鬼蜻蛉の兜
今は対戦場は2戦目で、レベルが高い従兄弟同士の模擬戦が繰り広げられている。他の対戦場でも、執事やメイド達が練習に愛用の武器を振るっているよう。
ところで先ほどの美津子の挑戦状だが、渋々といった形で新当主も認める形になった。叔父の抗議もあったのだろうが、何とも切ない力関係である。
賭けに関しても容認の意向らしいが、その代わり対人戦特訓は1人2戦までで良いそうだ。それが終わった者から、訓練を上がっても良いとの通達が。
この機会に、剣術を学ぼうかなと思っていた朔也としては、大きく当てが外れる破目に。この場に長く留まっていても、他の従兄弟たちに絡まれるだけだ。
それならば、2戦目をさっさと済ませて自室へと戻った方が得策には違いない。その肝心の2戦目の対戦相手だが、果たして祖父の遺産カードを使いこなせるのだろうか。
朔也の初戦の圧勝を見てもなお自信満々って事は、恐らく【鬼蜻蛉の兜】に絶対の信頼があるのだろう。その自信と信頼が、本物だったら相当マズい事態である。
ただし、美津子の戦闘力に関してはそこまで高くは無さそう。レベルに関しても、噂では朔也より低くて“夢幻のラビリンス”の探索も苦労しているみたいだ。
これは薫子からの情報なので、まぁ間違いは無いだろう。そんな者がA級の装備である兜を被って、果たして何が出来ると言うのかが朔也には分からない。
或いは、あの巨大な蜻蛉を召喚可能だとしたら、それはもう勝ち目はない気がする。とは言え、狭い対戦場にあの巨大トンボを召喚しても、身動きは取れないだろうに。
だとしたら、【鬼蜻蛉の兜】には別の能力があるのかも?
「朔也様、こちらが賭けで得たカードになります……それから、この次の対戦に出場頂く予定になりますが、本当に宜しいので?」
「構いませんよ、本当は誰かに剣術を習いたかったんですけど。さっさと2戦目を終わらせて、自室に戻った方が波風を立てずに済みそうなんで。
まぁ、2枚目のカードを喪失したら、その時は皆さんの訓練に混ぜて下さい」
そんな返答をする朔也に、老執事の毛利は微妙な表情を向けて来た。手渡されたカードはちゃんとC級で、まずは約束が履行されて一安心である。
次の戦いも勝利すれば、取り敢えず今夜の対人戦特訓はクリアが可能だ。
【魔甲アルマジロ】総合C級(攻撃D・忠誠B)
そして義理の兄から奪い取ったカードだが、モロに盾用のモンスターっぽい。それはそれで、何かの使い道はありそうでまずは良かった。
朔也が眺めている間にも、年上の従兄弟たちの模擬戦は無事に終了して行った。噂では、勝ちを収めた茂樹が従兄弟たちの中では実力とカード収集率はナンバー1らしい。
茂樹は次男の利光叔父の長男で、元から探索者として活動を続けていたそうだ。レベルも20を超えているそうで、次男のぽっちゃり春海とは大違いだ。
順調に行けば、この従兄弟たちの祖父の遺産カード収集戦でも1番の筈である。それなのに、妾の子の朔也に出し抜かれて腹を立てているに違いない。
実際、対戦終わりの茂樹に鋭い視線を喰らった朔也はげんなりした気分。こちらを気にする暇があるなら、自分でも祖父の遺産カードを回収して見せろと朔也は怒鳴ってやりたい気分。
この辺のカードの入手に関しては、運が良かったからに他ならない。まぁ、朔也からすれば本当に運が良かったかどうかは判断に迷う所だけど。
そんな事を考えている内に、次の対戦に名前を呼ばれてしまった。反対側の入り口から、対戦場へと自信満々に入り込む美津子は勝利を確信しているかのよう。
これがA級カードの所持のみの自身なら、朔也とすれば付け入る隙は幾らでもある。脳内で作戦を練りながら、朔也も対戦場へと入ってスタンバイ。
1戦目の後だけに、先ほどMP回復ポーションでMPの回復は終えている。そんな朔也の作戦だが、基本は1戦目と変わらぬユニット選択で行く事に。
盾役を硬根ゴーレムに担って貰って、アタッカー役はエンと白雷狼に。速度の極端に違う2体だが、この狭いエリアならエンもそれ程の負担にはならない筈だ。
それからソウルと獅子娘さんも召喚して、後は賑やかしの臭ゾンビと弓スケも自陣に招いてやる。完全な嫌がらせだが、この位の楽しみが無いとやってられない。
そんな朔也の本音が、相手に届いてくれると良いのだけれど。向こうはスマートなパペットを3体召喚、その後に祖父の遺産カード【鬼蜻蛉の兜】を取り出したようだ。
遠目からも、そのデザインの違いは良く分かる……ちなみに薫子の情報によると、祖父の遺産カードば全部で20枚近くあるそうだ。
それなら従兄弟たちで仲良く分けろと言いたいが、祖父の遺言は自分達の手で掴み取れって事らしい。まぁ、甘やかしも度を過ぎれば毒になるのは確かではある。
例えば、本人の背丈に合わないカードを無理に入手した場合とか。
美津子の場合が、そうでないと誰もが言えないのが悲しい所。新当主ですら、弟たちからの抗議にこの事態を黙認している始末なのだ。
その結果だが、美津子が【鬼蜻蛉の兜】を召喚した途端に対戦場は凄まじい事に。ソイツは確かに召喚には応じてくれたけど、どうやら召喚主の度量を明らかに超えていたみたい。
美津子の頭を見れば、確かに立派な蜻蛉の意匠の兜が出現していた。それは芸術的センスを備えた兜で、名のある武将が被っていても不思議でない格を備えていた。
背中に向けて長い尻尾を垂らしており、防御力だけでない能力も確かにありそう。ところが現在、それを召喚した美津子は痺れた様に体を震わせて苦しそう。
まるで何かに、体を乗っ取られているかのような感じだが平気なのだろうか? いや、先に召喚していたパペット兵達が、一斉に消え去ったのを見ると大丈夫では無さそう。
良く見ると、美津子の血管は浮き上がり体も膨脹して行っている気が。
「いっ、いかんっ……召喚カードが暴走しているっ! このままでは不味い、皆で強引に抑えるぞっ!」
「「はっ!」」
老執事の毛利の号令で、次々と対戦場へと飛び込んで来る執事やメイド達。大半は【鬼蜻蛉の兜】のオートガード機能で吹き飛ばされたが、数人がかりで何とか美津子から兜を取り去る事に成功した。
その威力は暴走しても絶大で、撥ね飛ばされた執事とメイドが3人も壁に激突して呻いている。さすがA級ランク、制御は難しそうだがパワーは凄そう。
朔也はひたすら巻き込まれないよう、召喚ユニット達をカードに戻してさっさと退去する。こんな騒ぎに付き合ってはいられない、ちなみに対戦相手は完全に気を失っているようだ。
その美津子もメイドの1人に運び出されて、対戦場はあっという間にもぬけの殻に。彼女の父親も慌てているようで、2階席で何やら騒ぎ立てている。
それは新当主も同じで、何とも派手な騒ぎになってしまったモノだ。とにかく朔也としては、2戦こなした体でさっさとこの場を去るのみである。
まかり間違って、この騒ぎの主犯に祭り上げられたくなどない。先ほどのカードの暴走は、完全に背伸びをし過ぎた腹違いの姉のミスである。
しかも致命的なミスだ、一般生活に支障が出なければ良いのだけれど。
そんな感じで自室に戻って着替えていたら、10分後に呼び出されてしまった。相手は新当主らしく、無視も出来ない朔也は再びパジャマを着替える破目に。
迎えに来た薫子は、いつものように澄まし顔で用件を尋ねてもはぐらかすばかり。叱られなければ良いけどと、足取りも重く盛光の執務室へと向かう。
「先ほど発表がありましたが、新当主の長男の光洋様と直治様の長女の美津子様は、鷹山様の遺産カード収集戦から離脱するそうです。
特に美津子様は、社会復帰に時間が掛かりそうだとの話ですね」
「うわっ、それは……僕のせいじゃないですよね、薫子さん?」
朔也様のせいでは無いですけど、あちこちから恨みは向いてるかもですねと薫子の返答。素直なその言葉を聞いて、憂鬱になりながらようやく新当主の執務室前へ。
薫子がお連れしましたとノックして、部屋に入るのは朔也だけらしい。室内には新当主の盛光のみで、これで2度目の密談である。
そして改めて、朔也の耳に入って来る従兄弟2名の脱落報告である。特に光洋の件だが、朔也の提出したカメラの映像が問題になったようだ。
結果、光洋は祖父の49日が終わるまで館の離れに監禁されるとの事。美津子は未だに失神したままで、2人のカードは新当主が取り上げたそうである。
「実はある程度の犠牲者は、こちらでも予想していたのだが……ここまで激しくなるとは、思ってもいなかったってのが実情だ。
そもそもこの祖父の遺言は、称号:『能力の系譜』の引き継ぎに起因しているのだ。最初の引き継ぎ戦は、私達兄弟の母親の死を切っ掛けに始まった。そして私と次男の利光が《カード化》の能力を引き継いで、今に至るって訳だ。
今回の父親の鷹山の死は、2度目の引き継ぎ戦って訳だ」
「えっと、つまりは称号:『能力の系譜』や《カード化》の能力は永遠ではない?」
どうやら、祖父の遺言にはしっかりと意味があったらしい。そして49日が終わるまでに、鷹山の孫たちは自身の力を示す立場にあるようだ。
祖父のカードを自力でゲット出来ない者は、この称号を永遠に消失してしまうって事だろうか。その上に一族の統率者の椅子も回って来るのなら、従兄弟たちのあの熱の入れようも理解は出来るかも知れない。
それにしても、新当主の兄妹4人の中で《カード化》の能力を持ってるのは2人のみだとは。確かに子供が増えるたびに、その能力が増えるのは強力過ぎる。
他の従兄弟たちは、この祖父の遺言の真意をそれぞれの両親から聞いていたのだろう。特に、称号を継いだ者の中から次の当主が決定される件には、誰もが食い付いた筈。
新当主の話では、祖父のカードにもそれぞれ意志のようなモノが存在するらしい。それらに認めて貰えないと、どうも資格は得られないと今回ハッキリ分かった。
当主の座や強力な特殊スキル、そして強力なカード所有については当然ながら純粋な利益に繋がる。そのせいで、それに近付いた朔也には従兄弟たちの強烈な嫉妬が向けられるだろうとの事である。
新当主としては、別に朔也が新たな引き継ぎ手になって貰っても全然構わないそう。むしろ自分には、当主の座は荷が重いとさえ思っているようだ。
2人の弟については、それを知ってか権力欲が物凄く強いみたいで横槍が酷いみたい。それを切り抜けながら、この祖父の遺言ゲームを何とか終わらせるのが新当主の望みとの事。
それを実行するために、盛光が考え出した腹案があるそうだ。それを伝えるために、この深夜の呼び出しに繋がったとの事。
その発表だが、ある意味衝撃的だった。
「突然で済まないが、明日から隣町の探索学校に通うようにしてくれ。昼まで向こうで講義に出て、午後からはこちらの“夢幻のラビリンス”探索に勤しむように。
もちろん探索の目的は、ダンジョンに散らばっている20枚ある祖父の遺産カードの収集だ……つまりは、祖父の49日が終わるまでの措置で構わない。
探索者学校については、卒業するまで頑張るようにな」




