20.トモダチ(2)
「ただいまー」
セル社の社宅へ戻って来た真見は誰もいない部屋に向かって呟く。部屋の鍵はドアノブの指紋認証とインターフォンの顔認証で開錠する。真見はそのままベッドに倒れ込んだ。
(疲れた……)
新たな環境、人間関係。知らず知らずのうちに気を張っていたらしい。疲労感が真見を襲う。真見の五感がずっと緊張状態だったようだ。
(学校は見たことないものだらけで楽しそう。今までよりも快適に勉強できそうだし。それに友達もできたから!)
真見はベッドの上でふふふと小さく笑った。まだ胸の中がぽわぽわする。
(天笠さん……瑠璃って格好いいな。あんな風に堂々とした子。初めてかもしれない)
初めは敵視するような視線に恐れを抱いていたが、誤解を解けばそんなことはなかった。さっぱりとしていて、意外と天然で面白い子だ。
(少し休んだら授業のカリキュラムと組もう。私、何を勉強しようかな……)
ワクワクしながらベッドの上でタブレットを起動させる。母からのメッセージを見て真見は口を噤んだ。
『調査の方はどう?』
(そうだ……。浮気調査)
思わず大きなため息が漏れる。昨夜の出来事を思い出して頭を抱えた。真文に近づく女性の影。まずはそれを追わなければ……。
(まだ確かな情報じゃないから。お母さんには適当に誤魔化そう)
真見は「進展なし」とメッセージを返す。
ベッドに仰向けになりながら思考を続ける。現在、命島に上陸することできるのは元から住んでいた住民かセル社の関係者だけだ。
(それでも数千人はいるのよね。その中から一人を探し出すなんて……どうすれば……)
真見は瞼を閉じる。ふと、佳史の端整な顔を思い浮かべると、頭の中に雷が落ちるがごとく、閃いた。
直感が働く時、真見は脳内に電気か何かが貫いていくのを感じるのだ。
(命島広報部の活動に参加すればセル社に自然と近づけるかも!)
真見は起き上がると命島学校に通う生徒だけがアクセスできるアプリを起動させた。そのアプリは世間に出回っていないもので、スーパーアイランド計画の機密事項でもあった。
学校内の情報や授業の設定は全てこのアプリで行われる。島内のニュース及び、セル社の情報も同様に専用のアプリが存在する。
この島であったこと、目の当たりにした新技術は他言無用とされ、命島では厳しい情報統制が成されていた。島を出る時も厳しいチェックを受けるのだと真見はセル社の本部で聞かされたのを思い出す。そのため外部との連絡も家族以外には検閲システムが働いた。
(技術が盗まれたら大変だもんね)
真見は広報部の活動記録を漁る。
「あ。相模君」
良が映し出された写真を見つけて真見は手を止めた。そこにはイルカのロボット、クロと共に島周辺を探索する良の姿があった。最新の記事を見て真見は息を呑んだ。
『セル社開発のロボット、シー・リサーチャーが人命救助』
記事にはシー・リサーチャーが船から落ちた人に反応して救助したことが簡単にまとめられていた。船から落ちた原因や真見の素性などは書かれていない。真見はそのことに安堵する。シー・リサーチャーの性能について語られているだけだ。
(広報部の活動に参加して、セル社に立ち寄る機会を伺おう。その後でお父さんの近くで仕事をしている人を当たれば……)
瞼が自然と下がり、そのまま真見は微睡の中に落ちて行った。
外からタイヤ音が聞こえて真見は目を覚ました。
(うわあっ!寝ちゃってた!)
真見は飛び起きると玄関に走る。聴覚の鋭い真見にはすぐに島タクシーのタイヤ音だとすぐに分かった。この時間に返って来るセル社の社員は真文ぐらいなものだ。他のセル社の人達はもう少し早めに帰宅してくる。
(もしかしたらあの女の人もいるかもしれない!)
真見は細く扉を開ける。階下には父のシルエットがぼんやりと見えた。息を潜めて様子を伺う。真文が周囲を見渡しているのが見えた。
(やっぱり。この行動も浮気してるからなのかな?)
島タクシーが遠ざかって行く音を聞いて、真文以外に人が乗っていなかったことを悟る。階段を上がってくる音と共に急いでドアを閉めた。
部屋のドアノブを握ったところで玄関の扉が開く。
「ただいま」
手には弁当の入ったビニール袋が握られている。眼鏡の奥に疲労の色を感じさせた。心なしか目の下のクマが深く刻まれているように感じる。
真見は背中に冷や汗を掻く。
「……おかえりなさい」
真文は目視で施錠を確認する。ドアの小窓から何者かがやって来てはいないか見るとやっと真見に視線を送る。
「学校はどうだった?」
「あ!えっと……。見たことないテクノロジーがあちこちで使われててすごかった!それと友達もできたし……」
「そうか……良かったな」
それだけ言うとのっそりと立ち上がって真見の横を通る。
(良かったなって。それだけ?)
父の猫背を見送りながら口をへの字に曲げた。真見は犬のように鼻をすんすんとさせてにおいを嗅ぐ。
(親子丼の匂い……)
真見の予想通り、夕食は親子丼だった。ふわふわの卵と玉ねぎ、出汁が浸ったご飯を頬張る。
「お父さんはどうなの?」
真見の言葉に真文の箸が止まった。
「お父さんは……職場の人に友達っているの?」
踏み込んだ質問に真見の心臓が高鳴る。誤魔化すように親子丼を食べ進めた。
「友達というより同僚というのが正しい。仕事仲間という感じだ」
曖昧な答えに真見は首を傾げた。
「それってどう違うの?」
「仕事をするだけの仲ってことだ。それ以上でも以下でもない。大人になったら友達が減って……仕事仲間が増える」
「ふーん……」
(じゃあ。あの女人は何なんだろう)
真文の仄暗い瞳を見て、真見は追及するのを辞めた。
「……この親子丼、美味しいね」
「そうだな」




