26.奈落(2)
瑠璃が良に告白したという話は自分のことではないのに顔が熱を持つ。一方瑠璃はというと顔色ひとつも変わっていない。
「でも良はよく分かってないみたいだった。『どういうこと?』って聞かれて……思わず怒ってその場を走り去ってしまった」
「ああ……。相模君、そういうの分からなそうだよね」
真見が項垂れて笑う。あの大らかで鈍感そうな少年のことだ。気が付かないのも頷ける。
「だからいつかもう一度言おうと思って」
瑠璃の真っすぐな瞳を横目で見て、目を細めた。
(瑠璃は凄い。ちゃんと好きな人に好きって言える。……私にはできないことだ)
堂々とした出で立ちの瑠璃を見て真見はまた、自分を嫌悪する。
「なんて言ったの?」
「好きだって言ったけど」
あまりにも男前な告白に真見は躓きそうになった。雰囲気も何もない。真見は頭を抱えると思わず呟く。
「相模君には付き合ってくれの方が……伝わる気がする」
真見の言葉を聞いて瑠璃が口を開ける。その目は「その手があったか!」と言っているようだ。真見はため息を吐きながらも真っすぐな瑠璃の姿を微笑ましく思った。
「飛び降り?」
予想通り、佳史が興奮した様子で真見の言葉に食いついた。課外活動の時間、生徒会室を訪れた真見が恐る恐る今朝の出来事を話し始める。真見の後ろに瑠璃と良の姿も見えた。
「はい。早朝に。シールドの人達が集まっていて……やっぱりこれも犯人の仕業なんでしょうか?」
「そんなことがあったの?神野さん、大丈夫?」
良が心配そうに真見の顔を覗き込む。真見は小さく頷いた。
「話を聞く限り事件か事故なのか判断できないね。そしたら……行こうか!」
佳史が勢いよく立ち上がる。どこに向かうのか察した真見は顔を引き攣らせた。
「あの、行くってもしかして……」
「事件現場だよ!」
佳史の爽やかな笑顔に圧倒される。飛び降りがあった現場に向かう顔ではない。
「事件が起きてまだ時間が経ってないからね。何か分かるかもしれない!じゃあ、あとは頼むよ!」
「あ!おいっ佳史っ!」
他の高等部の生徒に仕事を押し付けると佳史は軽やかに生徒会室を飛び出した。
「失礼しました……」
真見は仕事を押し付けられた生徒に頭を下げると、瑠璃と良と共に教室を飛び出した。
「ここがセル社の社宅か。近くで見ると大きいなー!」
佳史が感心するように声を上げた。まだ規制線が張られているものの早朝ほど人の姿は無い。
「どこから落ちたんだっけ?」
「屋上からです。最上階までエレベーターで行って、あとは屋上へ続く階段を登らないといけないはず。私、二階に住んでいるので上の階のことはよく分かりません」
「じゃあとりあえず屋上に行ってみようか」
「……はい」
真見が緊張した面持ちでエレベーターの前に立ち止まる。自動的に顔認証され、ここの住民であれば自動的に居住区の階数へ止まる。それ以外の階数へ行きたければエレベーター内に備え付けられたボタンの階数に手をかざせばいい。ボタンとはいえ、押す必要なくセンサーで反応した。
数分で二十階へ到着する。四人が降り立つと、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「本当に誰も見てないんです?」
「見かけてないわね」
「あ!正義さんじゃん!」
良が指を指した先に帯刀の姿があった。住民に聞き込みをしているようだ。ドアから姿を現しているのは若い女性だった。ジーパンにワイシャツというラフな格好をしていた。左腕にセル・ディビジョンをしているのが見えた。こちらに視線を向けたことで綺麗な長髪が揺れる。
(あの人……)
真見はその女性をどこかで見かけたような気がして立ち止まる。
「げ。お前ら……どうしてここに」
帯刀が苦い表情を浮かべた。
「どうしてって。ここは神野さんの家ですよ。殺人犯から守るために護衛中です」
佳史がすらすらと建前を述べる。まさか飛び降りの現場を見に来ましたとは言えない。
「それより、帯刀駐在員こそどうしたんです?見たところ捜査は終わったようですけど?」
「終わったのはシールド側の捜査だ!警察側の事情聴取だよ。分かったら帰れ!」
帯刀が手を払う仕草を見せる。その動きとは裏腹に佳史たちは帯刀に向かって歩き始めた。
「じゃあ、その女性が何か今回の事件について知っているんですね。そうしたら僕達も聞いていてもいいですか。神野さんのためにも」
「はあ?」
真見も佳史に続いて帯刀の元に歩いて行く。真見はあることに気が付いて思わず立ち止まった。続けて鼻をひくつかせる。
「どうしたの?神野さん」
「大丈夫?真見?」
前を行く良と瑠璃が駆け寄ってくる。
「私が船から落ちる寸前に……嗅いだことのある匂いがする」
真見の顔が恐怖に染まっていた。
「まさか……」
佳史は真見から視線を外すと、ドアを開け放している女性を見つめた。
「この人が殺人犯?」




