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第九話 人の優しさと微妙な悪夢

 「……ケテェ……タスケェ……タスケテェ」


 「クルシイ……クルシイ……クルシイヨォ」


 「オナカ……スイタ……」


 声がする。黒板を引っ掻いた音を彷彿とさせるようなおぞましい声だ。

 この声は目を閉じてからずっと聞こえている。これがイーズの言っていた不眠の呪いだろう。

 もう三時間は経っただろうか。もう限界である。


 「……眠るのは諦めるか」


 外を見れば夕日が赤く輝いていた。まるでイーズの赤い瞳に見られているようで気持ちが悪い。


 夜もこの調子では明日のゴブリン討伐に支障が出る。それだけは避けたい。

 かと言って、イーズに許しを請うのはもっと嫌だ。


 そろそろ夕飯が近い。しかし、夕飯を食べるには一階へ下りなければならない。

 もちろんそのためには階段を下る必要がある。

 すると問題が一つある。そう、イーズが俺に掛けた階段を上り下りする度に転ぶ呪いだ。


 「どうするか……」


 階段を突破する方法は一つ。階段に触れないことだ。しかし、そうなると階段を飛び降りる他ない。


 「死にはしないだろうけど……痛いよなぁ」


 ベッドの上で唸っていると一つ妙案が思い浮かんだ。


 「試してみる価値は十分にあるか……?」


 階段の前に来た俺は両足だけに加速する歯車(スパークアクセル)を発動した。

 俺はその状態のまま二階の階段から跳んだ。


 落下の衝撃で床を壊すわけにはいかないので、衝撃を抑えつつ受け身の姿勢で着地した。


 「ふぅ、どこも痛くない……正解だったみたいだな」


 加速する歯車(スパークアクセル)を解除した俺は椅子に座って一息ついた。


 辺りを見渡すが殺戮亭にイーズの姿はない。一安心だ。出会ってしまったら次になにをされるかわかったものではない。

 イーズの口振りから察するに奴の使える呪いの数は今の俺に掛かっている二つだけではない可能性が高い。これ以上、呪いを追加されるなんて勘弁だ。


 「おーう、マコト。ちょっと早いが、メシ出来たけど食うかァ?」


 カインさんがひょっこりとカウンターの奥にある厨房から顔を覗かせた。


 「……ありがとう……食べる……」


 自分の口から発せられた声は弱々しいものだった。どうやら俺は自分が思う以上に参っているようだ。


 「おいおい、大丈夫かァ……? 休む前より疲れてそうじゃねェかァ」


 「ああ……イーズの呪いを少し侮ってたみたいだ……これ、かなり辛い」


 ゴブリン討伐での肉体的な疲労と不眠の呪いでの精神的な疲労で、情けないことにかなり限界が来ている。


 「まっ、そういう時は食え。食えば元気になるもんだァ」


 カインさんは俺の座っている椅子のテーブルに、熱した鉄板に乗せられたハンバーグを置いた。

 ジュウジュウと音を立てながら油が微かに跳ねている。湯気を伝ってジューシーな匂いが俺の鼻をくすぐる。次に野菜スープと黒くて硬いパンが置かれる。

 これを食べれば確かに元気が出そうだ。


 「いただきます……」


 備え付けのナイフとフォークを手に取った俺は、それを使ってハンバーグを真っ二つにする。断面からは尋常ないほどの肉汁が溢れ出している。


 「なあ、マコト……どうかイーズのことを嫌いにならないでやってくれねェかァ……?」


 ハンバーグを食べていると、不意にカインさんがそんなことを言ってくる。


 「……カインさん、理由を聞いても良いか?」


 カインさんとは出会ってまだ三日も経っていないが、この人は信頼できると俺は確信している。

 その人がなぜこれほどイーズという少女を気に掛けるのか、その理由が知りたかった。


 「あー、話せば長くなるんだがァ……」


 カインさんは区切るように数秒だけ黙ったが、すぐに話し始めた。


 イーズは一年前、痩せ細った傷だらけの状態で殺戮亭の前に倒れていたそうだ。見兼ねたカインさんは傷の手当てをして、遠慮するイーズに無理やり野菜スープを与えたという。

 そして、今に至るまで毎日のように野菜スープを与えているらしい。

 それからのカインさんの話はイーズとの思い出が大半を占めていた。


 話しを終えたカインさんは視線を泳がせながら悩む素振りをみせた。

 そのあとに何か決心をしたかのような表情で口を開けた。


 「あいつなァ、貴族なんだよォ。今は元……だけどなァ」


 「やっぱりそうか……」


 俺はイーズが普通の人間ではないことに薄々勘付いていた。


 「おっ! 気づいてたのかァ?」


 「ああ、平民にしては少し(かしこ)まった口調に特徴的な容姿……それと呪いが最大の決め手だった」


 「なるほどなァ、大した洞察力だぜェ」


 日本でも遥か昔から呪術というものがあった。そして、そういった人間は大抵が支配階級に君臨していたらしい。

 イーズは恐らく呪術を得意とする貴族の家系と考えて良いはずだ。なにより、子供があんな呪いを易々と行使できてたまるか。

 そして、元貴族というからにはイーズの家は既に没落しているのだろう。


 「あいつは以前と同じように、貴族になりたいみてぇなんだァ。そんで、そのために騎士になって名を上げるんだとよォ」


 「へぇー、ちなみに騎士ってどうやったらなれるんだ?」


 「あァ、筆記と実技で基準点を取るだけだァ。オレも昔は騎士になりたかったんが、筆記がどうしてもなァ……。あ、それと十六歳からって年齢制限があるぜェ。……イーズは今、十五だから来年からだな」


 「えっ!! あいつって十五歳なの!?」


 今日一番の驚きだ。てっきり十二歳くらいだと思っていた。


 「まァ、あんな見た目だからなァ……幼く見えるよなァ」


 俺はハンバーグを一齧りする。うん、少し冷めちゃったな。


 「呪い掛けられてる身からすれば信じられないかもしれねぇけどよォ、イーズは何だかんだ悪い奴じゃねェ。それと喜んで良いのかわかんねぇが、あいつが呪いを掛けるのは信頼してる奴だけだァ……オレも掛けられたことあるしなァ」


 「本当に喜んで良いかわからないな……でも、俺はイーズに何もしてないぜ?」


 恨まれるようなことはしたが、信頼されるようなことはしていないはずだ。


 「嘘吐くんじゃねぇよォ、最近はマコトの話ばっかりだぜェ?……まァ、ほとんど愚痴みてぇなもんだけどよォ」


 「愚痴って……それ信頼されてる?」


 「あいつは素直じゃねぇからなァ……だけど愚痴を言ってる時のあいつは何て言うかァ……楽しそうだぜェ。……今だってよォ、きっと引っ込みがつかなくなっちまっただけなんだよォ」


 ハンバーグを食べ終えた俺は野菜スープを飲み干す。


 「ぷはぁ……確かに少し俺も大人げなかったな……」


 次に会ったら謝ろう。泣いて土下座しながら足を舐めたくはないので、食べ物でも渡そう。

 でも調子に乗ったらボコボコにしよう。


 「あっ……黒パン」


 そこで俺はテーブルに佇む黒くて硬いパン……通称黒パンを残していたことに気がついた。

 黒パンは単品だと硬い。食い物じゃないくらい硬い。いっそ石だ。

 だから俺は野菜スープに浸して柔らかくなった時に食べていた。しかし、今回は話に夢中で飲み干してしまった。


 「スープのおかわりもらうか……」


 そう思って立ち上がると、不意にイーズの顔が頭に浮かんだ。


 「たまには顎でも鍛えるかな……」


 親知らずが少し磨り減った俺は、カインさんにごちそうさまと言って部屋へ戻った。

 そして、ベッドに入り目を閉じた。


 「……ケテェ……タスケェ……タスケテェ」


 「クルシイ……クルシイ……クルシイヨォ」


 「オナカ……スイタ……」


 悪夢を見た。

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