2-②
校舎と同じく、寮もブロンクラスとは全く違う世界だった。部屋の広さからして、倍以上違う。寝室のほかに広いバスルームやテラスまでついて、学生が寮として使うには豪華過ぎるくらいだ。
ベッドの上に目を向けると、大量の包みが置いてある。包みの上に置かれたカードを手に取ると、「君へのプレゼントだ。ぜひ着てほしい」と書かれてあり、リシャールと名前が書かれていた。
ロザリーはドキドキしながら包みの一つを手に取る。そっと包みを開けると、そこには目もくらむような美しいドレスが入っていた。ロザリーは目を輝かせてその美しい紫色のドレスを見つめる。
「すっごく素敵! お部屋だけじゃなくドレスまで用意してくれるなんて」
ロザリーは次々と包みを開けていく。何枚ものドレスに宝石、小さなティアラまである。これまでのロザリーには一つだって手に入れるのが難しかったものばかりだ。
「ロザリー様がそんなに喜んでくださったと知ったら、リシャール様も喜びますね」
ドレスを手に取ってはしゃぐロザリーを見ながら、クロエは笑顔で言った。途端にロザリーは我に返り、恥ずかしそうに言う。
「クロエさんもいるのにごめんなさい……。つい嬉しくて」
「いいのですよ。リシャール様のプレゼントを喜んでもらえて嬉しいです」
クロエはそれからロザリーを部屋の外へ連れて行き、寮の中を案内してくれた。そこはもう学校の寮というよりお城に近い場所で、ロザリーはすっかり気圧されてしまった。
寮を一通り回り終わり、ロザリーの部屋の前に着くとクロエは言う。
「始業は八時半からでございます。これはブロンクラスと変わりませんね。明日はノワール館の方まで私が案内させていただきます」
「わかったわ。ありがとう。クロエさん」
ロザリーは笑顔でお礼を言うと、クロエに別れを告げた。部屋に入ると、ドレスのいっぱいに置かれたベッドに飛び乗る。
「ああ、なんて素敵なのかしら!」
ロザリーはたくさんのドレスの中から一枚のワンピースを掴んで抱きしめる。これはノワールクラス用の制服だ。ずっと一般クラスの校舎からこれを着る令嬢たちを眺めてひそかに憧れていた。それを自分が着れるようになるなんて。
「明日からの毎日が楽しみだわ」
ロザリーはそう呟いてベッドに身を沈めた。心は明日からの新しい生活に対する希望でいっぱいだった。
***
翌日、ロザリーはクロエに案内されてノワール館まで向かった。
玄関ホールに着くと、すでにリシャール王子がいる。彼はロザリーの姿を目に留めると目を輝かせた。
「ロザリー! 制服、とても似合っているよ! やはり君にはこちら側の恰好のほうが似合うな」
リシャールはロザリーの姿をうんうん頷きながら眺めて、満足そうに言う。
実際、ロザリーはとても美しかった。ワインレッドのワンピースに、ミルクティー色の柔らかそうな髪がよく映える。ノワールクラスの令嬢たちにも一切劣らないほどだった。
「ありがとうございます。リシャール様。昨日はこの制服だけでなく、ドレスやアクセサリーまで贈っていただいて……」
「気にすることはない。君にふさわしい服を贈っただけだ」
王子はそう言って白い歯を見せて笑う。
「では、行こうか。ロザリー。君は私と同じクラスに編入することになっている」
「はい、リシャール様! クロエさん、案内ありがとう。また後で」
ロザリーはクロエに別れを告げると、王子に手を引かれるまま教室まで向かった。
昨日、王子に案内してもらったので教室自体は見ていたが、実際に生徒が並んでいるところを見るのは初めてだ。ノワールクラスの生徒たちが一堂に集まっている場面を見ると、なかなかの迫力がある。
ロザリーは王子の後に続いて、おずおずと教室に足を踏み入れた。
途端、教室の生徒たちの視線が一斉に集まって来る。ロザリーは思わず息をのんだ。生徒たちは感情の読み取れない顔でロザリーを眺めるだけで、一切言葉を発しない。
「リシャール殿下。そちらがロザリー・フォートリエ嬢ですか」
沈黙の中、丸眼鏡に長めの黒髪を後ろで縛った男性が話しかけて来た。胸に学園の教師を示すバッジがついている。
「はい。今日から編入することになっているロザリー嬢です。先生から紹介してあげてください」
「かしこまりました。ロザリー様、どうぞこちらへ」
教師はリシャール殿下に恭しく頭を下げてから、ロザリーを呼ぶ。ロザリーは少し驚いていた。ノワールクラスでは、教師も王子を目上の者に対するような態度で接するのか。ブロンクラスでは考えられない光景だ。
教師はロザリーを教壇の隣まで招くと生徒たちに向かって紹介する。
「こちらが今日からノワールクラスに編入することになったロザリー・フォートリエ嬢です。ロザリー嬢はリシャール殿下の推薦でこのクラスに入ることが決まりました。ですから皆さん、決して失礼のないように。ロザリーさん、挨拶をお願いできますか」
「は、はい! ロザリー・フォートリエです。今日からよろしくお願いします」
ロザリーはまるで殿下の推薦だから失礼をするなとでも言いたげな教師の紹介の仕方に引っかかりを覚えつつも、元気な声で挨拶をした。ぱちぱちと拍手が起こる。顔を上げると、生徒たちがにこやかにロザリーに向かって手を叩いていた。
先ほどは張り詰めたような空気を感じたが、どうやらただ見知らぬ人間を訝しんでいただけのようだ。ロザリーはほっと胸を撫で下ろす。
席につくと、周りの席の女生徒たちが声をかけてきた。
「よろしくね、ロザリーさん」
「ブロンクラスから来たなら慣れないこともあるでしょうけれど、困ったことがあったら言ってちょうだい」
皆、にこやかに話しかけてくれる。ロザリーは一人一人にお礼を言って微笑んだ。
しかし、急な編入でいっぱいいっぱいになっていたロザリーは、気づかなかった。彼女たちの笑顔の下に、確かな敵意が隠れていることに。そして、教室の奥から射抜くような目でロザリーを見つめている少女がいることに。