第四十一話 異端と禁忌
「ここだけの話……おれっちは人間じゃないんだ」
「なんだってッ!?」
カルムの口から告げられた内容に俺と智恵美さんは驚きを隠せない。しかし人間じゃないと言うが、どこからどう見てもカルムは人間にしか見えない。背が高いこと以外は俺たちと何も変わらないように見えるが……。
「ちょ、ちょっと! 静かにしてよ……! みんなには知られたくないんだから。……それと正確には元人間かな」
「元って……。人間じゃないならなんだって言うんだ?」
「それはおれっちもよくわからないよ~。知る前に逃げて来ちゃったからね~」
逃げただと? 以前は捕らえられていたとでも言うのだろうか。
「異端は魔物に関する研究をしててさ……。それも禁忌を犯すタイプのやつね。その中でも異端がご執心だったのが魔物と魔物を掛け合わせた混合生物の研究。んで……その被験者がおれっちってわけ」
待てよ? そんな光景をどこかで見た。
「……教国」
そうだ、教国だ。俺はジークの依頼で教国の調査へ訪れた際に、教会本部で魔物と人間が入り混じった生物を見ている。今思い出しても寒気がするぜ。
「マコトさんは知ってんだね~。おれっちは教国にある異端の研究室から逃げて来たの」
「待ってください……何がなんだか……。国家ぐるみで禁忌に触れる研究をしているということですか?」
「そうなるね~」
「そんな……。聖は聖女と呼ばれていて、浅いですが教国とも関わりがあるんですっ!」
聖さんのことだ。心配はいらないと思うが、念のために教国との関係は完全に断った方が良いな。
「異端にとって、おれっちは研究材料。きっとどんな手を使ってでも回収しに来る」
「それは好都合ですね、こう見えても私は勇者です。元の世界へ帰るためにも魔王は倒さなければなりません。向こうからやって来てくれるなら願ったり叶ったりです!」
「そっか……それは頼もしいね~」
こっちには光輝たち勇者以外にもジークを筆頭にたくさんの手練がいる。戦力は充分だ。問題は異端の魔王が現れるタイミングである。
確実にカルムを回収したいのなら、憤怒の魔王が直々に侵攻してくる時に来るはずだ。しかし、仮にそうなれば二体の魔王を相手にすることとなる。さすがにどうなるか予想もつかない。
「あれぇ……? 皆さん何を話しているのですかぁ……?」
イーズが瞼を擦りながら眠そうな声で俺たちの後ろに立っていた。
「な、なんでもねぇよっ! 急に話し掛けてくんな、ビックリするだろ!」
「なんてこと言うんですか!? それはいちゃもんってやつですよッ! さすがの温厚なボクでも我慢なりません!!」
良かった、イーズの態度から察するに会話の内容は聞かれていない様子だ。今回ばかりはイーズの間抜け具合がありがたく思えるぜ。
「まったくもう……一体なんなんですか」
「ははっ……今後のことを話していただけだよ~。これから戦いはもっと苛烈になるからね~」
「間違いねえや……」
<<光輝>>
「はぁ……どうしてだよ……誠」
僕は今、屋根に上に座っている。一人でも多くの者を馬車へ乗せるためには仕方の無いことだ。ちなみに聖剣は手元にはない。戦闘中でなければ取り出せないのだ。
「勇者様でも溜息を吐くんすね。何か悩みっすか?」
「僕だって勇者である前に一人の人間です。悩みくらい……あります」
荷台では今もなお、聖とマリアさんが怪我を負ったボールドさんとシークさんの治療を懸命に続けている。シニーさんも補助に回りながら周囲への警戒をしてくれている。
「マコトさんのことっすね。あの人、頑固なとこあるっすからねぇ……それに不器用っす」
ほんとだよ、あんな紙切れ一枚残して僕たちから離れてっちゃうんだからね。
「でも……悪い人じゃないッス」
それは僕が一番よくわかってる。幼い頃からの付き合いなんだから。何かあったのなら相談してほしかった。一人で背負いわないで、その重荷を僕にも分けてほしかった。
「親友……なんだからさ……」
「……あ、見えてきたっすよ」
ヴィークさんが屋根にいる僕へ声を掛ける。少しボーっとしていたみたいだ。前方の状況は本来ならば、ヴィークさんよりも早く僕が気付くべきなのだから。
「やっぱりヴィークさんの馬車は早いや。これなら暗くなる前に誠たちも王都へ着けますね」
「もちろんっす! オイラのレガーは特別っすよ! ……ああ、それとオイラのことはヴィークで良いっすよ。敬語も身体がムズムズするんで必要ないっす!」
「……そうだね、僕もそっちの方がやりやすいよ。ありがとう、ヴィーク」
王都に辿り着いた僕たちは王都の街中を馬車で通って王城まで進む。王都のみんなには迷惑を掛けるけど、これなら二人への負担も少なくて済むはずだ。
「とりあえず医務室まで運ぼう。あそこなら休ませられる」
「そうだね。急いで運ばないと……」
「おっ! やっと俺の出番が来たぜ。教官の方は任せてくれ! 聖剣の勇者さんはシークを運んでもらっても良いか?」
「ああ、わかったよ。それと僕のこと聖剣の勇者なんて呼ばないで大丈夫。光輝って呼んでよ」
ヴィークの気持ちが分かったような気がする。確かにちょっとムズムズするね。
「おう! じゃあコウキ、医務室に案内してくれ! 俺は王城なんて入ったことねぇからよ」
医務室は一階の奥だ。訓練場の近くにあるため、僕も最初の頃は訓練による怪我などで何回も通っていた。だから場所は鮮明に覚えている。
「こっちだよ」
<<異端の魔王ラオシュ=アンベシル>>
「あああああッッ!!! 我の研究成果をあんな呆気なくッ……! やはり豚は豚だあああああッ!!! アレを作るのに一体どれだけの時間が掛かったと思っているのだあああッ!? あのザマでは貴重な研究成果をドブに捨てたようなものではないかッッ!!!! うあああぁぁぁぁああああああッッッ!!!!!」
我は一人、自身の研究室で怒りを発散するべく、今までの研究資料をビリビリに破り捨てていた。
「すぅ……はぁ……だが良い、アレの効果は確認できた。カルムも見つかったし、悪いことばかりではないっ! 大丈夫、我は天才だッ!!」
失ってしまったのなら再び作れば良いだけのことだ。そして、もう絶対に豚なぞには使わん!
「しかしなぁ……破壊の心臓を一つ作るだけでも大量のインベーターが必要になったしなぁ……。安定したインベーターの生産が可能になってきたとはいえ多すぎる」
我は正面にある緑色の光を放つ培養液にチラッと目を向ける。中には獣人の男が入っている。獣人の男は既に体の半分が黒くなっており、インベーターへと変化しかけている。
「人間を攫うのも限界が来ている。やはり獣人の方が攫っても足がつきにくいし、これからは獣人をメインに攫うべきだな。あとで通達しておこう」
それに獣人で作ったインベーターは人間と比べても性能が段違いだ。再生能力も凄まじい。
「あーあ、種を蒔いたらインベーターが生えてこないものかねぇ。―――……作ってみるか」
インベーターの種。何気なく呟いてみたが、完成することが出来れば更なるインベーターの大量生産が可能になる。破壊の心臓だってもっと作れる。そうすればあの方も喜んでくれるはずだ!
「うおおおおおおッッ!!! これはやるしかないッ!!!」
ちなみに破壊の心臓とは我の研究成果の一つだ。破壊の心臓を魔物の核に埋め込めば、たとえその魔物が死んだとしても一度だけ無傷で蘇ることが出来るのだ。魔物の核が破壊された時に発動するため、誤って消費することは絶対に無い。
しかし、材料であるインベーターを大量に使うため、一つしか生産することが出来なかったのだ。なお、破壊の心臓の材料であるインベーターの材料が人間であるため、相対的に大量の人間を攫うという手間があるのだ。
ゆえに、それを無駄にした豚は末代まで許さん。
「おっと、奴が末代だったか。……だが、この恨みは許さんぞぉ!!!」
けれど獣人のインベーターで代用できるため、どうにでもなるだろう。加えて我の理論上、獣人のインベーターであれば人間のインベーターと比べて約半分ほどの数で破壊の心臓を生産可能である。
「クハハハハハハッッ!!! 面白いッ……面白くなってきたぞおおおおッ!!」
それからというもの、教会本部の中にある秘匿された異端の魔王の研究室からは度々、クスリでもやっちゃっているのではと疑ってしまう不気味な笑い声が聞こえたという。




