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6.理由を聞いても良いですか?


どうしよう。

こんなところで自覚してしまって、顔の火照りを静められない。


どうして毎日毎日あの準備室に通い詰めていたのか。

人形ではなくて、人だと分かってもどうして緊張しながら会いに行ったのか。

会いたかったその理由が何だったのか。

やっと分かった感情は私を大きく惑わせる。


「え? さ、笹部さん? ナニコレご褒美?」


恥ずかしくなってしまって、思わず私を抱きしめる佐々木さんの懐に逃げてしまった。

顔を佐々木さんの胸元にうずめて小さくなる。

普段だったら、あまりに迷惑すぎるからできない行為。

今は余裕があまりになくてとても謝ることすらできない。

なぜだか、佐々木さんは嬉しそうに囲ってくれたけれど。


「……桃」

「うわ、ヤダ、何その低い声。笹部さんに逃げられたからって余裕なさすぎ」

「…………桃」

「……怖」


逃げた。

ああ、そうだ逃げてしまった。

人形さん相手にこんな失礼な態度、嫌なのに。

けれど顔を見たら想いが溢れて泣いてしまいそうだ。

顔が焼けて蒸発してしまう。

心臓が動きすぎて破裂してしまう。

そんな怖さの方が、勝ってしまった。


「うう」

「笹部さん、大丈夫だよー。怖いお兄さんからは私が守るから」

「……怖くない」


こんな失礼なことをし続ける私なのに、人形さんも佐々木さんも変わらず優しかった。

私を何一つ否定せず受け止めてくれる。

自分の処理能力をはるかに越えるくらい、私に心を傾けてくれると分かったから。


無理やり胸を手で押さえて心臓の破裂を防ぐ。

ギュッと目を閉じて涙が零れないようにフタをする。

顔が蒸発してしまわないよう、必死に頭を振って風を集めた。


「ご、ごめん、なさい。あの、ありがとう、ございます!」


出てきた言葉はあまりに支離滅裂。

何を言いたいのか分かったものではない。

自分の行動も言葉も、何もかも挙動不審で情けなくなる。

それでも何かを言わずにはいられなかった。


がしりと顔を何かに掴まれる。

体は佐々木さんに優しく抱き留められたまま。


「ねえ、理子」


綺麗な、優しい声が届いた。

人形さんが静かに私の名前を呼ぶ。

初めて異性から呼ばれる下の名前。

ピタリと体中の動きが止まって力が抜ける。

ギュッと力を込めた目がうっすらと開けば、すぐそこに綺麗な青の目が見えた。


「……嫌? 名前で呼ばれるの」


首をブンブンと振りたいけれど、両側の頬に何かが添えられていて振れない。

固まったまま「いいえ」と何とか言葉に出す。


「怒ってる? こんな強引なことした俺達のこと」


予想外の言葉に「いいえ!」とさっきよりも強めに言葉を出すことができた。


「良かった。桃のせいで嫌われたかと思った」

「ちょ、ちょっと!? 詩音、私のせいにしないでよ」

「実際に桃でしょ強引だったの」

「それは、そうかも……だけど」

「でも少し感謝、かな。夕方の理子に会えた」


あ、また。

また笑顔の人形さんに会えた。

……ううん、人形さん、ではない。

詩音先輩、だ。


「どうして?」

「うん?」

「どうして、ですか? 詩音先輩も、佐々木さんも、私の事をどうして」


こうして接してくれるのか。

やっとずっと疑問に思っていたことが聞けた。

この人達はきっと私を傷付けない。

きちんと聞けばきちんと答えてくれる。

そう思ったのだ。

案の定、2人は顔を見合わせたあとに苦笑交じりに息をついて「そうだよね」なんて返してくれる。


「人形、人形って、散々嫌味を言われてきたけど、君から呼ばれる時だけは、嬉しかった」

「え?」

「私は、出席番号近くて席も近いのに中々会話できなかった笹部さんが勝手に気になってて観察してたら行動がいちいち可愛くて機会を狙ってたんだよねえ」

「……えっと?」

「理子が時々“佐々木さん”の話を聞かせてくれたから、君が桃の言う可愛い人だとは途中から気付いていたんだけど」

「そうそう。ある時から詩音が真面目に学校行き出したから何事かと思って問い詰めたら“自分を人形と間違えてる可愛い子がいる”ってさ。笹部さんの情報よこせって脅してくるし」

「え、えっと……?」

「放課後接触しようとしたら、理子に話しかけまくって覗いていた俺にマウント取る桃も大概だと思わない?」

「笹部さんの昼休み独占してるんだから良いでしょ!? ああ、何度邪魔しようと思ったことか!」


きっと説明してくれているんだろう。

少しだけ理解できたこともあった。

けれど何だか分からないことも多くて頭が混乱する。

まるで私の知らない世界を話しているようにすら感じる。


「つ、つまり?」


自分の脳内を整理しようと思わずそうこぼれた。

ぐるりと2人からの視線がこちらを向く。


「ずっと前からお近づきになりたかったってこと」


綺麗に言葉が重なって、私に届く。

お近づき。

お近、づき……?

ポンッと頭が理解を越えた。

湯気が出そうになって、慌てて頭を両手で抱え込む。


「ど、どうして」


ああ、今の私、ものすごくしつこい。

けれどやっぱり上手く理解できなくて、問わずにはいられない。

ふふっと笑い声が届いたのはすぐだった。


「そういうとこが、良い」


詩音先輩が言う。


「表現がさ、豊かですごく癒されるんだよ笹部さん」


佐々木さんが言ってくれる。

自分で聞いたくせに顔が火照って熱くてフワフワとして仕方がない。


「うん……、やっぱり可愛い」


詩音先輩の言葉が、トドメだった。

くらくらと頭に強い衝撃が走る。


パタンと、二度目の気絶を経験した。









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