23.可愛い相棒と裏活動(3)
「クロも可愛い奴だけど。この『スカラベ』も可愛いねー」
真見の手の中で顔を覗かせるスカラベを撫でながら良は顔を綻ばせた。その隣で瑠璃も人差し指でスカラベに触れる。
「うん」
真見もすっかり可愛らしいスカラベの事を気に入っていた。
「名前は?どうするの?」
「名前?考えてなかった……」
真見は困ったように手の中を見下ろす。小さな前足が真見の手に触れた。本物の昆虫のようにささくれだった足をしている。
「サンなんてどうかな?」
隣から現れた佳史が得意げに言った。真見の左肩に触れるぐらいの近さでスカラベに触れてくるものだから思わず真見は体を強張らせる。右側には良と瑠璃がいて咄嗟に避けることができなかった。
「ど……どうしてサンなんですか?」
真見はスカラベに視線を落としながら問いかけた。佳史は明るい調子で言葉を続ける。
「スカラベは古代エジプトで太陽神の象徴とされたんだ。太陽は英語で「sun」だろう?だからサン」
「サン……。良いかもしれないです!」
感動して左を向いた時、思いのほか佳史の顔が近いことに驚く。佳史は臆することなくそのまま微笑んだ。
「でしょう!」
(どうしよう……近い)
真見が固まっているところに瑠璃の冷たい声が飛ぶ。
「万野先輩……。距離」
「おっとごめん。つい、スカラベに夢中になって」
佳史が離れていって真見は安堵する。
「それじゃあ、さっきの話、聞かせてもらおうかな」
お道化た表情から真剣な表情に戻った佳史に真見は息を呑む。真見の側を離れた佳史は良の肩に寄りかかった。その様子を見て瑠璃が更に不機嫌になる。
(万野さんは基本的に距離が近い人なんだな……)
「学校に戻るのも面倒だし。あそこのベンチにでも座ろうか」
命島のあちこちに島民が休憩できるようなベンチが見られた。その周辺には必ず花壇や植木が整えられ美しい景観を生み出している。
「この島は観光客を狙ったつくりになってるんだ。だから結構休憩する場所も多い」
そう言いながら佳史は真見達に紙パックの飲み物を渡す。真見には紅茶、瑠璃はエナジードリンク、良はオレンジジュースだった。
「わー!ありがとう万野先輩!」
一人はしゃぐ良に佳史は柔らかい笑みを浮かべる。真見と瑠璃も続けて礼を述べた。
(……万野さん、気遣いが凄いな。きっと好みを考えて買ってくれたんだ)
佳史はカフェオレを飲みながら口を開く。
「それじゃあ、船から落ちた時のこと。教えてもらえるかな?」
真見は良と顔を見合わせ、頷き合った。
「はい。私、船から落ちる前後に違和感があって……」
真見は駐在所の正義に話した内容を語り始める。
「僕も神野さんを助けた時、船内に怪しい人影を見たんだ……」
良も真見の証言に参加した。二人の話を佳史はずっと黙って聞いていた。目を伏せた佳史の姿に真見は思わず見惚れてしまう。
「事件の香りがする」
紙パックを片手でつぶした佳史が呟いた。真見は話し終えた後で紅茶を口に含むと不安げに呟く。サンは真見のカーディガンのポケットの中で大人しくしている。
「でも……。確かな根拠はどこにもないし」
「根拠ならあるよ。今までにこの島で起きた事を繋ぎ合わせればね」
そう言うと佳史はスラックスのポケットから小さなノートとボールペンを取り出した。タブレットによる電子ノートが主流となった今、紙媒体のノートは新鮮に見える。
「敢えてアナログにしてるんだ。なんせ機密情報だからね」
佳史が得意げに笑った。そのまま先頭のページまで捲るとノートの内容を読み上げ始める。
「2048年5月23日。セル社の社員が原因不明の溺死。レオン号の試運転中に起こった。次は2050年9月3日。シー・リサーチャーが稼働し始めた頃に島の沖合で、今度は島民の溺死体が船の停泊場で見つかる。こうも立て続けに海での事故が続いたら流石に怪しいと思わない?
僕は何者かがこの島で連続して犯罪を起こしていると考えている。だから、神野さんも同じ犯人に命を狙われたのかもしれないって考えたんだ」
真見の顔がみるみる青ざめていく。だから佳史は事件ではないかと怪しんだのだ。震える手を自分の手で押さえ込みながら真見は口を開いた。
「そんなに連続して事故が起きているなら警察が動きますよね?」
「本島から刑事さんたちも来たよ。でもどれも事故で処理されたんだ。目立った外傷もなし。目撃情報もなし。防犯カメラにも本人が海に落ちていく様子しか映されていなかったらしい」
「そんな……」
「だからまた犯人が動き出したのかと思って。神野さんに話しかけたんだ。お陰で新しい情報が手に入って良かったよ」
佳史の輝かしい笑顔に真見は表情を曇らせる。
「何の役にも立ちませんよね。私、自分で話していても訳分からないのに……」
「そんなことない」
顔を俯かせた真見の背を優しくぽんぽんと叩く。
「とても有益な情報だったよ。ありがとう」
「そうですか?それなら……良かった」
慈愛に満ちた笑顔に真見は照れくさくなって顔を赤らめる。
「ということは……神野さんが今後も命を狙われる可能性があるってこと?」
良が難しい顔をしながらオレンジジュースを飲む。
「その可能性は大いにあるね。だから僕らが守るんだよ」
佳史が真見の肩を引き寄せた。思わず真見は「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
「それに神野さんの側にいれば犯人も姿を現すはずだ」
佳史の瞳の奥が閃いた。
「万野先輩。真見が固まってるから。離れて」
「そうだよ。神野さんが押しつぶされそうだ!」
瑠璃がエナジードリンク片手に手を払う仕草をする。良からも非難されて佳史は真見を離した。
「ごめん。また失礼なことを」
「……いえ」
真見は困ったような笑みを浮かべて紅茶を飲む。
「犯人はきっとまた神野さんを狙うはず。殺人が目的ならね。だから僕らで神野さんの護衛しつつ犯人を捕まえるんだ」
佳史の言葉、全てが現実に起こっていることとは思えなかった。
(犯人、殺人、警護……。何だかドラマみたい)
「そんな大事にしなくても……。護衛なんて迷惑かけちゃうし」
内心断りを入れながらも、不安でもあった。
(また私は狙われるんだろうか。そしたら怖いな……。でも他の人に迷惑はかけられないしひとりでなんとかしないと)
「普段学校にいる時、登下校時は3人の内誰かがいれば問題ないと思うよ。だけど課外活動の時、プライベートの時はさすがに難しい。そこで、もう1人協力を仰ごうと思う」
佳史が得意げに人差し指を立てた。
「協力者?」
真見を含め、良、瑠璃が首を傾げる。良のズゴオッというジュースを飲む音が辺りに響いた。




