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ぼくらの島  作者: ねむるこ
少女の閃き
27/72

27.奈落(3)

「え?あたし?」

 女性は自分のことを指差して目を丸くさせた。

「どうして神野(かんの)さんを狙ったんですか?目的は?」

 佳史(けいし)帯刀(たてわき)に構うことなく女性に迫る。真見(まみ)はその様子を見て慌てて佳史を止めた。

「あのっ!その人じゃなくて……。この部屋の辺りから」

 真見が指をさしたのは、女性の隣の部屋だった。

「匂い?言われてみれば何かするかも」

 良も鼻をひくつかせた。その様子を見ていた女性と帯刀が黙って顔を見合わせる。

「お嬢ちゃん。鼻が利くんだな……。そこは昨夜飛び降り自殺をした人の家なんだ」

 その場の誰もが息を呑んだ。佳史が顎の下に手を当てて状況を説明し始めた。

「神野さんを突き落としたと思われる連続殺人犯が亡くなった?これじゃあ目的が聞き出せないぞ……。それに匂いって何の匂いだ?僕には全く分からないんだけど」

「電子タバコ」

 女性の声が響いた。その場にいた者全てが女性の方に集中する。

「隣の人、よくドアの前で電子タバコを吸ってたのよ。本来匂いが出ない種類が多いんだけどね。匂いが出るのが好きだったみたい。もしかしてその匂いのこと言ってるんじゃない?」

 そう言って真見の方を見るとにかっと笑ってみせた。真見はおずおずと頷く。

「そうかもしれません……。はっきりとした匂いじゃないから断言はできませんが」

「だったらお巡りさん。隣の人の部屋開けてみたら?そしたら匂いがはっきり分かるかもよ。それか船の乗客者をチェックするのが早いかしらね」

 テキパキと行動を指示する女性を見て帯刀が目を細める。

「そうさせてもらうよ。というか、あんた何者だ?やーに手際が良い」

「さっきも話したけど。あたしはただのライター。雪野(ゆきの)利里(りり)。スーパーアイランドの実態を取材しに来ただけで、仕事柄事件についても知識があんのよ」

 そう言って雪野は帯刀を睨み返した。帯刀が微かにたじろぐ。

「へえ。お姉さんライターなんだ。じゃあ今回の飛び降りについて記事にでもするつもり?」

 佳史の言葉に雪野は首を横に振る。

「残念ながらそれは無理ね。あたしはあくまでもスーパーアイランドのポジティブな記事を書かなきゃなんないの。政府お抱えのライターなのよ。だから事件のことなんて書けないわよ。何せ国家を上げたプロジェクトだもの。汚点は見せられないでしょう」

 そこまで話して雪野はため息を吐いた。

「まずは本当に神野さんを突き落とした犯人がこの部屋に住んでいた人かってことを確認しよう。帯刀駐在員!頼みます」

「おうっ。って、何でお前が仕切ってんだよ!」

 佳史の滑らかなフリに帯刀が突っ込みを入れる。

 雪野の家の隣に入るのはそう時間が掛からなかった。帯刀がセル社に電話し、遠隔で鍵を開けてもらったからだ。

「ほら。これで分かるか?」

 帯刀が思いきりドアを開ける。部屋は閑散としていて最低限の家具しかない。真見は遠慮がち部屋の匂いを嗅ぐと頷いた。

「はい。確かにこの匂いだったと思います」

「耳が良いとは聞いていたが……鼻までいいとはな」

 帯刀が感心したように真見を見る。

「神野さん、すごーい!特殊能力みたい!カッコいい」

 良が手を叩いた。二人から称賛された真見は弱々しく笑う。

「そんなことないよ……。香水とかスプレーの匂いとかも苦手になっちゃうし。人の多い所もしんどくなるからあまりいいものじゃないよ」

 心に(おもり)がのしかかる。自分で自分の事を否定する度に錘は重さを増し、払いのけられなくなった。

(仕方ないじゃない。私はこの性質、捨てたいぐらいに嫌なんだから)

「大丈夫?神野さん。僕、悪いこと言っちゃったかな……」

 真見の表情が険しくなったのを見た良が慌てて声を掛けてくれる。

「ご……ごめん!そんなことないよ!ちょっと他のこと考えてて……」

「……それにしてもこの部屋、変ですね。物がなさすぎる」

「あ。こら佳史!勝手に入んな。匂いを確認しただけなんだからな」

 佳史が場の雰囲気を変えるかのように部屋に乗り込んできた。

「ああ。それなら隣の人もあたしと同じ。短期間滞在者だからじゃない?」

「雪野さん。あんたまで首突っ込まないでくださいよ……」

 帯刀が大きなため息を吐く。

「家具・電化製品付きの部屋なのよ。それでゴミも物も少ないんだとしたらやっぱりお隣さんは最近この島に来たみたいね」

「じゃあやっぱり。真見と同じ船に……」

 雪野の隣で腕組をして部屋を覗いていた瑠璃が呟いた。

「ここに住んでいた人ってどんな人だったんですか?」

 佳史が雪野に問いかける。

「さあ?挨拶もろくにしなかったしね。顔を合わせることも少なかったけど……。唯一会話したのが最期になっちゃったな」

「最期に話した……。もしかして雪野さんが第一発見者?」

「ええ。夜中に隣が騒がしかったから。シールドに通報したわよ。すぐそのあとで屋上から落ちてしまったんだけどね」

「騒がしかった……?」

「そう。血相変えて『来るな』ってずっと叫んでて……。そのまま止める間もなく屋上まで駆け上がっていっちゃったの。怖かった……」

 そう言って雪野は自分の腕を抱いた。

「来るな?ということは何者かに追われていたんですか?」

 佳史の言葉に雪野が首を横に振った。

「いいえ。私が見た限り誰もいなかったわ」

「誰も……いない?」

 佳史だけでなくその場にいた者全員が首を傾げたり、顔を顰めた。

「何故か飛び降りた人物は叫びながら屋上に上がり、手すりのすれすれの所まで行って急に気を失ったそうだ。全部この社宅の防犯カメラに映し出されてる。正確には……心肺停止になった」

 雪野に続けて帯刀が説明を付け加える。

「思った以上に難問みたいだ」

 佳史は顎に手を添え、思案するような素振りを見せた。

(ここで……一体何が起こったの?)

 真見はただ誰もいなくなった部屋を眺める。自分のことを突き落としたであろう人物の残り香を感じ取りながら立ち尽くしていた。

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