独り立つ
『情けない父さんを許してくれ。トーマ』
「もういいんだって」
契約した通信会社が、古い設備から新しい設備に変更するのを止められるはずがない。
海で波にさらわれそうになった妹ユーリを助け、代わりに流された。
気が付いたら、防水袋に入れていたケイタイとわずかな小銭と海パン一丁のまま、見知らぬ岩場だった。
日本のどこかではなくて、地球でさえない場所。
よくもまあ生きていたものだ。海を流されたこともそうだし、それからのことも。
「それでもなんとか生きてるんだから」
高校一年の途中から学校に行かなくなってしまった。
そんな俺を投げ出さず、見守ってくれて。
気分転換にと翌年の夏に家族で出かけた先で、思いもしない事故に遭う。
「何百億なんて維持費、払えるわけないんだろ」
『すまん』
「このケイタイも限界だからさ。どっちにしろもうすぐ壊れてた」
両親は通信会社に訴えたのだと。
何度も、何度も。通信サービスを続けてくれと懇願した。
個人の為に古い設備を残すことは出来ない。
どこにいるのかも把握できない。通信会社には俺のケイタイからの通信がどこの電波塔を経由しているのか特定出来なかったのだと。
全国各地にある設備を維持、管理するとなれば、それだけの経費が掛かる。
何百億というのは吹っ掛けすぎかもしれないが、何年続くかもわからないとなれば個人が負担できるような金額ではない。
だいたいにして、異世界からのメール通信とはなんだ。
そういうサービスは行っていません。家出した家族の作り話ではないのか。そこまで言葉にはされないにしても。
「どっかで区切りつけなきゃいけなかったんだ」
もうとうに独り立ちしているべき年齢だというのに、いつまでも親に買ってもらったケイタイを握り締めて。
「……今日が、ちゃんと成人する日なんだよ。遅くなったけど」
流されて、迷って、ずっと心配をかけ続けてきた。
妹だってもう良い年齢のはずだ。不出来な兄のことをいつまでも気にしているようでは困る。
「井土トーマ、恥ずかしくないようにしっかり生きていくよ」
あのまま日本にいたのなら言えなかっただろう言葉を、家族に伝えられた。
だからこれで良かったんだ。
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