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 〃 7歳 魔獣討伐・双子無双

 時は少しだけ遡り、パトリシアが猛烈な血の『甘さ』にあてられて気絶した時──。


「──え!?」

「ト、トリシア!」


 チャド団長の腕の中でパトリシアがかっくり気を失ってしまって動揺したのはクリフとノエルだ。

 二人の乗る馬はチャドの両側にそれぞれ居たのですぐに気付いたのだ。


「トリシア! トリシア!?」

「いけません! クリフ様! 落ちます……!」

 馬上から両手を伸ばしてばたつくクリフを、同じ馬に乗る騎士が抑え込む。


「チャド、トリシアはどうしたの??」

 少しだけ身を乗り出してチャドを見上げるノエル。


「気を失っているだけですね。血を見て気持ち悪くなったのかもしれませんが……エサにされた羊の数が数ですからね……血の臭いも、ちょっと刺激が強すぎましたかな」

 見渡せば、骨と内臓をさらしてグロテスクに散らばる羊の残骸が視界いっぱいを埋め尽くしている。


 魔獣達はすでに羊だったものから口を離し、血まみれの顔でゆらりゆらりとこちらへ向かってきていた。前へ突き出された角と盛り上がった肩は威嚇のポーズ。完全にこちらを敵対生物とみなしている。

 ぬらぬらと光る闘牛(エルニル)の赤黒い瞳は闇の因子の証、魔獣はすべてこの色の目をしていた。不気味さの象徴ともいえる。


 チャドは意識無く馬に跨がって俯いているパトリシアを仰向けに抱え直した。大男のチャドは左腕の力だけでパトリシアを抱え込む。

 パトリシアはといえば、かくんかくんと力無く揺れただけ。


「──俺は後方に回る。ミック、モーリス、坊ちゃん達を頼むぞ」

 チャドはクリフ、ノエルと同じ馬に乗る騎士それぞれの顔を見て言い、指示されたミックとモーリスは深く頷いた。


「では、ノエル様、クリフ様、くれぐれも怪我だけはなさいませんよう、無理の無い範囲で……力一杯、魔獣を追い払ってやってください!」

 ニカッと笑ってチャド団長は馬首を翻し、自分を除く二十九騎の後ろ、徒歩でついてきていた従騎士の先頭へ回った。


「よ、よしっ」

 緊張した面持ちのクリフが腰の長剣を引き抜く。その背後から騎士のミックが面頬を下ろしながら告げる。

「クリフ様、いいですか? 敵は突撃攻撃型の魔獣です、馬から落ちないようにしてくださいね。落ちて()かれたら、軽いクリフ様はぶっ飛ばされて次々踏まれて死にますからね。左手はたてがみをしっかり握り、内股への意識を忘れないでくださいね」

「わ、わかった!」

「──あと、真剣ですからそれ、俺や馬を斬らないでくださいね、ほんとに」

「わ、わかってる! そのくらいはミックに言われなくてもちゃんとする!」

 しっかり言い返し、クリフは大きく息を吸い込み……ゆっくり吐き出した。


 一度の深呼吸で緊張を払ったクリフは静かな声で言う。

「ミック、はぐれたヤツからやりたい」

「かしこまりました」

 すぐに馬を操り、ミックは向かって右側へ広がりながら駆ける。約十騎が続く。



「ノエル様はどうなさいます?」

「ん~そうだね、直線上に入って欲しいな。すれ違いざまにいく」

「はい」

 魔獣狩りは二度目のノエル。すでにリラックスして挑んでいる。こちらは左側へ流れ、やはり十騎あまりが追従した。



 日頃から羊や牛が放牧されている平原のため、草の丈は高くない。左右各騎馬が速度を上げて前進する闘牛(エルニル)を挟む。

「あれだ! あいついくぞ!」

 クリフは馬蹄の音に負けず大声でミックに指示を出し、はぐれた闘牛(エルニル)一頭へ肉薄。すれ違いざまにタイミングをあわせ、長い角と堅い額を避け、魔獣の首と思われるところへ一気に剣を突きいれた。

 そのまま駆け抜け、剣を引き抜きながら闘牛(エルニル)の体を両断する。血飛沫はクリフの肩まで飛んだ。

 群れとすれ違い、旋回しながらミックが「お見事です!」とおだてる。

 満足げに「よしっ」と呟いて振り返ったクリフだが、嫌そうな顔をする。


 クリフの視線の先では、モーリスの操る馬でノエルが縦に並ぶ五頭の闘牛(エルニル)に突っ込んでいくところだった。

「──くそ! ノエルのヤツ」

 何をするのかわかって、クリフは悪態をついた。


 駆ける馬の背で上下に揺れつつ、モーリスの前で目を瞑ってぶつぶつとなにやら唱えるノエル。

 五頭の闘牛(エルニル)とノエルがぶつかるギリギリを行き交う瞬間──ノエルはアンダースローで手を伸ばし、すれ違いながら魔術を投げ落としていく。

 シューっと甲高い音ともに、ノエルとすれ違った五頭がすべて、白い蒸気を発しながら、駆けるポーズのまま凍った。


 ふと、ノエルとクリフの目があう。

 ノエルはクリフを指差したあと人差し指で『1』を見せ、次に親指で自分をトントンと示したあと、ドヤ顔で手を開くと『5』の形でひらひらと振ってきた。

『なに? お前一頭しか倒してないの? 僕は五頭倒したよ?』

 そう言ってるのだ。


「くっそ! 負けねぇ! ミック! いくぞ!」

 火のついたクリフだが、冷静さを欠くことはなく、剣とあまり得意と胸は張れない魔術を混ぜ、突進を繰り返す闘牛(エルニル)を倒していった。


 ちなみに、クリフは氷と炎の魔術、ノエルは氷と雷の魔術と相性がいい。二人とも出力は変わらないが、命中率でノエルに軍配が上がる。


 取りこぼしや、双子の横に取り付いてくるような個体は残りの騎馬が遊撃しながら排除してまわった。

 お膳立てばっちりだったとはいえ、9歳には上出来すぎるほど上出来、二人で一方的に闘牛(エルニル)を狩ってしまった。


 魔獣の血は、その命が尽きれば大気に溶ける。

 クリフが浴びた大量の返り血もあっという間に消えていった。


 ミックとモーリスは、結果として何の出番もなかった後方支援待機をしていた従騎士らの前、チャドの元へ戻った。

 他の騎馬は散ったまま警戒待機をしている。


 チャドは馬を降りているところだった。

 ゴツゴツの腕では寝心地も悪かろうと、チャドはふさふさの草の地面に従騎士から集めた五枚のマントを敷き、パトリシアを横に寝かせてやっていた。


「トリシア! トリシアは大丈夫なのか??」

 馬から飛び降りながら駆けてくるクリフの声に、チャドは「眠ってらっしゃるだけですよ」と応えた。


 一方、ゆったりと歩いてくるノエル。

「それにしても、いくら我が儘とはいえ、みんなトリシアに甘いというか、厳しいというか。令嬢に剣を持たせてこんな魔獣狩りに連れ出さないよね? 普通。なんで平気でやるの?」

 咎めるでもないノエルの言葉に、チャドは肩をすくめるだけだ。


「トリシアお嬢様がジェラルド様の血を分けたお嬢様だから……じゃないですかね? 城のみんなそれで納得してますね」

「伯父上?」

 ノエルの問い返しに、チャドは呆れるような、誇りにしているような、曖昧な笑みを浮かべた。


「そのうち色々伝説を聞くことになると思いますよ。トリシアお嬢様の父君、アルバーン公爵ジェラルド様は一言で現すなら破天荒な方でしたからな。あの方ならトリシアお嬢様が騎士見習いまがいの修行をすることを良しとしたのも頷けるといいますか」


「ジェラルド伯父上なぁ。顔なら確かにトリシアはよく似てるな。俺が噂に聴いたのは、昔は氷の貴公子っつって派手にモテモテで大変だったって話なんだけど」

「魔獣狩り等行動は破天荒なのに見た目はその氷の貴公子やら、氷麗の天使と噂されていたのがトリシアお嬢様の父君ですからね」

 ギャップ萌えの塊と言っても過言ではなかったが、パトリシアが剣修練や乗馬をしたいと言い出したのを見ても、誰もが父親の顔をダブらせたのは当然と言えば当然だった。


「モテると言うなら坊ちゃん達の父君も数多のご令嬢を虜にしてましたよ?」

「僕も聞いたことがあるな、父上はそれで幼なじみだった母上を安心させるため、結婚を早めたって」

 ノエルの言葉にうんうんと頷いて、チャドはこれだけ周りでおしゃべりしても眠りつづけるパトリシアを見下ろした。


「トリシアお嬢様も……すでに王都で『氷の妖精姫』なんて呼ばれてるんですからね。もう1~2年もしたら婚約者とか決まっちゃいそうですね」

「え!?」

「は!?」

 あまり仲が良いとは言えない双子の声がかぶった。一瞬、顔を見合わせる二人。


「そういう話、出てるのか!?」

「いくらなんでも早いでしょ?」

 またかぶっている。


 双子の後ろでミックとモーリスがバレないように肩を揺らしているのを、チャドは眉をひそめて苦笑するのだった。


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