祖父の遺産カード1枚目
「うわっ、お姫さんが倒したのにカード化しちゃった、何でっ? ラッキーなのかな、少なくともあんな敵とは正面切って戦えないよね。
大ボスクラスじゃないかな、本当に命拾いしたよ、ありがとうお姫さん!」
朔也の呼びかけに、妖精のお姫は宙で一回転してガッツポーズ。とは言え、高速回転のツケのせいか、彼女も目を回していたみたい。
ヘロヘロと地上に落っこちそうになった所を、朔也が見事に空中キャッチに成功する。そして周囲を見回すと、落ちていたのはカードだけと言う有り様。
【鬼蜻蛉の兜】総合A級(防御A・耐久A)
それは何とA級のカードで、どうやらオニヤンマを模った兜装備らしい。カードに描かれたイラストからの推測だが、まぁ良品には間違い無さげ。
それより、魔石がドロップしなかったって事は、アレは倒したって認識ではない模様。まぁ、言われてみれば確かにそうだ、目を回したからって死ぬ生物はいない。
それでもカード化したのは、何らかのクエストに組み込まれていたからだろうか。このエリアで何かをこなせば、報酬としてカードを得られますよ的な。
そう言われてみれば、経験値も入っていないし朔也の早とちりだったようだ。それでも窮地を無事に乗り越えたのだ、これは手放しで喜んで良い案件だろう。
そう喜んでいると、カー君が再び警戒の鳴き声を発した。慌てて周囲を確認すると、見上げた空いっぱいに大トンボの群れが飛翔しているのが目に入った。
いや、そんなレベルではない……何十とか何百より多いトンボの群れが、階層主の消滅をトリガーにこちらに向かって来ている模様。
慌てた朔也は、どうすべきかと周囲を窺ってみる。そうしたら、すぐ近くに脱出用らしきゲートがいつの間にか湧いているのを発見した。
上空からの重圧は、もはや我慢のならないレベル。普通は聞こえぬ筈のトンボの飛翔音は、折り重なってついには雷鳴を呼び寄せるのではないかって程である。
朔也は慌てて仲間を送還、それから猛ダッシュでゲートまでの短い距離を駆け抜けて行く。上空からのプレッシャーはこれ以上ない程に高まるも、ゲートの中までは追っては来れなかった模様である。
気付けば朔也は、四つん這いの格好で執務室の床を眺めていた。どうやらあのゲートは、執務室の入り口ゲートに直通していた模様である。
「朔也様っ……大丈夫ですか、どうなさいましたっ!?」
「えっ、ええっ……何とか無事に戻って来れました。怪我は無いと思いますし、妙なエリアに放り込まれたにしては上々だと思われます。
いやぁ、さすがに“夢幻のラビリンス”って名前は伊達じゃありませんね」
「ほうっ、妙なエリアですか……どんなエリアに出たか、詳しく聞いても差し支えありませんか?」
朔也が立ち上がるのに手を貸してくれた、老執事の毛利がさり気なくそう尋ねて来た。若い執事の金山と、メイドの白石も朔也を心配しつつも興味深そうな表情。
別に隠すつもりもない朔也は、大トンボのエリアのあらましを語り始める。ついでに魔石も換金して貰って、自身のレベルチェックも荒川さんに依頼する。
今回は、鑑定して貰うようなアイテムは回収出来なくて残念な限り。いや、鑑定能力付きの眼鏡を購入したので、荒川さんの鑑定は最近あまり利用して無いのだが。
今日はレベルアップした感覚があったので、ご機嫌に鑑定して貰っている次第である。ところが、詰めていた執事やメイド達は、朔也が今回持って帰ったカードに大興奮中。
名前:百々貫朔也 ランク:――
レベル:08 HP 38/43 MP 16/42 SP 30/36
筋力:21 体力:22 器用:26(+1)
敏捷:22 魔力:30 精神:26(+2)
幸運:09(+3) 魅力:09(+2) 統率:23(+2)
スキル:《カード化》『錬金術(初心者)』
武器スキル:『急所突き』
称号:『能力の系譜』
サポート:【妖精の加護】
順調にステータスは上がって行ってくれてるが、召喚がメイン戦術の朔也としたらMP量の上昇が一番有り難い。それから統率だが、これは召喚ユニットを上手く操る為の数値だろうか?
他の探索者には関係無い数値だと思うのだが、果たしてどうなのだろうか。などと考え込んでいたら、どうも執事とメイド達の動きが慌しい。
「あの、一体どうしたんですか……さっきから、何か騒がしく人が行き来してますけど?」
「お気づきで無いんですか、朔也様……朔也様がトンボのエリアで回収して来たカードは、鷹山様の遺産に間違いないですよ!
16人のお孫様の中では初の快挙です、おめでとうございますっ!」
「今、メイドの白石が新当主を呼びに行ってますので! しばらくお待ちいただいて、盛光様にもう一度カードを取得した状況をお話しください。
いやしかし、たった8日で遺産のカードが戻って来るとは……」
感無量と言った感じの老執事の毛利だが、その事実に朔也も口をあんぐり開けてえっと言う表情。妖精のお姫に視線を送ると、小さな淑女は当然だなと言ったリアクション。
彼女も知っていたのかは不明だが、それは確かに快挙な気がする。こちらはA級カードをドサマギで入手して、どうしたモノかなと悩んでいたと言うのに。
何しろA級など、使用するのに一体幾らMPが必要かって話である。C級でも躊躇うレベルなのに、現在の朔也の総MP量ではまず無理である。
それより、その事実を知られると再び従弟連中のちょっかいが激しくなりそうで不安である。それこそ、祖父の遺言を破棄せざるを得ない嫌がらせが始まる可能性も。
そうなると、やっぱり自分の身可愛さにこの館を去る運命になるのかも。探索者などつい先月まで思いもしなかった朔也だが、この血に流れる才能を知ってしまったからには。
将来の選択肢の1つに、数える程度には愛着が湧いて来たと言うのに。
などと思っている内に、朔也は別室に呼ばれて新当主と対面する流れに。ちなみにその前に、魔石の換金の料金20万円は受け取り済みである。
今回は魔石(小)が多くて、それが良い感じに反映された感じがする。とにかく手持ちの現金が少なかったので、補充が出来て本当に良かった。
何か買い足すのは、新当主に呼ばれてしまったのでまたの機会に。本当は新ユニットの召喚カードを見繕いたかったのだが、20万だとE級カードしか買えない。
D級となると50万円前後だが、誰かが買って行ったのか1枚も売店には置かれてなかった。どうやら対人戦特訓でカードを失った従兄弟の誰かが、補充して行ったと思われる。
「よく来たな、そちらの席に座ってくれ……昼食を食べながら、カード回収の経緯を聞こうか。堂山、配膳を頼む」
「かしこまりました、盛光様」
40代位のメイドが、落ち着いた手つきで新当主と朔也のテーブル前に昼食のお重の配膳をしてくれた。朔也は軽く頭を下げて、それから新当主に相棒の同席も頼んでみる。
それを察した堂山は、軽く笑い声を発してテーブルの上にハンカチを敷いてくれた。朔也は分け合って食べますからと、追加の食事を丁重にお断りする。
こんなおチビさんに、1人前のご飯など贅沢過ぎる。そもそもお姫は偏食で、甘い物しか口にしないのだ。盛光はマイペースで、こちらのテーブルマナーも気にしない素振り。
それは有り難いのだが、やはり対面に新当主がいながらの食事は緊張してしまう。それでも、話す内容は決まっていたので会話はスムーズに行われて行った。
新当主の盛光は、特に質問も挟まず時折頷きながら聞き入っていた。それから最後に、朔也がトンボのエリアで回収したカードを見せてくれと言って来た。
朔也としては、新当主にそれを渡してしまっても別に構わなかった。何しろさっき聞いた話では、A級カードの召喚には50MPが必要だとの話なのだ。
レベル10くらいになれば、総MP量はその位になるかも知れない。それでもたった1枚のカードを召喚するコストとしては、何と言うか勿体無い気がしてしまう朔也である。
D級カードなら5体も召喚出来るし、その方が賑やかで良いとも思ってしまう。新当主の盛光は、そんな朔也の持論に特に反論もせず。
ただ、1度だけ【鬼蜻蛉の兜】を自身で召喚してじっくりと見せてくれた。それは戦国武将が被る兜そのもので、飾りとして見事な意匠の蜻蛉がくっ付いていた。
確かに派手で格好良い気はする、性能も桁外れに良いとは新当主の保証付きだ。大事に使うよう最後に念押しされて、盛光はそれをカードへと戻した。
そして朔也へ差し出して、君のモノだと念を押す素振り。
もっとも、受け取ったのは何故か妖精のお姫だったけど。しかもチーズケーキを手掴みで食べた後だったのか、思い切り汚れた手でカードが悲惨な事に。
背後から近づいたメイドの堂山さんが、何事もなかったかのようにそれを綺麗に拭ってくれた。それからお姫にもおしぼりを渡して、すぐに壁際へと移動する。
静かに食事をしていた盛光だったが、後半には祖父の鷹山の思い出を語ってくれた。その内容は主に探索者時代の武勇伝で、朔也にとってもかなり面白い話だった。
そんな訳で、朔也は従弟連中の嫌がらせの愚行について、新当主に告げ口する機会を逃してしまった。或いは既に知っているかもだし、改めて混ぜ返して嫌な思いもしたくない。
しかも主犯が、彼の実の息子たちである……長男の光洋には初期カードを全て奪われたし、次男の光孝にもしょっちゅう食堂で絡まれている。
新当主の仮面と普段の父親の顔、果たしてどちらが強いか朔也には分かり様がない。告げ口して全ての嫌がらせが無くなる可能性もあるし、もっと強力な敵を産みだす恐れもある。
新当主の立場から見て、妾の子が祖父の遺産争奪戦の先頭を走ってる現状はどうなんだろうか。特に問題が無いような態度を取っているけど、実はそうでない可能性もある。
それから盛光の弟妹に対する、押さえつけの加減は如何なモノだろう。パワーバランスが新当主の勝手に出来ないとなると、相談しても無意味な行為でしかない。
いや、実の子供相手に釘をさす位はして貰えるかもだが。何にしても、まずは自分の力で掛かる火の粉を払う努力はすべきだろう。
と言うか、確実にこの祖父の遺産のカードは新たな火種に他ならない気が。欲しくも無いカードのお陰で、何故にこんなに悩まなければならないのだろう。
――そう思うと、何だか笑えてしまう朔也であった。




