残り時間
ごめん、同窓会には行けない。
反応の悪いボタンを押してメールを打つ。
送信画面。
日本は昼だ。普段はズレていてわからなくなるけれど、今はわかっている。
ほどなくメール通知の音が鳴った。件名に母とある。
『そうだね』
短い返信。
卒業して10年が経つ中学校の友人たち。彼らは元気にしているだろうか。
卒業出来なかった高校。そちらには友人と呼べるほどの記憶はない。
会いたいかと聞かれれば、中学時代の悪友なら会いたい。
だけど会えない。行けない。
「……帰れない、か」
電池残量を示す表示に不安を覚えて、指をケイタイの下部に当てた。
「幽電」
びり、と。指先が痺れる。
俺が使える多くはないスキルの中でも、特に弱いもの。
荒事に使うことなど全くないが、だけどこの六年間で使った頻度で言えば一番多い。
僅かな電流でケイタイを充電させる。
適性がないから無駄だと言われたのは、言ってくれた人の親切だ。
使い道のない技能。
そんなものに金を掛けるなと。
ただ、これがあったからケイタイを使い続けられた。
何もわからず放り出されたこの世界で、電池の切れたケイタイを復活させて家族との連絡を可能にしてくれた。
他の役に立つことはないけれど、俺の命を繋いでくれたのはこの技能のお陰だ。
命を守る以上に、心を確かに繋ぎとめてくれた。感謝している。
「……あぁ」
古びたケイタイを握り、言葉が出てこない。
沈黙。
きっと、向こうで待つ相手も同じような状態だろう。
電話越しの沈黙の時間。
何かを打とうとして、謝罪の言葉ばかりが浮かんできてしまい、やめた。
手の中のケイタイが小さな電子音と共に震える。
『今、11時50分』
「……わかった」
お互いに短い文章だけのやり取り。
普段はどうでもいいようなことばかり言えるのに、本当に必要な時には何も言えないものだ。
手の中の小さな機械が重い。重量のことではなくて、その存在にどれだけ依存してきたのか思い知る。
画面のあちこちにドットが潰れて見えにくい箇所があるのは、こんな環境で何年も使えば仕方がないことだろう。
二つ折りのケイタイというのは、もう日本ではほとんど見られないそうだ。
スマートホンというものに変わったのだとか。タッチ画面のゲーム機のようなものだと言われても、いまいちピンと来ない。
高校に進学する時に買ってもらったこれは、当時は誰もが当たり前に持っているものだった。
学割だからと自分の名義で契約して、親が同意書を書いて。
今なら同意書はいらないはず。
向こうの基準で俺の二十歳の誕生日の時には、父と母と妹から、それぞれ何度もメールをもらった。
あれからもう5年が過ぎるのか。
たった一つ。
日本の家族と連絡を取れる手段だったもの。
11時50分。
残りはあと9分程度ということか。
『ごめんね。何も出来なくてごめんなさい』
「違うよ、母さん」
短い文面で、似たようなやり取りは散々繰り返した。
「どっちにしてもこのケイタイも、ボタン反応しなかったり充電もすぐ切れるんだから」
128文字のメールだけしか届かないから、そればかり続けて来た。
ちゃんと反応しないことに苛立つこともあったけれど、今思えばよく動いてくれたと感謝する。
「……」
今日でおしまい。
機械としての寿命のことではなく。
一本だけ、いつも立っていたアンテナの表示。
日本と繋がっているかすかな一本。
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お近くのサービスショップがこの異世界にもあるなら、借金してでも新機種に取り換えるだろうに。
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