3-③
「殿下、婚約者がいるとはどういうことですか」
王子に連れられ、休憩室に入るなりロザリーは尋ねた。王子は面食らった顔をする。
「一体誰に聞いたんだ?」
「婚約者のデルフィーヌ様本人です。昨日、デルフィーヌ様に呼び出され、どういうつもりなのだと問い詰められました」
ロザリーが答えると、リシャールの顔がさっと青ざめる。どこかで否定してくれることを期待していたロザリーは、その反応を見て改めてショックを受けた。
「……それは……確かに私には婚約者がいる。しかし、子供の頃に親に決められただけの関係だ! 私が本当に好きなのはロザリーの方だ」
「殿下、それならなぜ一言でも婚約者がいると教えてくれなかったのですか?」
ロザリーが尋ねると、リシャールは言いづらそうに口を開く。
「……本当のことを言ってロザリーに逃げられるのが怖かったんだ。しかし、信じてくれ! 私はすぐにでもデルフィーヌとの婚約を解消して、ロザリーと正式に婚約するつもりだった。少しだけ待っていてほしい」
「リシャール殿下……」
真剣な顔で言われ、ロザリーの中に迷いが生まれる。しかし、彼女は静かに首を横に振った。
「殿下と婚約者様の間に割って入ることなんてできません。どうか結婚の話はなかったことにして、私をブロンクラスに戻してくださいませんか?」
ロザリーの中に迷いはあった。パーティー会場で大勢の中からロザリーを見つけ出してくれたことは嬉しかったし、ノワールクラスに来てからも王子はずっと親切にしてくれた。
しかし、ロザリーには婚約者との間に割って入ってまで王子と一緒になる情熱はない。何より、そんな重要なことを一言も言ってくれなかった彼に失望していた。
夢を見ていただけだったと思って元の場所へ戻ろう。ロザリーはそう決意して告げたつもりだったが、王子は厳しい表情で首を横に振った。
「だめだ。それはできない」
「え?」
「ロザリーにはこのままノワールクラスにいてもらう。心配はない。さっきも言った通りデルフィーヌとの婚約は早急に解消するつもりだから、すぐに文句をつける者はいなくなる」
「いえ、殿下。そんなことをしていただかなくても……! ただ私をブロンクラスに戻してくれればいいのです!」
ロザリーは必死に訴えかけるが、リシャールは聞く耳を持たない。
「一度私の推薦でノワールクラスに編入してしまったのだ。今になって君が嫌だと言ったところで、簡単には覆らない」
「それは状況が変わったからです! 殿下に婚約者がいるとわかっていたら、ここへは来ませんでした!」
「とにかく君にはノワールクラスにいてもらう。こちらでうまくやるから君は何も心配することはない」
ロザリーの訴えは無視して、リシャールはきっぱりと言い切った。ロザリーの顔が青ざめる。
「ロザリー、君を幸せにしてあげるからね。デルフィーヌが何か邪魔をしようとしてきても私が守ってあげるから、安心していいよ」
リシャールはそう言って微笑んだ。
私はとんでもないことをしてしまったのかもしれない、ロザリーがそう気づいたときにはもう全てが遅かった。