14.自己紹介とテクノロジー(2)
「この端末ですが装着することによって視神経、視床、視覚野に干渉します。物を見るために使っている脳の部位ですね」
葛西が自分の目と頭を指さす。
「それによって私達はバーチャル世界を見ることができます。バーチャル世界に入ることができると言っても過言ではありません」
「バーチャルってことはゲームの世界?」
「すげえ!」
子供達が楽しそうな声を上げる中、真見は腕を見下ろす。
(あの矢印って、やっぱりこれが見せてたんだ!)
「実際に物を使った方が早いですね。それじゃあ皆、腕に装着して」
子供達がディバイスを装着し始める。ちらりと少し離れた場所にいる良へ視線を送ると何の躊躇いもなく腕に付けるのを見た。
隣から視線を感じて真見は慌てて正面を向く。視線は天笠という少女のものだった。「どこ見てるんだ」と言わんばかりの眼光の鋭さだ。
「それじゃあ、共有モードにして……。行きますよー。せーのっ!」
葛西の掛け声とともにレクリエーションルームに花火が打ちあがる。と言っても屋内なので低い位置なのだが、とても美しかった。目の前で打ち上げ花火を見ることができるのは『創られた空間』ならではだろう。花火が打ち上る音や振動も体に伝わってくる。
「うわー綺麗!」
「花火だ!」
子供達が手を伸ばす。勿論、手で触れても火傷はしない。目の前に映し出された物は全て現実と融合した映像に過ぎないのだ。
(凄い技術……。こんなことが体験できるなんて)
真見も美しい光景に目を輝かせる。
「この技術はMR、Mixed Reality。複合現実と呼ばれています。現実とバーチャルの世界が同じ時間軸に存在し影響しあう新しい空間のことです。
セル社はMRを島全体に実装する試みを始めました。現実では見ることのできない光景が島に溢れる予定です!例えば珍しい動物や昆虫が島で見ることができ、今みたいに花火や星を見ることもできるでしょう」
葛西のはっきりとした声色に子供達は湧き上がった。
「ゲームの世界も?」
前髪の長い、小学部の少年が声を上げる。騒いでいた子供達が静まり返った。真見はこの瞬間が苦手だ。時折訪れる静けさに気まずさを感じる。胃を掴まれたような気持ちになるのだ。
「ゲームの世界も現実世界と繋がるの?」
少年のはっきりとした声が真見の耳に響いた。
「還さん。良い発想ですね。その通り!セル社では新たにこの『セル・ディビジョン』を使用したゲーム制作を予定しています!現実とバーチャルが融合した新時代のゲームです。楽しみですね」
葛西の言葉に再び教室は賑わいを見せた。環と呼ばれた少年は満足そうに頷く。
(そっか。だからお父さん、命島に出向が決まったんだ……。これを作るために)
「景色や動物、ゲームだけでなくニュースやお店の宣伝なんかにも活用される予定だからお楽しみに」
真見は新しい技術を目の当たりにして心臓が高鳴った。
「それじゃあ、ガイダンスはここまで。休憩の後、各々の教室へ戻ってください。神野さんもこのまま中等部の教室に行きましょう。天笠さんと相模さん、案内宜しくね」
「……はい」
「はーい」
温度差の激しいふたつの返事が聞こえる。小学部の子供達はまだ真見の方を見ていたが後ろに控えていた教員に促されて移動していくのが見えた。真見はおずおずと隣の席に座る少女、天笠と呼ばれた少女を見る。
(明らかに私の事、嫌ってるっぽいけど挨拶はしなきゃだよね)
「あの……!お名前教えてもらってもいいですか……」
消え入りそうな声で話しかけると少女は自分の腰に手をあてながらはっきりと答えた。
「天笠瑠璃。中学二年生。よろしく」
相変わらず表情が無い。釣り目のせいか。怒っているように見え、真見は怯えた笑顔を浮かべる。
(また人の反応に一喜一憂して……。天笠さんは怖い人じゃないって。駄目だな。私)
「やっほー!神野さん。元気?」
二人の間に呑気な笑顔を浮かべた良が入ってくる。Tシャツにハーフパンツという格好は変わらない。
「この学校って……服装自由なんだ……ですね」
真見はふたりがひとつ年上なのだと悟って慌てて敬語を引っ張り出す。
(だって天笠さん、良って呼び捨てにしてたし……多分。幼馴染なんじゃないかな)
その様子を見ていた良が笑い声を上げた。
「敬語なんていいよ。同じ中等部なわけだし。ね?瑠璃」
「……私は別にどっちでもいい」
真見が照れくさそうに視線を床に落とす。なんとなくふたりと打ち解けた気がして嬉しく思ったのだ。
「そうだよ。僕は適当なジャージだけど瑠璃は陸上の大会に出たりしてるから学校指定のもの。基本的に何でもありなんだ。高等部の人は制服っぽい私服来てるし」
「陸上選手……格好いい!短距離ランナー?」
真見は感嘆の声を上げた。瑠璃は一切表情を変えずに小首を傾げる。
「なんで分かるの?」
「え……。なんとなく、直感かな」
真見の答えに良がまた笑う。和やかな雰囲気に変わり、真見は安堵のため息を吐いた。
「足の筋肉からじゃないかな?」
突然背後から声がして真見は肩を震わせた。反射的に瑠璃の背後に隠れる。
「ごめん。驚かせるつもりは無かったんだ……。ちょっと島の転入生に挨拶しておきたくて」
声の主は先ほど目が合った高等部の男子生徒だった。
「初めまして。命島学校の生徒会長の万野佳史です。高等部の二年生。よろしく」
流暢な自己紹介に気後れしながらも真見は小さく会釈した。爽やかな笑顔が眩しい。




