表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/20

7.少しだけ前進


結局、会話はそれ以上続かなかった。

私の少ない頭のキャパが限界のさらに限界を越えてしまったのだ。

その後の記憶も、帰りに送ってくれた時の会話の内容までも覚えていない。

ふわふわとしていてぼんやりしていて、自分の視力のように曖昧だ。


「笑顔、可愛かったな……」


思わず呟いて、ひとり赤くなった。

暗くなった部屋のたった一人で過ごす自分の部屋。

とてつもなく恥ずかしくてベッドに一人顔を埋める。


綺麗な人形のようにあまりに整った顔立ち。

ぼやけた視界だからこそそう見えるのかもしれない端正な顔立ちの人。

けれど笑顔は、可愛いとしか言いようがなかった。

ぼんやりとして、はっきり見れたわけではないけれど。

うっすらとしか感じられなかったけれど。


「……はっきりと、見てみたいなあ」


あの人は、一重だろうか。二重だろうか。

ほくろは、あるのだろうか。

上唇と下唇はどちらの方が厚い?


「へ、変態だ……私」


どうしようもなくマニアックなことを考え出してしまって再びダンゴムシになる。

ぼやけたままの眼鏡が、少しだけ恨めしく思った。


あんなにはっきりとした世界を怖いと思ったのに。

目に映る世界は、少しくらいぼやけた方が綺麗なはずだ。

もしかしたら見なくて良いものまで見えてしまうかもしれない。

けれど、それでも私は見てみたい。

嘘偽りのない詩音先輩の表情に、触れてみたい。


『また明日。いつもの場所で待ってる』

『笹部さん、また明日! おはようって言うから、良かったらおはようって返してね!』


家に入る直前に言われた言葉を思い出す。

「また明日」と、今日もきちんと言えた。

明日は「おはよう」と言うチャンスがあるらしい。

明日もまた、人形さんに会える。

ぐるぐると言葉が巡って、かき混ざって、顔が勝手ににやける。


「幸せ過ぎて怖い……」


めまぐるしい一日に、ぽつりと呟いた。

一人だけで完結していた世界が急に広くなって動き始めている。

私は相変わらず鈍くさくて、少しその速度に付いて行けず酔っているのかもしれない。

ぐるぐると不安と喜びが交互に動いて落ち着かない。

それでも……、それでも。


「頑張り、たい」


そう前向きな言葉が自分からこぼれた。

紛うことなく、本心だ。

だから朝、リボンを結ぶ鏡の前の自分は心なしか少し勇ましく見えた。

覚悟を決める……というのは大げさかもしれないけれど、自分なりの大きな決意だ。


「さ、佐々木さん!」

「え? あ、笹部さん! おはよう!」

「お、おはよう!!」


自分から声をかけることに成功する。

佐々木さんは私の声にすぐ反応して手を握りしめてくれる。


「ふふ、笹部さんから話しかけてもらっちゃった。2回目だね」

「えっと、その、ありがとう」

「こちらこそ。ねえ、私も理子ちゃんって呼んでいい?」

「え!? う、うん、勿論……!」

「ありがとう! 私のことは桃って呼んで」

「桃、ちゃん?」

「可愛い! 満点!」

「えっと」


昨日と変わらず佐々木さ……桃ちゃんが、私を抱きしめてくれる。

教室の中でそんなやり取りをするものだから、周りのクラスメイトから視線を感じた。

誰がこちらを見ているのかまでは、私の視力では分からない。

前なら怯えてしまっていたこんな状況。

けれど、桃ちゃんの力は偉大だ。


「大丈夫、かも」

「うん?」

「……ううん」


私の心はただただ嬉しいだけだった。

初めての友達。

そう、友達って呼んでもきっと桃ちゃんは許してくれる。

とてもとても憧れていた友達が、私にもできた。


「桃ちゃん」

「はいはい?」

「ありがとう」

「……っ、ほんっとに可愛い。倒れる」

「た、倒れる!?」


少しちぐはぐなやり取り。

普通とはちょっと違う……かもしれないスタート。

けれど楽しい時間。


「……はあ、本当はもっと友達の地位を独り占めしたいところだけど」

「桃ちゃん?」

「仕方ない。最上級に幸せだし、少しは許してやろう」


何故だか、桃ちゃんがそんなことを呟いた。

やれやれと小さく息を吐き出して鞄から何かを取り出す。


「これ、お昼ご飯。詩音さ、本当自分のこと構わないから。食べさせてやって」

「え、えっと、詩音、先輩?」

「そう、詩音」

「その、どうして小声」

「そりゃあ、秘密だから」

「ひ……秘密?」

「そ。私が妹っていうのは、内緒ね。いやあ、苗字がありふれてて良かった」


どうして秘密なのか、私には見当がつかない。

けれど桃ちゃんがシーッと人差し指を立てるものだから私はコクコクとただ頷いた。

そうして手渡された小ぶりのお弁当をぎゅっと抱きしめる。

いつも教室でお弁当を食べてから美術準備室に向かっていた私。

けれど、今日は一緒にご飯……?

想像しただけでボッと顔が赤くなる。


「理子ちゃんが一緒なら、食べるよちゃんと」

「食べて、くれるかな」

「うん、絶対。私なら飛びつくくらいご褒美だもん」

「ふふ、桃ちゃんは本当優しい。ありがとう」

「本当だからね。優しさじゃなくて本音だからね」


そんなやり取りをして、朝が終わる。

今までで一番賑やかな朝。

ふわふわと心が浮き立って、仕方がない。

因数分解を説明する先生の声が、とてもゆっくりに感じた。

じれったく思うほどに。












評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ