畝傍ヶ原の人々
「やっぱり見張られてますね、これは午後の“訓練ダンジョン”行きは諦めた方が良さげです、朔也様。キッパリ諦めて、午後はゆっくり休んだら如何です?
それとも森で連中を撒いて、“高ランクダンジョン”の探索をしましょうか。カードを集めるのなら、協力しますよっ?」
「ええっ、どこの誰ですか……これじゃ以前と、あんまり状況は変わらないなぁ。まぁ、午後の予定はお昼食べながらゆっくり考えますよ」
あれからの事だけど、やっぱり以前と同じく大騒ぎになってしまった。祖父の遺産カードの2枚目ゲットを、16人の孫の中で最年少の、しかも妾の子が達成したのだ。
新当主の盛光も出て来て、その獲得したカードを確認した程である。カードは劣化していたが、確かに祖父の愛用カードの1枚だと認定して貰えた。
【フェンリル(幼)】総合C級(攻撃B・忠誠D)
どうも劣化していて、あの強さだったらしい……劣化というより幼児化だろうか、元の主を失った嘆きをあの白狼も語っていたような。
喋れるユニットは初めてだけど、そんな性能の奴もいるみたいだ。お姫がそうでないのは悲しい限りだ、まぁ仕方無いけど。朔也にとっては、フェンリルがC級でかえって良かった。
これでBとかA級だったら、MPコスト点に使えなくなってしまう。トンボの兜を手放したのも、その理由も大きく含んでいたりする。
それよりフェンリルのカードを回収した途端に、レベル9になったのは驚いた。大いなる経験を得たらしく、これでMP量も増えてくれた。
最近は、それが一番嬉しい朔也である。
名前:百々貫朔也 ランク:――
レベル:09 HP 47/48 MP 27/53(+25) SP 16/41
筋力:23 体力:24 器用:28(+1)
敏捷:24 魔力:34(+2) 精神:27
幸運:09(+5) 魅力:09(+4) 統率:25(+2)
スキル:《カード化》『錬金術(初心者)』『魔力感知』『射撃』
武器スキル:『急所突き』
称号:『能力の系譜』
サポート:【妖精の加護】【宝剣の加護】
ついでに、サポートで【宝剣の加護】と言うモノまで付いてしまった。他に変わった点は特に無し、強いて言うなら装備が2つも欠けてしまったのは痛かった。
フェンリルの甘噛みで、『魔鋼の篭手』と『旅人のマント』が呆気なく壊れてしまったのだ。あの戦闘で少なくないダメージも貰っていて、回復作業も大変だった。
幸いにも、メイドの中に回復スキルの使い手がいて、HPに関してはほぼ回復して貰えた。ただし、装備に関してはそうもいかずに頭の痛い問題である。
ちなみに、朔也が戻ってくる前にも光洋が気を失って戻って来て、執務室は大騒ぎになっていたらしい。その理由に関しては、朔也は面倒なのでカメラを返してそれで終了。
その中の真実を、向こうがどう思おうとこちらは関係のない話である。それより2枚目のカードは、従兄弟たちに奪われないようにと新当主にも釘を刺されてしまった。
薫子もそのため、付きっきりの護衛が不自然でなくなって楽しそう。どうでも良いけど、そんなテンションで護衛をやられても、朔也としては気苦労は全く減ってくれない。
「長女の華恋様と三男の直治様が、自分達の屋敷から子飼いの執事とメイドを連れて来ましたからね。そんな訳で、朔也様の言う通り状況はあまり変わりません。
華恋様は、この争奪戦にはあまり興味は無さそうですけど、子煩悩ですから子供たちが傷つくのは良しとはしないでしょう。
ちなみに、華恋様の三女の烈歌様は、探索経験もおありで大変優秀だそうですよ」
「そうなんですか、こっちは絡んで来る従兄弟しか詳しくなくって。あっ、でも確か……カーゴ蜘蛛のカードをくれたのが華恋叔母さんとこの従姉だったかな?」
凛香様と鏡花様ですねと、薫子の記憶力はなかなか素晴らしい。この姉妹は仲も良くて、探索歴が無いのを一緒に潜ってカバーしているそうだ。
そして三女の烈歌だが、次男の利光叔父の末妹の夏樹と普段から仲が良いよう。利光叔父の子供たちは、3人揃って探索経験のある武闘派であるのは館内でも有名である。
薫子によると、長男の茂樹が16人の従兄弟たちの中でトップではないかとの事。レベルも20をゆうに超えていて、《カード化》スキルも既に使いこなしているそうな。
末っ子の夏樹も、探索においては天才肌でカード回収率はかなりのモノだそう。ミソッカスなのは次男の春海だけだが、彼もレベルは最初から10程度はあったそう。
ポッチャリ体型からそうは見えないけど、とにかく利光叔父は子供たちを含めて侮れないそうだ。そもそも新当主の盛光は、元々が芸術肌の人で探索者や家を盛り上げる事業経営には向いていないとの噂だ。
政略結婚で妻を娶ったけど、その家庭は冷めきっているみたいである。お陰で我が子にも興味がないようで、だから光洋や光孝のようなカスが大手を振って好き勝手しているのかも。
朔也としては良い迷惑だが、カリスマの親を持つと子が苦労するのはどこも同じらしい。“ワンマンアーミー”との異名を持つ祖父の子供たちは、世間から較べられて育って来たのかも。
そして世代は16人の従兄弟たちとなって、ここでも盛大な競争が起きている訳だ。祖父の遺産カードの価値はそれだけ高いって事だろうが、朔也は少々違和感を感じる。
それだけのために、叔父たちや従兄弟たちがこんな色めき立つだろうか? 良く分からないが、ひょっとして次期当主の座とかも掛かっているのかも知れない。
そんなモノに全く興味のない朔也には、ただ迷惑な話だ。
「まぁ、鷹山様のレベルは、探索者でも数少ない60超えでしたからね。新当主の盛光様は30中盤で、向いてないにしては頑張った方ですよ。
こんな偉そうな陰口が、当人の耳に入ったら不味いですけどね。古参の執事やメイド達は、大体こんな感じの思考で畝傍ヶ原の将来を憂いてますね」
「なるほど、祖父はそれだけ偉大な方だったんですね……ちなみに、利光叔父さんや僕の父親の直治については、皆さんどんな印象なんでしょう?」
そんな朔也の質問に、薫子は微妙な表情に。どうやら朔也の父親の直治は、館の使用人たちには浪費癖のある遊び人の印象しかない模様である。
半面、次男の利光叔父の方は探索者の腕も新当主より僅かに上で、野心家の面も持ち合わせているらしい。自分の子供たちにしても、探索者として鍛えているのが良い例である。
お家騒動は歓迎しないけど、淘汰して強い者が残るのは世の流れでもある。薫子たち使用人としては、粛々と世代交代を見守るだけらしい。
とは言え、祖父の鷹山と親しかった古参の使用人たちは、個別に色々と思う所もあるのかも知れない。老執事の毛利など、祖父と何度も探索に出掛ける程の仲だったそう。
そのレベルも40以上と、間違いなくこの館の中では最強であるそうな。物腰からしてそうだろうと予測はしていたけど、やはり思った通りである。
それより、提出したカメラの結果でまた一波乱起きそうで、朔也はとっても嫌な気分。午前中の探索で体はだるいけど、館に居座っていたくないのが本音だ。
今夜は対人戦特訓もあるそうで、カード集めを手伝うと薫子も言ってくれている。そんな提案に乗って、森の小屋から通じている“高ランクダンジョン”に向かうのも悪くはないかも。
朔也の召喚ユニットだが、アタッカー役に較べてサポートや盾役が意外に貧弱と言う事実が最近判明した。コックさんや箱入り娘は、頼りになるけど所詮はE級である。
そのせいで、強力な敵のアタッカーの攻撃を受けて撃沈するシーンも何度か。前回の対人戦特訓の時もそうだったし、もう少し強い盾役が欲しい気もする。
それから遠隔攻撃の可能なユニットも、もう少し強い奴が欲しい。青トンボやソウルの攻撃は、頻度も程々で強力と言うにはほど遠いのだ。
赤髪ゴブも同じく、しかもコイツは遠隔より直接殴りの方が好きと来ている。そんな訳で、朔也の召喚ユニットに関しては問題点は割と多く存在するのだ。
何よりその当人が、特に武術を齧っている訳でもないと言う。この問題も実は大きいのだが、どうやら従兄弟たちも、大半がそんな感じで突然ダンジョン探索を言い渡されたらしい。
それは確かに怖い事だが、亡くなった祖父も新当主も特に問題にはしていない模様。《カード化》の能力があれば、無理に前線に立つ必要は無いと思っているのだろう。
とは言え、前衛だろうと後衛だろうと、探索には危険がつきものである。カード化を積極的に狙うなら、止めを刺す役も担う必要も出て来る。
そんな目論見の低さと言うか、考え無しな所は何故出て来たのだろう? 仮にも長年探索に関わって来た一族が、こんな粗末なお家騒ぎをしてるのは腑に落ちない気がする。
それを薫子に確かめてみた朔也だが、彼女も良く分かっていないようだった。今は探索者学校もあるし、英才教育だって不可能ではないのにと、逆に薫子も不思議そうな表情である。
「鷹山様は、確かに生前孫に甘い所は幾度とお見受けしましたけど……一族の事業経営が軌道に乗ったせいで、地位と名声は築けましたからね。
危険な探索者家業を、孫たちに勧めるのは不本意だったのかもですねぇ」
「その割には、今回の“夢幻のラビリンス”での遺産カードの回収は、そのお爺さんの遺言なんですよね? 何だか、ちぐはぐな印象がずっと付きまとってる気がするんですけど。
新当主の盛光叔父さんは、その辺の事情を知ってるんですかね?」
そう尋ねる朔也に、ひょっとしたら老執事の毛利も知ってるかもと薫子の返答である。そうこうしている内に、お姫がカードから自主的に復活してくれた。
それから自分がいなくなってからの顛末を、詳しく知りたがったので報告する朔也。薫子も食い付いて、フェンリルとの死闘を改めて披露する破目に。
とは言え、完全に負け戦でお情けで勝利を譲って貰った形である。薫子は、人の言葉を発するユニットもいるんですかと、物凄く驚いた表情に。
確かに朔也も驚いたけど、アレは人の言葉と言うより念話に近かった気がする。お姫さんも喋れると良かったのにと、今はお昼の甘味を頬張るチビ妖精をみながら薫子の呟き。
確かにそれは朔也も思ったけど、そうなると物凄く騒がしい日常になってしまいそう。小さな淑女は、そのボディランゲージだけでもかなり騒がしい存在なのだ。
そんな失礼な事を内心で思っていたら、じろっとお姫に睨まれてしまった。その瞳は、まるで全部お見通しだぞと訴えているかのよう。
それはともかく、午後の予定を3人で話し合って“高ランクダンジョン”に行く事に決定した。目的は経験値稼ぎとカード回収、それから新カードのお試しも兼ねる感じ。
その辺はいつもと変わらない、違う点があるとしたら薫子がチームに合流する事くらい。そのせいで経験値的には不味くなるだろうが、カード回収は捗ってくれる気が。
お姫も反対は無いようで、頑張ろうのポーズを返してくれた。イレギュラー続きの午前中だったけど、ここから何とか巻き直して通常に戻りたい所。
監視の目は気になるが、まぁ襲って来る事は無いと信じたい。
――そんな訳で、午後はみんなで“高ランクダンジョン”探索に決定。




