28.奈落(4)
「吉野大吾、35歳。セル社の輸送部、一般社員。本島で働いていたが4月30日に出向を言い渡され命島へ。島へやって来たのはその日が初めてだったらしい。お嬢ちゃんと同じ船の便に乗っていたのは確かだな」
帯刀がタブレットの情報を読み上げる。一同は真見を船から突き飛ばした犯人が飛び降りた屋上にやって来ていた。
「だとしたら過去の事件の犯人、連続犯ではないってことか……」
「いいか!情報を教えんのは今回限りだ。お嬢ちゃんの気づきに免じて!絶対大人に漏らすなよ?」
「分かってますって。帯刀駐在員!」
「本当に大丈夫か……」
楽しそうに敬礼した佳史の姿を見て帯刀は頭を抱えた。
「シールドのせいで警察も立場がないですもんね。最近この島の警察権は殆どシールドに委ねられてる」
ふざけていた佳史が一瞬で真剣な眼差しに戻る。真見は佳史の切り返しの速さと鋭い指摘に舌を巻いた。帯刀が呻き声を上げる。
「ああ。本当にどうかしてる。民間の警備会社に警察権を奪われるなんてな……。この島は色んな意味で無法地帯なんだよ。何が起きても都合が悪ければ揉み消される」
「そんなこと……許されるんですか?」
真見が恐る恐る声を上げる。
あらゆる新技術に囲まれた夢溢れる島。それが一気に何が起こるか分からない恐怖の島へと姿を変えてしまったような気持ちになった。
「スーパーアイランド法とやらに勝手に盛り込まれてるんだよ。残念ながら俺の力ではどうしようもない」
「正義さんじゃあ無理だね」
「絶対無理」
瑠璃と良が手をブンブンと振った。
「おいっ!お前ら失礼だぞ。だからこうして負け惜しみで情報を教えてんだろうが!俺が独自で調べようと思ってたんだが……お手上げだ!」
「あの日僕らの情報提供を断ったのはそういう訳か。じゃあこれからは色々教えてくれるんだね、帯刀駐在員っ!」
佳史が両手を合わせ、わざと可愛らしい素振りをする。「調子に乗るな」と帯刀が佳史を小突いた。
「確かその男。かなり素行が悪かったみたいね。ネット賭博で多額の借金があって、タブレットから書きかけの遺書も見つかったって」
屋上の手すりにもたれかかりながら雪野が呟く。真見はその姿を不思議そうに眺めた。
「って何で雪野さんがそんなことを!しかも何故付いて来てるんですか!」
「シールドのお兄さんから聞いちゃった。そういうの聞き出すの得意なのよ。それに……」
そう言って雪野が不敵な笑みを浮かべた。真見は思わずドキッとしてしまう。
(これが……魔性の女ってやつなのかな……)?
「気になるじゃない。こういうの。私だって当事者なんだから知る権利があると思わない?」
「まあ……そうですけど」
雪野に太刀打ちできない帯刀が、真見には新鮮で面白く思えた。
「探偵君。その吉野って人。何をしたの?殺人犯って?」
「やだなあ、探偵だなんて。僕は命島高等学校二年生。万野佳史です」
佳史はにやけるのを耐えながら自己紹介を済ませる。
(万野さん、探偵って言われて喜んでるな)
真見は静かに察した。
「というか。貴方達、子供よね?飛び降りと何か関係が?」
怪しむような雪野の視線に、佳史が続けて答えた。
「ここにいる命島学校の生徒達は皆、セル社の広報部に所属してるんです。こちらは中等部の二年生、相模良君に天笠瑠璃さん」
良と瑠璃が雪野に向かって会釈をする。
「そして、今回の飛び降りた人物と関連のある重要参考人、中等部一年生。神野真見さんです!」
「ちょっと……!万野さん!まるで私が怪しいみたいじゃないですか……」
船での事故のことを口にした佳史に真見は慌てた。佳史が「ごめん。ごめん」と平謝りする。
「確か命島では子供達にも積極的に新技術の体験をさせてるって聞いたけど……。まさか貴方達だったとはね」
「ええ。僕達は島で起こった事件を独自で調べていて……。今まで起きた事故。実は何者かが連続して起こしているものではないかと考えていたんです」
「へえー……。中々いい発想力じゃない」
雪野は黙って佳史が話すのを聞いていた。数年の間に起きた溺死事故について、そして真見が船から落ちた時のことを簡潔に話す。
「なるほどね。ただの事故ではなさそうね……」
「だから僕らはここに来たんですけど……。どうやら連続殺人犯ではなかったようです。犯人は死んで事件の真相は闇の中ですよ。何故神野さんに危害を加えたのかも、何故自殺したのかも分からないままだ」
佳史が不機嫌そうに唇を尖らせた。
「そうね。でもとりあえずは安心したら?その男がその子を狙うことはなくなったってわけだし。裁かれないのは浮かばれないけどね」
雪野が気の毒そうに真見を見る。
「で……。でもっ。本当に飛び降りた人が私を突き落としたって言う確証はないですし。電子タバコの匂いだけじゃ証拠になりませんよね。それに……誰であろうと人が亡くなったのは……悲しいことです」
そう言って真見はコンクリートの床に視線を落とした。しんみりとした雰囲気を壊すように帯刀が口を開く。
「分かったらとっとと行くぞ。あまり長くいるとシールドの奴らに目をつけられるからな」
「はーい」
良の元気な返事を合図に一同はぞろぞろと屋上の出入口の扉に向かった。




