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フェンリルの森



「うわっ、ここどこだろう……また変な空間に迷い込んじゃったのかな? お姫さん、ここが何のエリアか分かる?」


 慌てる朔也さくやの問い掛けに、お姫は何だか心当たりがある様子。それから朔也のカードを指し示して、何やら必死に伝えようとしてくれている。

 それはどうやら【白雷狼】のカードらしく、つまりこの森には狼がいるって事だろうか。そう思った途端に、霧の向こうから狼の遠吠えが響き渡って来た。


 思わず身をすくめる朔也だが、呼応する遠吠えがそこかしこから聞こえて来るのは確かに怖い。振り返るも、出て来たゲートはすでに消えてしまっていた。

 これはひょっとして、あの巨大トンボと遭遇したのと同じパターンだろうか。だとすると、厄介な事態に再び巻き込まれた事になる。


 朔也としては、祖父の遺産カードは厄介事以外の何物でも無いって認識である。無理してゲットして、従兄弟たちから目をつけられる事態は嫌過ぎる。

 とは言え、こんな機会は滅多に訪れないとの認識も当然ある。貴重な体験を棒に振るのもアレなので、当然このエリアの主には会ってみたい。


 そこで朔也は、チームにエンを迎えてこれで前衛陣は盤石の構え。盾役がいないので少々不安ではあるけど、攻撃は最大の防御でもある。

 そんな事を考えていると、森の木々の間を縫って敵の群れが近付いて来る気配が。白い霧はがんとしてそこをどいてくれず、視界は相変わらず悪いままだ。


 エンは団体さんの襲来に張り切っている様子、一方の蟲系の2体の感情は全くの不明。それでも狼の集団が一斉に襲い掛かって来ると、熾烈な戦闘が始まった。

 後方からは、朔也の『連射式ボウガン』とソウルの炎の支援が飛んで行く。やはり前衛は、死神クモの働きが目立っているようだ。


 敵の狼集団は、灰色の毛並みで先ほどの洞窟エリアの狼とは種類が違うよう。半ダースほどの群れを何とか倒し終えて、朔也もボウガンで1匹のカード化に成功した。

 それによると、奴らはF級だか集団戦の得意なモンスターみたい。


【森林狼】総合F級(攻撃F・忠誠E)


 続いての遠吠えは、何だか大物が近付いている気配がプンプン。お姫も慌てているようで、要注意だよと朔也にしきりに警告を飛ばしている。

 何に注意すべきか不明だが、ここを乗り切らないと無事に戻れないのは確かである。根性を決めて、次なる集団と対峙する朔也は新たな敵を目にして驚き顔に。


 明らかに体格の違う赤い毛並みの狼が、部下を1ダース近く引き連れて森から出て来た。これは激しい戦いになりそう、とは言え追加の召喚もコスト的に難しいと来ている。

 やはりC級ユニットは、心強い戦力だけどコストは厳しい。統率力の高いF級の波状攻撃と、果たしてどちらが強力かは定かではない。


 とは言え、10匹以上の敵の攻撃は、前衛3枚ではちょっと厳しそう。朔也も麻痺のショートソード+2を手に、前衛の一角を担う構え。

 昨日強化したばかりの愛用の剣は、ここ数日の探索漬けの日々ですっかり手に馴染んでいる。色々と武器を使い回しているけど、やはりこれの使用頻度が一番高い。


 贅沢を言えば盾が欲しいが、鍋フタの盾は合成に使って既に手元にない。それに鍋フタを盾に使っている所を、他人に見られたら恥ずかし過ぎるって点もある。

 こんな事なら、売店で売ってる既製品でも良いから購入しておくのだった。牙で噛み付いて来る敵に対して、剣だけで立ち向かうのはちょっと怖過ぎる。


 それでも戦いは既に始まっており、しかもそれは敵の方が数が多いと言う、朔也チームに不利な戦いだった。ソウルにフォローされて、朔也も精一杯向かって来る狼達を撃退して行く。

 気付けば敵の数は半減して、例の敵の大将の赤い毛皮の大狼が最前線に突っ込んで来ていた。そして恐れていた事態が、防御の弱い殺戮カマキリがカードに送還されてしまったのだ。


 それを見た朔也は、大慌てでC級の白雷狼の召喚に踏み切った。MPコスト的にはギリギリで、これ以上はF級すら召喚は無理かも知れない。

 とは言え、これで流れはガラリと変わってくれたのも確かだった。エンも余裕で生き残っていて、今は敵の大将をあしらってくれている。


 赤い毛皮の大狼は、少なくともD級以上の実力はありそうだ。出来れば止めを刺したいと願う朔也だが、自身も手傷を負っていてそれ所でもない有り様。

 やっぱり慣れない前衛作業は、朔也にはかなりの負担ではあった。それでも何とか10匹以上の群れを撃破して、無事に生き残る事が出来そう。


 ちなみに敵のボス狼は、途中参加の白雷狼が倒してくれた。ドロップは魔石(中)だったので、あの大狼はやはりD級以上の実力だったのだろう。

 朔也はホルダーからエーテルを取り出して、失ったHPとMPを回復する。よく頑張ったなと、自分自身を褒めながら転がった魔石の回収をする前に一休み。


 ところが、いつもは回収作業を手伝ってくれるお姫の様子がヘン。カー君も同じく、白い霧の向こうをじっと見据えて、まるでまだボス級の敵が潜んでいると警戒しているよう。

 地面に座り込んでいた朔也は、ここに来て思いっ切り不安に。


「えっ、お姫さん……まさか、まだ大物がいるっての?」


 その時だった……警戒の鳴き声をあげようとしていたカー君が、急に送還されて行ったのだ。それは突然の出来事で、朔也は何があったのか判断も付かない。

 続いて、人魂のソウルもまるで日の光を浴びた幽霊のように消失して行った。ようやく事の重大性に気付いて、慌てる朔也だが打つ手が思いつかない。


 そして思い至る、これは敵の攻撃を受けて送還されている訳ではないって事を。向こうのフィールド内では、朔也の存在があまりにちっぽけ過ぎて起きてる事象なのだ。

 悲しい事に、C級の死神クモと白雷狼もその5秒後には送還されてしまっていた。ようやくカードを確認する事に思い至る朔也だが、生憎あいにくどのカードも召喚不可能の暗い表示である。


 そして森の樹々を縫って現れた存在を目にして、心底震え上がる破目に。牛並みに大きな白い毛並みの狼が、霧の中を滑るように姿を見せたのだ。

 呆れた事に、エンとお姫は最後まで敵のフィールド効果に抵抗していた。エンなど、叩き切ってやるって勢いで自ら白狼に近付いて行く。


 それが仇となって、結局はフィールドから姿を消す義手の戦士である。お姫に至っては、何とかしようと最後までねばってくれている様子。

 それから朔也のカードのストックを指差して、何かを伝えようとして消えて行ってしまった。これで朔也はただの独りで、あの白狼と対峙するのが確定した。


 いや、今ならまだ帰還の巻物で逃げ出せるかも知れない。とは言え、カードを送還する敵のフィールド内では、そんな行為すら無駄な気もする。

 戦って勝つしか手段は無くなってしまったが、前衛能力のない朔也に勝利の確率は極端に低い気が。それよりお姫の最後のメッセージが気になって、朔也はカードを確認してみる事に。


 肝心の白狼だが、おのれの縄張りに入り込んだ少年に関心を持っている感じ。それとも、どこから食べるのが良いのか考え込んでいるのかも知れない。

 そして朔也の方は、カードの中に唯一召喚可能な奴を見付けて叫び出しそうに。どういう理屈かは知らないけど、【古びた宝剣(S)】だけ明るい召喚可能な色をしていたのだ。


 武器なら持っているので、このユニット召喚は特にありがたくはない。しかも使った事のない剣など、ぶっつけ本番で大物相手に使うなど怖過ぎる。

 それでもお姫の最後の言葉は、真摯しんしに受け止めるべきな気もする。取り敢えず召喚してみたら、相手の白狼もようやく警戒する表情に。


 それでもどこか余裕を感じる白狼は、朔也が召喚した剣を手にした瞬間に襲い掛かって来た。風を巻いてのその移動はまるで瞬間移動したかのよう。

 朔也は急所を守るので精一杯、最初の接近戦で派手に撥ね飛ばされて行く。しかも新しく入手した『旅人のマント』が、この衝撃でボロボロになってしまった。


 お陰で敵との距離は取れたけど、このままだと一方的な殺戮が展開されそう。悲観しつつも宝剣をさやから抜き放つと、確かに愛用のショートソードには無い波動を感じる。

 そう言えば、コイツは斬鉄剣と合成したんだったと、先日の合成を思い出す朔也。つまりはカー君やソウルのような、特殊な能力が備わっているかも。


 それにしても、敵の白狼は強過ぎる……ひょっとして、B級クラスの化け物ではなかろうか。そんな相手に、味方の召喚ユニット無しは辛過ぎである。

 勝ち目のない戦いであるが、どうも相手の余裕ぶった態度が気になる。まるでこちらの能力を見極めているような、そんな感じを受ける動きである。


 それが何を意味するか不明だが、らなければられるのがこの世界である。朔也は気力を振り絞って立ち上がり、宝剣の切っ先を白狼に向ける。

 それを見た巨狼は、何だか笑ったように顔にしわを入れた。それから軽やかな動きで、真正面から無造作に距離を詰めて来る。


 朔也は遠慮せず、宝剣の両手持ちで白狼に斬りかかって行く。意外と幅広なこの剣だが、重さや使い勝手はそんなに悪くない。

 それでも、そう簡単に朔也のへっぴり腰の攻撃に当たってくれる敵ではない。軽々と避けられて、反撃の頭突きを喰らって転がってしまう。


 まるで大人と子供の戦いだが、あまりの衝撃に朔也の手から剣が飛んで行って万事(きゅう)す。しかも思い切り胸元を前脚で踏まれて、逃げ出す事も出来ない状態である。

 上から覗き込む白狼は、何とも残念そうな表情……この程度かと、完全に朔也を見下しているのが丸分かりである。それを感じた朔也は、この野郎とキレて最後の悪足掻(あが)き。


「来いっ、宝剣っ!」


 召喚ユニットならそれ位は可能だと信じて、朔也は遠くへ転がった宝剣を呼び戻しに掛かる。それに応じて戻って来る宝剣は、うなりをあげてまるでご主人を守るような行動に出た。

 何と飛ぶ斬撃を飛ばして、朔也を抑え込んでいた白狼を攻撃したのだ。それを相手が避けたお陰で、胸元を押さえていた束縛は解けてくれて朔也は自由の身に。


 驚いているのは朔也も同じだが、手の中に戻った宝剣はヤル気満々の模様で妙な躍動を発している。依然として不利な状況だけど、相手がこちらを舐めているのなら逃げる位は可能となって来たかも知れない。

 そう考えて、朔也は先ほどの飛ぶ斬撃をフェイントに白狼と距離を取ろうと試みる。相手も格下相手に、下手に怪我はしたくないのだろう。

 何だか妙に、人間臭いモンスターだなと朔也は感じる。


 その時、信じられない事が起こった。目の前の白狼が、いかにも人間臭い笑みを顔にたたえて話し掛けて来たのだ。いや、それはいわゆるテレパシーのようなモノだろうか。

 しかもその内容だが、友好的な台詞せりふ回しであった。



『――新しい主としては少々物足りぬが、まだ若い個体だし仕方が無かろう。このままダンジョンをあるじ無しで彷徨さまよって、せっかく手に入れた自我を失うのも業腹ごうはらじゃしな。

 鷹山ようざんの血に連なる者よ、せいぜいおのが運命にあらがうが良いわ』





 ――そうして目の前の白狼は、勝手に朔也をあるじ認定してカード化して行ったのだった。







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