3-②
「それ、本当ですか……? リシャール殿下には婚約者がいたんですか?」
「あら、しらじらしい。知らなかったとでも言うの? 私は八歳の頃には王子と婚約していたというのに」
デルフィーヌは汚らわしいものを見るような目つきで言う。
ロザリーは言葉に詰まった。確かに、王太子に婚約者がいても何の不思議もない。むしろなぜ今までそこに考えが至らなかったのだろう。その話が本当なら、自分はとても軽率なことをしてしまったことになる。
しかし、ロザリーは本当に知らなかったのだ。
王子に婚約者がいることは大々的に知らされているわけではない。ブロンクラスの生徒と話していてそんな話を聞いたこともないから、知らない生徒はたくさんいるだろう。
ロザリーは混乱した頭で考える。それではリシャール殿下のプロポーズはなんだったのだろう? 妃になって欲しいという言葉は? 彼にはすでにこんなに美人で、家柄の良い婚約者がいたというのに。
「……デルフィーヌ様、申し訳ありませんでした。私はあなたにとても失礼なことを」
ロザリーはショックから立ち直れないまま、なんとか謝罪の言葉を口にした。しかし、デルフィーヌの表情は変わらない。
「本心で言っているのかしらね。王子に少し気に入られただけで、のこのこノワールクラスまでやって来るくらいだもの。本当は反省するふりをして、リシャール様の婚約者の座に入ろうとしているのではなくて?」
「いいえ、そんなことは……」
「おあいにく様ですけれど、ブロンクラスの子爵令嬢ごときが殿下と結婚だなんてあり得ませんわ。くだらない夢なんか見てないで、さっさと元の場所へ帰ったら?」
デルフィーヌはそう言って鼻で笑った。ロザリーの頬が熱くなる。
「一刻も早くリシャール様に別れを告げてブロンクラスへ戻ってくださいね」
吐き捨てるようにそう言うと、デルフィーヌは仲間を連れて去っていった。休憩室に一人残されたロザリーは、どうすることもできず、唇を噛みしめる。
リシャール殿下に婚約者がいたなんて……。殿下は一体何を想って自分をノワールクラスまで連れて来たのだろう。考えると胸がズキズキ痛んでくる。
『とにかく、今からでも王子に断れ。断言するけど、お前は絶対にノワールクラスに行ったら泣くことになる』
ふいに、パーティーの翌日に幼なじみのレオンから言われた言葉を思い出した。
結局レオンの言う通りだったのだ。彼の話をもっと真剣に聞いていればよかった。
***
「リシャール殿下」
ロザリーはどんよりした気分で、翌日登校してきたリシャールに声をかけた。ロザリーの姿を見て嬉しそうに顔をほころばせたリシャールは、彼女が暗い顔をしているのを見て首を傾げる。
「ロザリー、元気がないけれどどうかしたのかい?」
「殿下。話があります。少し来ていただけませんか」
ロザリーがにこりともせずそう言うのを聞いて、リシャールは怪訝な顔をしながらも了承した。