10.スーパーアイランド命島(1)
小さな液晶画面の付いた腕時計のような機器。軽く触れて起動させると鳥肌が立つ。
『おはようございます。ご用件は何でしょうか』
(喋った!)
ワイヤレスイヤフォンを通して穏やかな女性の機械音が聞こえる。真見は内心興奮しながらも、問われるままに答えた。
「えっと……。命島学校までの道が知りたいです」
『命島学校への道ですね。地面に映しだされる矢印に向かって進んでください』
「地面……?」
真見が首を傾げる。言われたとおりに地面を見下ろすと赤い矢印が真っすぐに伸びているのに気が付いた。
「え?何、これ……」
さっきまで何もなかったはずの地面に矢印がうかびあがっているのだ。何度か目を擦る。真見はすぐにこの矢印が実在しているものではないことを悟った。
(もしかして……これのせい?)
真見は手首に取り付けた『セル・ディビジョン』に触れる。
戸惑いながらも真見は矢印に従って道を進んだ。面白いことに矢印は真見が進むたびに現れる。十分ぐらい歩いたところで学校が視界に入った。
『目的地に到着しました!ナビゲーションを終了します』
「これが学校?」
その建物は巨大な蚕繭のようだった。『命島小学校 中学校 高等学校』と書かれた看板が無ければとても学校に見えない。木を基調としたドームのような施設を前に真見は立ち尽くす。建物の手前には広々とした校庭が広がっている。
『神野真見様ですね』
突然自分の名を呼ばれ、真見は弾かれたように声のする方へ目を向ける。そこにはセル社の本部にいた案内ロボットがいた。ディスプレイに映し出された大きな瞳が真見を捉えている。
真見はすぐに顔認証をされたのだと気が付いた。
「はい……」
『命島のガイダンスを受け付けております。どうぞお入りください』
「失礼します……」
真見は頭をぺこりと下げると学校の敷地内に足を踏み入れた。
すぐに校舎の中から一人の女性が出てくるのが見えた。大きく手を振っているようだ。
「こんにちは!神野真見さんでいいのかな?」
二十代半ばぐらいだろうか。若い女性教師が真見を笑顔で迎えた。熱烈な歓迎に真見は戸惑った。失礼のないようにワイヤレスイヤフォンを取り外し、ポケットにつっこむ。
「はい……。東京から来ました。神野真見です。宜しくお願いします」
「いい子で安心しちゃった。私は命島学校の教員、葛西千広です。これから宜しくね」
そう言って葛西は満面の笑みを浮かべた。
「命島がどんな島か。お父さんから聞いたりとかした?」
「何となく……。頂いた資料を読みました」
「神野さんは真面目ね。『個性診断』で見て何となくは知っていたけど」
真見と葛西は廊下を歩いていた。温かな日差しと木の香りが心地良い。整然とした廊下は真見の知っている雑然とした学校とは程遠かった。
「『個性診断』ってあの、島に来る前にネットで受けたテストですよね」
「そう!すごい質問量だったでしょう?でもそれのお陰で先生たちは大助かりよ。それぞれ生徒にあった対応ができるから」
そう言って葛西は片目を瞑った。
(確かに。沢山の生徒を見る先生には大助かりかも)
「島の子供達は全部で十三名。小学部に六名、中等部に三名、高等部には四名が在籍しているの。命島の教育システムもまだ試行錯誤中なのよ。システムが整えば他の地域に住む子供達も受け入れるみたい」
「そうなんですね……」
「この学校もにぎやかになると思うんだけど。暫くは少人数になりそうね」
(私は少人数の方がありがたいけど)
真見がそんなことをこっそり考えていると葛西が真見の左腕を見て声を上げた。
「それ!今日支給されたばかりの『セル・ディビジョン』!」
「あ……はい。私も最近使ったばかりで。これって……何なんですか?道案内して欲しいと思ったらいきなり目の前に矢印が現れて……」
葛西が真剣な顔つきに変わると、真見に告げた。
「魔法よ」
「魔法……?」
瞬きを繰り返す真見を見て、葛西はくすっと笑った。
「冗談よ。後で説明するから!生徒達に説明する日だから神野さんも参加してね」
「はい……」
つられて真見も笑顔を浮かべる。目の前に浮かび上がった矢印の映像は魔法としか言いようがない。ゴーグル、あるいはコンタクトレンズや眼鏡も無しに映像が浮かび上がる技術なんて聞いたことがない。それぐらいに不思議な現象だった。




