ボロアパートからの旅立ち
「さあ、行こうか」
「うん!」
父と娘が手を繋いでボロアパートを後にした。父の半分程の背丈の娘は満面の笑みを浮かべていてとても幸せそうだった。
〜〜〜
その親子に最初の転機が訪れたのは娘の美樹が4歳の時だった。
『警視庁生活安全部少年育成課の小林と申します。娘さんの事についてお尋ねしたいのですけれども……』
突然、仕事中だった父の陽介に電話が掛かってきた。内容は、高熱で病院に運ばれた美樹に虐待が疑われる痣が多数有り医者から警察に連絡が入ったとの事。
「あの、仕事終わりに伺う形でいいでしょうか?」
『そうですね。でも順天堂大病院に寄ってからでも良いですよ』
陽介が慌てているのと対照的に小林はゆっくりと優しい声で提案をした。
「えっ?」
彼は小林の言っている意味が理解出来なかった。
『娘さんは熱も有りましたし、入院という形で保護しております。被害は母親だけからと証言も取れていますので、お父さんは面会可能ですから』
そこまで言われて漸く陽介も理解できた。
「ありがとう御座います。そうさせて頂きます」
陽介は悔いていた。育児に関心が薄く、美樹とは休日に出掛けたりする程度だったのだ。
「僕がもっと関心を寄せて見ていれば、気付けた筈です」
警察署で事情聴取の際に彼が項垂れながら言った言葉だ。
「今までの事は変えられませんが、これから良い関係を築いていけばいと思いますよ」
担当してくれた葛崎の言葉に彼は涙を堪え頷いたのだった。
そこからは怒涛の展開だった。妻の良子とは協議離婚が成立し親権も陽介のものとなった。マンションは売却したが残債を償却したら手元には大して残らなかった。なので、会社近くのボロアパートに引っ越す事になった。
会社も残業の無い部署に移動させて貰い、保育園の送り迎えをしながらの仕事となった。
やはりどんな親でも親は親なのだろう、最初のうちは母親の居ない生活に寂しそうにしていた美樹だったが、次第に暴力の振るわれない安心感が勝ったようで笑顔も増えるようになっていった。
「最近ママによく会うの」
美樹が8歳になったある日に陽介は衝撃の言葉を聞いた。美樹は怯えているようだったので弁護士を通じて抗議をして貰ったが改善される事はなかった。
そんな折、SNSでぼやきを投稿すると高校時代の同級生から自分の会社で働かないかと誘われた。ただ、それを受けると県外に引っ越す事になる。
美樹とよく話し合い、その話を受ける事にしたのだった。