第六話 下劣な冒険者と高潔な英雄
「どうすっかなぁ……」
俺こと鈴木誠は現在、夜明け前の町をフラフラと歩いていた。
城から抜け出したは良いが、そこから先はノープランだったのである。
何も考えずに、その場のテンションだけで抜け出したような気がしないでもない。後悔していないか、と言われればちょっと後悔している。
もっとこの世界について詳しくなってから抜け出せば良かったと俺は少し頭を抱える。俺が持つこの世界についての知識量はそこら辺の子供にも劣るはずだからだ。
しかし、俺は知っている。この世界で生き抜くために何をすれば良いかを。
「……冒険者、しかないよなぁ……」
城の本やアドルフさんの授業にも何度か出てきた単語だ。
魔物退治などの仕事をこなす職業で、主に一攫千金を夢見た若者や元傭兵、職に就けずあぶれた者がなるらしい。
二百年前の伝説の冒険者アキヒロの著書曰く、孤高で高潔な存在。
アドルフさん曰く、下劣で野蛮な存在。
二百年前と現在で冒険者の評価が変わってしまったのには理由がある。
二百年前の冒険者はほとんどボランティアに近いものだったらしい。
魔物を倒したいから倒し、人を助けたいから助ける。そんな集団だったらしい。
変わってしまったのは冒険者ギルドと呼ばれる施設の設立に伴って、報酬金が出るようになってからだ。
それまで人助けなどしなかったような連中が挙って冒険者になり始めたのだ。
ちなみにアキヒロとは二百年前に伝説の冒険者と謳われた槍使いの英雄であり、最も勇者に近い存在であったようだ。
自らの持つ不思議な知識で、この世界の技術力を飛躍的に発展させたという偉人だ。
そして、名前からして間違いなく日本人である。
当の冒険者ギルドは以外と早く見つかった。
周辺の建物と比べて二倍ほど大きかったため他より浮いていたからだ。
ギルドの中からは早朝より少し早い時間だというのに話し声が聞こえる。おそらく冒険者だ。俺が聞いた話では冒険者ギルドは年中無休だという。
野蛮な冒険者の相手もすると考えれば、中々のブラック企業である。
俺はギルドの扉を開けた。先ほどまで話していた冒険者が一斉に俺を見る。
注目などされたことがない俺は、足が生まれたての小鹿のように竦んでしまった。
竦んだ足を無理やり動かして俺は受付へ進んだ。これが冒険者の洗礼というやつか。
受付は二つあった。
右は神経質そうな皺の目立つ不機嫌そうなおばさん。
左は眼鏡を掛けたクールで知的なお姉さん。
俺は迷わずお姉さんの方へ足を進めた。
「冒険者になりたいのだが、こちらの受付で良かっただろうか?」
ナメられてはいけない。強気な態度で接するんだ。
この世界で本当の俺を知る者は光輝、勇者だけだ。ボロが出ることはないだろう。
「冒険者登録ですね。少々お待ちください」
お姉さんは奥の部屋へ行き、すぐに何か色々と書かれた一枚の契約書のような白い紙と手のひらに収まる大きさの薄い鉄の板を持ってきた。
「それでは、こちらの紙に血印をお願い致します」
「ケツ……イン……?」
すぐに理解することができなかったが、白い紙と同時に渡された針を見て察することができた。
自分の指に針を刺して紙に血を付けろということだ。ナチュラルに自傷を勧めてくる異世界こわい。
「大丈夫ですか? 体調が優れないようですが……」
十数秒ほど黙っていた俺を心配してか、受付のお姉さんが催促するように俺へ声を掛ける。
「あ、ああ……わかっている。すぐ刺すから。別に針を刺すのが怖いとかじゃない」
俺は覚悟を決めて人差し指に針を刺し、溢れてきた血を契約書の端にある四角い枠に擦り付けた。
「はい、ありがとうございます。次に冒険者を始めるにあたっての基本的な説明をさせていただきます」
話の内容は以下の通りだ。
・冒険者は最低でも二週間に一度は依頼を受けなければならない。これを破った場合、怪我や病気などの止むを得ない事情でもない限りは冒険者資格を三ヶ月の間剥奪する。
・依頼を失敗した場合は報酬金として提示された額の半分を罰金としてギルドに納めなければならない。これを三回連続で繰り返した場合、冒険者資格を三ヶ月の間剥奪する。
・自分のランクより上の依頼を受けることはできない。これを破った場合、冒険者資格を三ヶ月の間剥奪する。
・ギルド内で問題を起こした場合、程度によって冒険者資格を最低でも一ヶ月、最大で無期限の間剥奪とする。なお、ギルド関係者が容認した内容であれば当てはまらないものとする。
・冒険者にはランクが存在し、上からプラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアンとなっている。俺はもちろんアイアンからのスタートだ。
他は人を傷つけてはいけないなどの道徳的な内容がほとんどだったため、重要そうなところ以外は聞き流していた。
「次にお渡しする物が、冒険証いわゆる冒険者資格となります。紛失した場合、再発行に金貨一枚が必要です。身分証明書にもなりますので失くさないようにお願い致します」
そう言うとお姉さんは俺に手のひらに収まる大きさの薄い鉄の板を渡した。カードのようにも見える。
これの再発行には金貨一枚が必要らしい。
この世界の通貨の価値は下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨だ。故に金貨一枚はそこそこの金額だ。
今の俺には到底払うことのできない金額である。
「依頼は冒険者になった即日に受けることができます。依頼の張ってあるボードは受付のあなたから見て右にございます」
お姉さんは一息つくと、さらに言葉を続けた。
「最後になりますが、必ず生きて帰ってきてください……!」
その言葉には受付としての仕事ではなく、お姉さん個人の想いが込められているように感じた。
「わかっている。死ぬつもりはない」
依頼のボードに向かう俺をお姉さんは悲しいような嬉しいような眼差しで見ていた。
さっき初めて会ったばかりの人間だというのに、おかしな人だ。
「これが依頼ボードかな……かなり枚数が貼ってあるな」
ちなみにこのボード、冒険者の間ではクエストボードと呼ばれるみたいだ。さっきそんな会話が聞こえてきた。
「最初は……簡単な奴が良いよね」
俺は依頼の紙を一枚一枚吟味した結果、ゴブリンという魔物の討伐依頼を受けることにした。
俺は早速その紙をお姉さんの許へ持っていく。
「これに決めた。受理してくれ」
「ゴブリンですか……失礼ですが魔物を討伐したことは?」
「……ない。でも大丈夫だ」
「いけませんよっ! そんなことでは死んでしまいます! あなた、見たところ武器も持ってないでしょう!?」
出会ってから一時間も経っていないが、俺は初めてお姉さんが感情的になる姿を見た。でも問題ない。武器ならあるんだ。
「俺の武器はこの身体なんだ。己の手足さえあればそれで良い」
「……失礼ですけど、特別鍛えたりしているようには見えませんが……?」
お姉さんが怪訝そうな顔を見せた。本当に失礼だな。俺が弱そうだとでも言うのだろうか。
「大丈夫だ! いざとなったら逃げる。逃げ足には自信があるんもんでな」
見栄を張っているとかではない。実際に足には自信がある。てか、逃げ足に見栄もクソもないな。
「はぁ……わかりました、もう何も言いません。ですが危険と感じたらすぐにご自慢の足で逃げてください。……それと、年長者の言葉にはもう少し耳を傾けてください」
やっと納得してくれたようだ。以外と融通の利く人らしい。
俺はお姉さんにしたり顔をしつつ、ギルドを出ようと受付から背を向けた。
「ああ、それと自己紹介が遅れました。ウームと申します、以後お見知りおきを……長い付き合いになるかもしれませんので」
そういえば自己紹介をしていなかったな。
この世界では家名を持てるのは貴族だけだ。下手にフルネームを名乗ると面倒な事になる可能性もある。
冒険者の世界でスズキの名は口にしない方が得策だろう。
「……マコトだ、じゃあ俺は行くぞ」
隠し事をした後ろめたさからか、俺は逃げるようにゴブリン退治へ向かった。
そして俺は今、王都を出て二キロメートルほど歩いた場所にある東の森に来ていた。
理由はもちろんゴブリンを討伐して、依頼を達成するためである。
この依頼は常にクエストボードに張ってある依頼らしい。
俺のような冒険者成り立ての新人の救済とゴブリンの間引きが目的だろう。
ちなみに倒す数に限りはない。倒した分だけ報酬がもらえるのだ。このような依頼を常駐依頼と言う。
城の本に魔物図鑑という分厚い本があったから、暇潰しに読んだことがある。
その本にはゴブリンのことも書かれていた。
ゴブリンの特徴は緑色の肌と子供ほどの体躯。
そして、異常な繁殖力だ。メスであれば種族が違くても孕ませるのだ。
魔物の出現は一説によると、世界が魔力を常に生成しているかららしい。
そして人々はその魔力を極僅かだが、無意識のうちに吸収しているという。
しかし、人の少ない場所または、いない場所は魔力が吸収されず溜まり続ける。
コップに水を注ぎ続けるとそのうち溢れてしまう。
しかし、誰かがその水を飲めば話しは別だ。
逆に飲む者がいないなら水は溢れ続ける。その溢れた水が魔物となるのだ。
ゴブリンは最も魔力から生まれやすい魔物だ。
それに加えて異常なまでの繁殖力。大昔に人類は増え続けた大量のゴブリンに滅ぼされかけたことがあるらしい。
「おっと、考え事はあとにしよう。今は依頼中だ」
俺は身を引き締めて東の森に足を踏み入れた。
「んー、結構歩きやすいんだな。森だから少しは覚悟してたんだけど」
俺の予想に反して、東の森は地面が踏み固められていたため平らで歩きやすかった。
過去の初心者のおかげだろう。
「おっ……あいつか」
森に入って十分足らずでゴブリンとおぼしき魔物を発見した。
緑色の肌に醜い顔。はみ出した上向きの犬歯が申し訳程度の威圧感を醸し出している。
大事な部分を動物の毛皮か何かで作った腰ミノで隠しているので、少しは知能があるのかもしれない。
「数は三匹か……いけるはずだ」
ゴブリンは最弱の魔物だ。それを集団で行動することによってカバーしているに過ぎない。
三匹程度なら苦戦することはないだろう。
脳内で完結した俺は牽制とゴブリンの実力を測る意味を込めて、雷撃を放った。
雷撃は先頭にいたゴブリンの頭部に命中した。
「予想してたよりも弱いな……」
雷撃が当たったゴブリンの頭部は原型は留めているものの、黒煙を上げて焦げていた。
ピクリとも動かないため、確実に死んでいる。
タメ無しの雷撃でこれなのだから、もしかすると俺の力はこの世界で十分に通用するのかもしれない。
仲間を失ったショックから我に返った二匹のゴブリンがギャアギャアと醜い声を上げ始めた。
俺のいる方向に目もくれないということは、まだ俺の存在に気づいていないようだ。
だが不味い。アレが仲間を呼ぶための合図なのだとしたら、かなり不味いことになる。
俺は急いで加速する歯車を使って全身を強化すると、ゴブリンの許へ駆け出した。
茂みからいきなり姿を現した俺にギョッとした様子のゴブリン。
俺は加速の勢いを利用して右にいたゴブリンの腹を下から上に殴りつけた。
殴られたゴブリンは血を吐きながら一直線に吹き飛び、木に激突して動かなくなった。
俺は次に振り向きざま、横にいたゴブリンへ裏拳を叩き付けた。
鈍い音がしてゴブリンは倒れるように宙を舞った。
頭を抑えながらフラフラと起き上がったゴブリンは俺を睨み付ける。
その目には確かな怒りと殺意が宿っていた。
俺はその目を見て少し怯んでしまったが、奴が瀕死であることを思い出すと止めを刺すために近づいた。
「悪いな、俺もこんなことはしたくない。でも……強くならないといけないんだ」
俺は近づいている間に作った雷撃をゴブリンへと放った。
一瞬で殺してやるため、牽制で使った奴よりも威力の高い奴だ。
雷撃はゴブリンの頭部を綺麗さっぱり消し飛ばした。
ゴブリンとの戦いを終えた俺は、昨日の夕食を吐き出していた。始めてみる死体と生き物を殺したという感覚に耐えられなかったのだ。
「オエェ……クソッ……戦闘中は何も感じなかったのに……」
おそらくアドレナリンの効果で感覚が麻痺していたのだろう。
戦闘を終えた途端、色々なモノが一気に頭の中へ流れ込んできた。
俺は落ち着くまで胃の中の物を吐き出していた。
後半にもなってくると、透明な胃液しか出てこなかった。
「よっし……! もう大丈夫だ」
俺はもう少しゴブリンを殺すことにした。
死体程度で騒いでいたらこの世界では何もできない。慣れるしかないのだ
それに冒険者が報酬を得るには、魔物の腹を掻っ捌いて中にある魔石を取ってそれをギルドに提出する必要がある。
「はぁ……やるか」
俺は三匹のゴブリンの死体を解体して魔石を取り出すことにした。
「あっ! 刃物持ってないじゃん……」
これでは魔石を取り出せない。しかし、取り出さなければ報酬が得られない。
俺は少し考えると、雷操作を使うことにした。
俺は人差し指の先に高圧の電気を発する小さい球を作り出すと、それをゴブリンの胸に当てた。
魔石とは魔物にとっては心臓だ。そのため、人型の魔物であれば人間の心臓と同じ位置にあるのだ。
ちなみに魔石の使い道は主に魔法の触媒や魔道具という魔法の力が込められた代物の材料である。
緑色の肌に電気の球が触れると、触れた箇所が一瞬にして黒く焦げる。
俺は円を描くようにゴブリンの胸を焦がすと、その皮膚を掴んで力任せに引きちぎった。
「成功だ!」
電気を当てて焦がすことで人間の力でも引きちぎれるほどに皮膚を脆くしたのだ。
一気に剥がすと血が飛び散るのでゆっくりと剥がす。
この方法なら血も出ない。今の俺には打って付けの方法だ。
皮膚を剥がすと俺の予想通り、そこには紫色に輝く小さい水晶のような物があった。
「これが魔石か。見るのは初めてだな」
俺はゴブリンから魔石を取り出した。
すると、魔石を取り出されたゴブリンの死体と辺りに飛び散っていた血液などが光に包まれ、粒子となって消えた。
「これが本で読んだ分解か」
この現象は魔石の魔力で維持していた魔物の体が、魔力を無くしたことで起こる。
魔物は魔力から生まれるので、納得できるような気がする。
ちなみに、自身が触れた物であれば分解されることは無い。俺の手や服に着いた血が良い例だ。
これを利用すれば魔物の毛皮や鱗、顔のパーツを手に入れることも可能だ。しかし、攻撃の際に触れた場合は適用されないため、攻撃と解体でどのように線引きされているのかよくわからない。
俺は残りの二匹も同じように解体して魔石を解体すると、魔石を制服のポケットに入れた。
そして、ゴブリンを探すためにその場を離れて歩き出した。