〃 7歳 魔獣討伐・準備
とある晴れた夏前の早朝──城の前庭に三十騎の騎馬が揃い、同数のサーコートを着た騎士、軽装備の従騎士が集まっていた。
その中に、さらに軽装備の子供が二人混じっている。
「は!? おい、お前も行くのか?」
「当然ですわ……! クリフだけずるい!」
稽古用よりしっかりした生地のサーコート風装束を身に付けたパトリシアとクリフの二人だ。サーコート『風』なのは下に鎖帷子を着込んでいないから。
「ず、するくない!……俺は3ヶ月も前から頼んで頼んで頼み込んでやっと連れてってもらうのに、なんでいきなりトリシアも一緒に行けるんだよ」
「それはもう──」
パトリシアはくるーりと振り返りながら後ろにいた『格好いい』デザインのアルバーン流サーコートのいかつい腕に抱きついた。
「アルバーン領騎士団総団長チャドを籠絡したからですわね!」
バチーンとウィンク付きで言ってのけるパトリシアにクリフはギリギリと奥歯を噛んでいる。
パトリシアにくっつかれている、幾つか勲章腕章のついた目立つサーコートのチャドは兜の面頬を跳ね上げ、顔を見せた。
色黒茶短髪、くりくりした目の三十代のがっしりした大男だ。
「諦めてくれ、クリフ様。我が領随一の妖精姫の頼み、断れるもんか」
そう言ってチャドはひょいとパトリシアを片腕に抱き上げた。
「ありがとう! チャド」
キラキラした笑顔を振りまくパトリシアに、厳しいことで有名なはずのチャドが釣られてにっこり……いや、へらへらと笑っている。
「わ、わかる、いや……わかりたくない! だいたいトリシア! 魔獣討伐は危ないんだぞ、何考えてるんだよ。怪我するぞ」
頑張ってパトリシアを止めようとするクリフだが、説得力が欠片もない。
そもそも先日まで王都に居たパトリシアは『アルバーン公爵家の氷の妖精姫』ととっくに呼ばれていた程度には国内で有名な美少女なのだ。
そのパトリシアの小悪魔微笑に負けまくって毎日の剣修練に付き合い、乗馬訓練まで一緒にすることを了承したのはいま一番文句を言っているクリフ……。
この領城でパトリシアの我が儘を一番許し、付き合っているのがクリフ……。
「ほれほれ、負けだよ、クリフ。お前の負ーけ」
声はクリフの後ろから届く。全員がそちらを見た。
「ノエル!」
「げ! ノエルも来るのか!?」
パトリシアとクリフが振り返れば、クリフとよく似た金髪碧眼の少年が短剣を腰ベルトに差し込みながらこちらに来るところだった。
「僕が行かないわけないだろう? 今回で二回目だし」
ニヤリと笑うノエル。彼はクリフの双子の兄だが、二人同時に魔獣討伐に参加をするのは騎士団の負担になるとのことで、先週先行して出陣済みだった。
「むしろ今回は俺だけだろ? なんでノエルがまた……!」
「僕はクリフより魔術制御がうまいからね。ちゃーんと! しっかりと! れっきとした出動要員なの」
双子が睨み合っている横でパトリシアは総団長チャドに降ろしてもらいつつ「今回は我が儘を聞いてくれてありがとう、チャド! 嬉しい!」と耳打ちしている。
パトリシアなりの次回への布石である。
前世で読んだ物語の中の悪役令嬢パトリシアは単に傲岸不遜に我が儘を振りかざして味方と呼べる存在はいなかった。
その反省をもとに、パトリシアは今世、侍女にもこの騎士にもしっかり謝意を伝え、さらに愛想まで振りまいて見せた。
我が儘を押し付けるのではなく、頼られたいと思わせる──パトリシアはそれを狙い、自分の容姿もしっかり利用する。そこは、7歳に止まらない知恵とも言える。
ちなみに、魔獣とは本来ごく普通の動物で生まれるはずが、闇の因子を持って──突然変異で発生・繁殖した害獣を指す。
パトリシアとしては、魔力がなく、死んで生き返ることで闇の巫女になる自分を『闇の因子を持ちながら明確に変異しなかった』のだろうと推測している。さらに何の理由もないが、物語のパトリシアが度を超えて我が儘、残虐な性質だったのは、闇の因子の影響だったのではないかと薄ぼんやり考えていた。
故に、魔獣、闇の因子は知らなくてはならない一つだとパトリシアは強く認識しており、魔獣討伐への参戦を決めたのだ。
魔獣討伐については、基本的には冒険者ギルドを窓口にして個人事業主の冒険者が各自狩っては収入を得ている。財源は各領地領主が出しており、その匙加減はそれぞれ所有の騎士団への負担分散で調整している。
冒険者ギルドで対応しきれない魔獣、魔獣の群れは各領地の騎士団が討伐に向かう。
パトリシアの認識するところ、この世界、根本的には物語の世界観がある──。
物語は比較的重厚でシリアス、単に学園恋愛モノではなく、魔獣トラブルがつきない世界観だった。
物語後半から判明する設定で、主人公は光の巫女として覚醒する。元々、戦闘要員の攻略対象をせっせと応援支援して親密度を上げる要素もあった。基本的には主人公の逆ハーレムから、エドワード王子とのラブラブ溺愛ストーリーだ。世界観など、すべては深く描かれていない。パトリシアはそこを調べ上げて物語の抜け道を探すつもりでいる。
物語の進行以外にも、この世界は広がっている……。
魔獣にまつわる生活がこの世界には根付いて存在するのだ。
それが冒険者であったり、騎士団であったりの魔獣討伐。
また、この世界の職業騎士の修業が5歳頃から始まることを考えれば、3歳から修練を続けていたクリフやノエルが9歳で出陣するのは特段早すぎはしない。
5歳~10歳頃までに基本的な戦闘術を学び、そこから14歳頃までは騎士見習いとして後方支援に参戦する。そこから二十歳頃までは従騎士として前線で騎士を支援するのだ。才能があれば従騎士をすっ飛ばす勢いで騎士になる者もいるし、クリフ達のように早くから戦闘経験を積んでいると必然的に最速レベルで騎士号の叙勲を受ける。
なお、貴族の子女は14歳から17歳まで王都にある国立の学園に入学する。貴族社会へのプレ期間であり、実際14歳には社交界デビューを果たす。
貴族の子女はとにかく忙しいのだ。
アルバーン公爵家バンフィールド本家当主は代々宰相として国の中枢にあるため、領地の統治者としては本家筋から領主を出している。
現在はパトリシアの祖父が宰相、父が副宰相として王都別邸におり、父の弟でありクリフ達の父親が領主を勤めている。
物語の中の悪役令嬢パトリシアは魔力もない自分を見初めてくれたエドワード王子に夢中で領地にはほとんど足を運んでいない。
そもそも、物語の時間軸は主人公とともにパトリシアが14歳になる頃からであり、舞台も学園や王都中心なので王国内各領地についてほとんど描写がない。
現世のパトリシアは、前世の記憶を頼らず、自分でこの世界を知り、歩んでいるのだ。また、人間関係構築にも余念がない。
「あ、トリシア」
「なに? ノエル」
「今日の討伐は軽くて昼には終わるって聞いてる?」
「そうなの?」
「まあ、じゃなかったら僕らが同行させてもらえるわけないんだけど」
「………………んー、そうね」
「トリシアはなんでそんなに残念そうなんだよ、どんな魔獣とやるつもりだったんだ!? 足下すぐお留守のヤツが」
「最近はそんなことないでしょ!? クリフが足下足下ってうるさいだけじゃない」
言い返すパトリシアだが、ノエルにずいと横へずらされる。ノエルはそのままクリフの額にデコぴんを一発。
「──いだっ」
「クリフはいちいち入ってくんな」
クリフを一睨みし、パトリシアには笑顔を向けるノエル。
「でね、トリシア、魔術の話がもっと聞きたいって言ってただろう?」
「は!? うん! うん! もしかして──!」
「ははは、うん、午後は予定ないじゃん? 美味しいお茶菓子も買っといたから、お昼終わったら僕の部屋においでよ」
「わー! ノエル天才! ありがとう! お邪魔しますわね!」
パトリシアは魔力も無いことから、魔術に関する学習が後回しにされがちで「それよりもこちらを、あちらを」と令嬢マナーばかり仕込まれている。
しかし、悪役令嬢としての過酷な運命に立ち向かう時に、前世の物語の中のパトリシアにはなかった力、知識を持っておいた方がいいだろうと判断したのだ。
とはいえ、領城の蔵書庫の魔術本を読んでもちんぷんかんぷんだった為、パトリシアは教えてくれる相手を探して──ノエルに頼んでいた。
剣術は城に来てすぐに習えたし、なによりクリフがなんでも『おねがい』は聞いてくれていたので難なく進んでいるが、魔術は誰に相談しても『魔力がなければ話にならない』という結論ばかり。とりつくしまもなかった。
ノエルにも最初は謙遜されつつ逃げられていたが、『おねがい』し続けること一年、やっと動いてもらえた。
物語において悪役令嬢パトリシアの親族で、パトリシアとも親しくなかった双子は、主人公より二学年上ということもあって物語には登場していない。
パトリシアなりに、強制力とやらが出るか出ないかわからないこともあり、物語に登場しない人物と交流を持ち、味方を増やそうとしている。
──だって、私の人生だもの。
サーコートはダークソウル辺りのイメージで!