持ってきてくれたのって……雪野さんですよね?」

 その言葉に雪野が固まった。

「どうしてそう思うの?」

「声、です」

「声?あの一瞬だけで?」

 雪野が扉から手を離し、ドアに背中を預ける。真見と向かい合うと微笑んだ。綺麗な大人の女性の微笑みに真見は思わず背筋をぴんっと伸ばす。

「どうして皆の前では言わなかったの?」

「それは……」

 真見は首を傾げる。自分でもよく分からない。でも何故か皆には知られてはいけない気がしたのだ。真見は沈黙が苦しくなって、いつもの台詞を口に出す。

「直感……です。個人的にきちんとお礼が言いたいというのもありましたけど……」

 照れくさそうに俯いた真見を見て雪野は微笑んだ。

「……どういたしまして。さ、戻りましょう。皆が待ってるんじゃない?」

 雪野がドアに視線をむけながらお道化てみせた。


「犯人が死んで事件は振出しに戻る、か……」

 開業前のバーベキュー場は海を一望することのできるこの場所は最高のロケーションだった。この施設も観光客向けに運用されるらしい。佳史は椅子に座り、地平線を眺めながら呟いた。

「訳が分からないけど、犯人が居なくなったら事件はもう起きないんじゃない?」

「そうだねー……。もう裏活動の活動終了かな」

 良と瑠璃は落胆した様子で椅子に腰かけていた。良に至ってはテーブルにうつぶせてしまっている。

 力が抜けてしまった三人を見て真見は焦燥感を抱いた。このまま事故……事件のことに関心を失ってはいけない気がしたのだ。

「事件は終わってない……気がする」

 真見の言葉に三人の視線が集まって思わず赤面する。格好つけたつもりはないのだが、自然とドラマの台詞のような言い回しになってしまった。

(うわ……。また変なこと言っちゃった)

「ごめん。ただの直感……」

 顔を赤らめて恥ずかしい発言を掻き消そうと試みる。

「神野さんの言う通り。もしかしたら今までの事件は何か大きい事件の前触れかもしれない」

 佳史の言葉に真見は目を見開いた。真見の直感が佳史の論理に支えられ、空気を掴むような考えが実体を持つことができる。真見はその過程に安心感を覚えていた。

「小さな事件の連続は大きな事件の序章なんだ。きっと今までに起きた事件は全てこれから起こる大きな事件の前兆なんだよ」

 佳史と目が合って、真見は視線を落とす。言われて見ればそう言うことかもしれないと思えた。

「大きな事件って何です?」

「それは分からないけどこの島を揺るがすような、あるいは日本を揺るがすようなこと、とか?」

 瑠璃の問いかけに佳史が目を輝かせて答えた。

「え……本当に?」

「真に受けないの。冗談に決まってるでしょ」

 顔を上げた良の頭を瑠璃が小突く。

「いつからこの島、可笑しくなったんだろう」

 瑠璃が独り言のように呟く。

「2年前、直久(なおひさ)さんが亡くなったのをきっかけに僕らは事件を追うことにしたんだもんね」

 良が真面目な声色で答えた。

「直久さん?」

 真見の疑問に佳史が答える。

「帯刀駐在員のお父さんのことだよ。2年前に亡くなった島民というのは直久さんのことなんだ」

 真見は衝撃で口が塞がらない。正義のことを思うと胸が痛くなった。

(帯刀さんが独自で事件を追ってたのもお父さんのことがあったから……)

「初対面でこの話をするのもどうかと思って。事件を追っているのは僕の個人的興味からって話をしたけど、本当は彼の死が一番の理由なんだ。隠しててごめんね」

 佳史が弱々しい笑顔を向ける。

「直久さんって良いお巡りさんでさ。よく僕達にお菓子をくれたり遊んでくれたりしたんだー……」

 良が悲しそうな声で話した。瑠璃も腕組をしたまま視線を落とす。

「直久さんの為だけじゃない。僕らは僕らの島を守るために、事件を追ってる。昔みたいに海が綺麗で、自然がたくさんある僕らの島を取り戻すためにね!」

 良の言葉に真見はハッとさせられた。真見は島に来たばかりだから島への想いはそれほど強くない。けれども彼らにとっては幼いころから住まう故郷だ。それを思うと胸が締め付けられる。

「私も……。できる限り協力します!役立たずかもしれないけど」

「いや。神野さんの五感が鋭い性質は大いに役立ってるよ」

 佳史の指摘に真見は肩をびくつかせた。改めて人と異なる性質を指摘されると心臓が跳ね上がってしまう。

「五感が鋭いって?ああ!そっかー!微かな匂いが分かったのも……」

 良が目を輝かせて真見を見る。思わず真見は視線を逸らした。

「稀にそういう性質を持った人がいるんだ。感覚に過敏に反応することで自然界における危機を回避することができる。人間が忘れ去った防衛本能というものかもしれないけどね。そういう人は思慮深くて、繊細でもある。……人の心までも感じ取ることができるっていうよ」

「神野さんがそんな能力を?凄いや!」

 良が歓声をあげるのを真見は複雑な心境で微笑んだ。


『真見ちゃん何言ってるの?』

『そんな音きこえないよ』

『変な子』


 どこからともなく過去に言われた悪口が聞こえてくる。

(全然凄くないよ。私はそんな性質を持った自分が嫌い。こんな性質なければ皆みたいに普通に生きていけるのに)

 マイナスな言葉を口にして皆を不愉快にさせてはならない。真見は静かに言葉を押し込め、いつものように何ともない風に笑った。

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