1-①
「なんと美しい……。君、名前は何と言う?」
「へ? 私はロザリー・フォートリエですが……」
「名前まで愛らしい。ロザリー、私の妃になる気はないか? 君の美しさに一目惚れしてしまったんだ」
「えええ?」
賑やかなパーティー会場の中、一人の少年がロザリーの方につかつかと歩み寄って来て言った。ロザリーは突然のことに呆然となってその人を見る。
ロザリーを熱い眼差しで見つめている金髪碧眼の美少年は、フォール王国の王子リシャール殿下だ。
王立学園の『ノワールクラス』の中でももっとも立場が強いその人は、本来なら『ブロンクラス』のロザリーが口をきくことすら難しい人物のはずだ。それなのに、今彼はロザリーを熱心に見つめて必死の様子で訴えかけている。
「あ、あのリシャール殿下。そんなことを突然仰られても……」
ロザリーは突然の申し出にただおろおろするばかりだった。
「戸惑わせてすまない。しかし、一目見た瞬間から君に心を奪われたんだ。君はブロンクラスの生徒だよな? ノワールクラスの方にこんな美しい人がいたら今まで気づかないはずがない。どうだろう、ロザリー。すぐにでもノワールクラスに編入して私のそばに来てくれないか?」
「えええ……?」
ロザリーはすっかり困惑してその人を見る。視界には彫刻のように整った美しい顔。スカイブルーの澄んだ目に見つめられると、頭がぼぅっとしてくる。
「だめだろうか、ロザリー」
なかなか言葉を返さないロザリーに不安になったのか、今まで自信満々だったリシャール王子の顔が不安そうに歪むのを見て、ロザリーの心はぐらりと揺れた。
「……いきます。ノワールクラスへ」
「!! 本当か!?」
「はい、よろしくお願いします。殿下」
王子はロザリーの手を取ってありがとうとはしゃいだような声で言う。ロザリーもつられて微笑んだ。
一方、王子とロザリーを囲む周りの生徒は、急な事態に困惑しきっていた。無理もない。王子がブロンクラスの女生徒に突然求婚してノワールクラスに誘ったあげく、女生徒の方もあっさりオーケーしてしまったのだから。
フォール王立学園は、フォール王国の中心に位置する学校だ。
この学園には多くの貴族の子女たちが通っている。学園の大きな特徴は、王族や上位貴族を中心とした特別な生徒のみが入れる『ノワールクラス』と、それ以外の多数の生徒が入る『ブロンクラス』に分かれていることだ。
ノワールクラスの生徒は主に学園の奥の校舎で過ごし、ブロンクラスの生徒とほとんど関わることがない。ブロンクラスの生徒の方でも、失礼を働いて罰せられることがないようにと、極力距離を保って過ごしている。
同じ学園の生徒でありながら、ノワールクラスの生徒とブロンクラスの生徒が関わる機会は年に一、二度しかなかった。
そして、今日はその年に一、二度しかない両クラスが関われる機会、フォール学園のダンスパーティーの日だった。
滅多に会えないノワールクラスの生徒たちと会えるとあって、ブロンクラスの生徒たちは数日前からそわそわと過ごしていた。失礼なことをして咎められるのが心配とはいえ、皆王族や高位貴族たち有名人には興味津々なのだ。
一方、ノワールクラスの生徒たちは下のクラスの生徒たちのことはまるで気に留めていないようで、パーティー会場に来ても大抵はノワールクラスの者同士で話している。
そんな中で、ノワールクラスの頂点に立つリシャール王子が、ブロンクラスの、一子爵令嬢でしかないロザリーに声をかけてきたのだから、会場の生徒たちが驚くのも無理はなかった。