魔道兵器レギンス
それは私が高校生の頃の話である。丁度その頃、とあるワードが社会に出回り始めた。当然ソレは私の耳にも届いていたが、私は流行りに全く興味が無いという事もあり、ソレが何なのかと調べる気も全く無く、ただただ漠然と「アニメのタイトルだろう」などと思い込んでいた……
ある日の事、私は教室の自分の席で以って机の上に突っ伏しながら寝ていたが、教室の後ろでたむろしていた中の1人が発したそのワードに、ふと目を覚ました。
「なあ、アレって何の事?」
私はおもむろに体を起こしながら、前の席でマンガを読みふけっていた友達に何気なく聞いてみた。
「アレって何だよ?」
「後ろの連中が言ってたやつ」
「後ろ?」
「ほら、レギンスとかって」
「あ? お前知らねぇの?」
「いや、以前に聞いた覚えがあるんだけど、何だったっけ?」
「股引」
「股引? 股引ってあの股引?」
「あの股引って何だ?」
「オジサンが履いてるあの股引?」
「オジサンが履いてるのとはちょっと違うけどな」
「ちょっと違う股引?」
「ちょっと違う股引」
「……」
「レギンスってのはさ、ピッタリとした履き心地の股引の事さ」
そいつは得意げな顔で以ってそう言った。私の中には「レギンス」という言葉はアニメであるという固定概念があった。その為、「レギンス」というワードを聞くと自動的に「魔道兵器レギンス」、若しくは「魔法少女レギンス」といった実在しないタイトルのアニメが、曖昧な映像と共に脳裏を巡っていた。
ふと耳にしたので軽い気持ちで聞いてみたが、まさかそれが衣類の話だとは夢にも思わなかった。もっと早く誰かに聞いておけば良かった。だが仲の良い友達に質問して良かった。それを女子に質問していたらどれだけ馬鹿にされていたか知れない。
そして「レギンス」と口にしたグループは、「スパッツ」なる言葉も口にした。
「じゃあスパッツってのは? これはアニメか?」
「あ? お前知らねぇの? 膝上の股引の事だよ」
「またも股引……」
「股引というかさ、レギンスのショートバージョンだな」
「レギンスのショートバージョン……」
「ショートでタイトなステテコとも言えるかな?」
「ショートでタイトなステテコ?」
何とそれも似たような衣類の話だった。これは最近ではなく随分と前に聞いた事のある名ではあったが、私の中にあっては「名犬スパッツ」として登録されており、「世界名作劇場 名犬スパッツ!」といった変換がされていた。つうかステテコってあったなぁ。昔はオジサンのイメージがあったそれ、今聞くと可愛いなぁ。
更にそのグループは「トレンカ」という言葉を口にした。
「じゃあトレンカってのは?」
「あ? お前知らねぇの? 土踏まず迄ある股引の事だよ」
「またも股引……」
「股引というかさ、レギンスのロングバージョンだな」
「レギンスのロングバージョン……」
「トゥとヒールの無いタイツって言えば良いのかな?」
「トゥトヒールノーナイタイツ?」
「トレンカレギンスとも言われているらしいな」
「トレンカレギンス!?」
何とそれも似たような衣類の名前だったとは……とはいえそれは初めて聞いた名前。つうかそれはどう聞いてもロシア製拳銃の名前にしか思えないのに、まさか又も衣類だとは……。
それよりも、「トレンカレギンス」と聞いて「おれんちねぎっす」って聞こえるのは私だけだろうか……。
世の中ではカラフルな股引を履いた女性が街を闊歩していた。そして一部の男性はアイボリー色の股引姿で近所を闊歩していた。私の父もそんな姿で家の中をうろちょろしている。父のそんな姿に嫌悪感を示した事もあったが、同じく股引を履いて街を闊歩する人がいる世の中にあっては、それを嫌悪する私が正しくないのだと、そう反省する日々を、私は送り続けている。
100年以上前に書かれたそれは日記の類なのか、はたまた冗談で書かれた物なのか。元は白かったであろう茶色に変色した3枚の紙にはそんな事が書いてあった。一体それが何の目的で誰によって書かれたのかは、誰も知らない。
引き継がれるようにして今も残るその手紙。噂によれば、ソレはその手紙にインスピレーションを受けたマッドサイエンティストの集団により作られたという。
「REGinS」
そう呼ばれるソレの正式名称は「REGenerate in Saint」。日本語で言えば「再生成する聖人」と云った所だろうか。
2122年の現在、地球上でソレが発動している。手紙に書かれている「魔道兵器レギンス」というような非科学的な代物ではなく、マッドサイエンティスト達により創造されたソレは科学の英知を結集した「最終兵器レギンス」として、現実の武器として発動している。
レギンスはこの星を綺麗にすると言う大義を以って、地球上のありとあらゆる人工物を消し去ろうとしている。再生成する聖人は、この地球を再生成しようとしていた。そう、レギンスは今、我々人類に対して牙を剥いていた。その牙はあらゆる物を貫き砕く。
そのレギンスに対し、我々人類は抗う術を何ら持ってはいなかった。レギンスに挑んだ世界中の軍隊は全勢力を以ってレギンスに対峙したが、呆気なくも全滅の憂き目にあい、もう人類には何ら抗う術が無くなっていた。
ある者は神に助けを求めていた。またある者は、それが神の意志であると受け入れ、穏やかな最期だけを求めていた。
この期に及んで私達に出来る事はもう何1つ無い。仮に何かあるとするならば、それは「魔法少女レギンス」が現れるの待つ事位であろうか。
私達は赤く染まる空を見上げ、来るはずの無い魔法少女が来る事をひたすらに願いつつ、最期の時を迎えようとしていた。
2020年08月25日 2版 誤字訂正
2020年08月23日 初版
今回の話は衣類名以外はほぼフィクションですが、一部に真実があります。それは、オジサンである私が「レギンス」と聞いて直ぐに「魔道兵器レギンス」という名前が浮かぶ事です。そして男の股引姿に対しては何とも思わないのに、レギンス姿で街を歩いている女性を見かけると「うわ、魔道兵器だ!」なんて1人思っちゃったりしています。というか、今は股引って言葉はあまり使わないのかな?
<補足>
タイツ :足の爪先まで覆っている物
スパッツ:膝上迄の物
レギンス:足首迄ある物
トレンカ:爪先と踵が出ているタイツ