誰もいない部屋の風船
その部屋には誰もいない。
けれど風船はある。
あるのは、色鮮やかな真っ赤な風船だ。
ぷかぷかと宙に浮いている。
部屋の中はがらんどうで、家具などは何もない。
ベッドやタンスなどもないし、カーテンやカーペットなどもない。
「引っ越しする前に、最後に風船だけ残していきましょう」
それは、一人の女性がやってきて、おいていったものだった。
「ユウタが帰ってきたとき、自分の部屋に何もなかったら悲しいものね」
ユウタは、その女の子供だった。
つい先日、事故で亡くしている。
霊となったユウタが帰ってくることもあるかもしれない。
女はそう思った。
しかし。
事情で引っ越さなければならないから、部屋はそのままにはできない。
だから、ユウタの好きな風船だけを残していくことにした。
「風船に新しい家の住所を書いておいたから、こっちにも遊びに来るのよ」
女はそう言って部屋を去った。
こうして、誰もいない部屋には風船だけが残された。
その風船は、誰も動かしていないのに、時々ゆっくり動いていることがある。
それを知るものは誰もいない。