第四話 性悪メイドと遠い夢
俺と光輝の模擬戦が始まった。ルールは無く、殺す気でかかれとのことだ。
光輝は試合が始まっても剣を構えたまま、一歩も動かない。俺が先に攻撃するように仕向けているのだろう。
旅人と勇者、俺と光輝では、勇者である光輝の圧勝だ。俺なんて一撃で沈められるのがオチだぜ。
光輝は俺に恥をかかせたくないのだろう。
ここで光輝が俺を一瞬のうちにダウンさせてしまえば、ただでさえ危うい俺の城での地位をもっと悲惨なものにしてしまう。
俺が先に攻撃することで接戦を演じようと光輝は考えているのだ。
「……さすがに捻くれ過ぎか」
だが、光輝は優しい奴だ。俺の予想が的外れという可能性はゼロではないはず。
そうであってもなくても、俺は全力でいかせてもらうけどな。
俺は地面を蹴って光輝へ近づく。
もちろん俺は近づきながら攻撃の準備を始めている。
「放電……」
俺は魔力から電気を生成する。いつものように十数秒なんて時間は掛けていられない。
多少は歪でも良い。数秒で完成させろ。
そして、僅か五秒で雷撃を完成できた。やってみるものだ。
後はこれに加速をつけて放つだけだ。光輝との距離は残り五メートルといったところか。
「誠……僕は少し君を侮っていたみたいだよ。それをくらったら僕もただじゃすまない」
「どうだかな。勇者ならこれくらい防いでみろってんだッ!」
俺は遠慮無しの雷撃を三メートルほど離れている光輝に放った。
「……雷撃!」
「……光弾」
光輝は近づいてくる球状の雷、雷撃に手のひらから放った光の弾を正確にぶつけた。
ほとんどノーモーションで放たれたその魔法は俺の雷撃をいとも容易く相殺した。
これが勇者にしか使えないという光魔法か。かなり強いな。
「はは、ふざけんなよ。俺の唯一の技をあんな簡単に……」
俺は小さな声でそう呟く。
今の俺ではどう足掻いても光輝には勝てない。この二週間でそれほどの差が開いてしまった。
「降参だ。俺に勝ち目は無い」
俺は素直に負けを認めることにした。
これ以上魔力を使うと、このあとの雷操作の鍛錬にも支障がでるかもしれないしな。決して負け惜しみじゃないぞ。
「勝者、コウキ!」
フォルディさんが勝敗を下した。
勝ったはずの光輝はなにやら不満気な顔をしている。俺がまだ戦えるのに降参したからだろう。
「しかし驚いた。ほとんど無詠唱で雷魔法を使えるとはな……これがお前さんのスキルの力か」
どうやら雷撃でフォルディさんの俺への評価が上がったようだ。
これにて俺と光輝の模擬戦は幕を閉じた。
次は魔法の訓練だ。場所は変わらず訓練場である。
この魔法の訓練は智恵美さんと天導さんをメインに練習する。
光輝も魔法の才能があるので少し練習するのだが、当の本人は魔法の練習もそこそこに、ほとんど素振りをしていた。
俺? 俺は手数を増やすべく、雷操作を使って新しい技を考えていた。
さすがに雷撃だけではこの先が不安だ。今回の模擬戦でそれを嫌というほど実感した。
「あ、あの……」
智恵美さんが訓練場の隅で新しい技を考えていた俺に話し掛けてきた。珍しいこともあるもんだ。というより、智恵美さんが俺に話しかけてくること自体が初めてだ。
俺は人と関わらないようにしているので、俺から智恵美さんに話し掛けたことも無い。
そう考えるとめっちゃ緊張してきたぞ。人と関わらないようにしている俺だが、おずおずと申し訳なさそうに話し掛けてきた智恵美さんを無碍にすることもできない。
きっと智恵美さんは勇気を出して俺に話し掛けたはずなのだ。
「なに……なんか用?」
やってしまった……! 小学生と中学生によくある、好きな子に話し掛けてもらえて嬉しいけど素直になれず冷たくしちゃうあれだ!
別に俺が智恵美さんのこと好きとかそういう訳じゃないからな! 勘違いするなよ!
「え、えっと……模擬戦で使ってた……その、雷魔法……どうやったのかなって……そ、それだけで……」
失敗した。完全に怯えられたっぽいぞ。その証拠に後半は智恵美さんの声が少し震えていた。
ま、まぁ俺に友達なんていらないし? べ、別に嫌われたところで痛くも痒くもない。……こともない。
「ああ、あれ。……あれは雷魔法じゃない。俺のスキルだ……」
また少し冷たい感じになってしまった。自分の舌を引き千切りてぇ……。
それから俺は智恵美さんに俺の使っている放電と雷撃の概要を説明した。
智恵美さんからも色々と俺の知らない魔法の知識を聞くことができた。
「……な、なるほど。ありがとうございました。さ、参考にしてみます……」
そう言うと、智恵美さんは俺に背を向けて天導さんの許へ戻ろうとする。
「こちらこそありがとう、色々と知ることができた。俺も智恵美さんの知識、取り入れてみるよ」
俺はその背中に感謝の言葉をぶつけた。
また冷たい声色になってしまったが、俺はどうしてもお礼が言いたかった。
そんな俺の声に一瞬だけビクッと肩を震わせた智恵美さんだったが、俺の方を振り返って小さく頭を下げた。
「人付き合いってのも悪くないな……」
今まで面倒くさいからとか、さまざまな理由を付けては人と関わることを避けてきたが、思ったより悪くないかもしれない。
「これからは努力してみる……かな」
生まれてこのかた光輝以外の友達を作ったことがないので、急に社交的になるとかは無理だが、少しずつ変わっていこう。
「そろそろ今日の訓練も全て終わるし、部屋に戻ったら新しい技でも考えるか」
そして、夕暮れになり今日の訓練が全て終了した。そうそう。夕暮れといえば、この世界にも時計が存在する。
時計と言っても一般に普及しているような代物ではなく、王都の時計塔と呼ばれる巨大な建物に、それまた巨大な円盤の時計が設置されているという物だ。
しかし、慣れれば太陽や月の位置で大体の時間は把握できるので、あまり使われてはいないようだ。
俺は自分の部屋へ戻って呻りながら新しい技を考えていた。
一応何個か考えているものはあるのだが、今の俺ではどれも威力が高すぎて体が耐えられそうに無い。
自分の電気で傷つくことを魔力が守ってくれると言っても、限界はある。
俺はこの一週間で何回か自身の魔力が許容できる限界を超えて感電してしまった。
「俺がギリギリ耐えられる威力の雷で出来そうな技か……以外と難しいもんだな。ヒントを探さねぇと」
こういう行き詰った時は自分の頭で考えるのではなく、本などから知識を借りることにしている。
いつもなら魔法に関する本を読むが、今回は智恵美さんから教えてもらったことを思い出してみよう。
あ、そうそう。智恵美さんの話のうちの一つに、魔法は決まったものしか使えないというのがあった。
例えば、火球というものがある。これを改造して火炎放射器のように火を噴き出すとかは出来ないらしい。
込める魔力で大きさなどは変えられるというが、まったく違うものには出来ないそうだ。
それと魔法は初級、中級、上級の三つに分類される。
ちなみに、火球は火魔法の初級だ。
要は魔法と俺の雷操作の違いは自由度である。
雷魔法の初級に雷球というものがある。これも火球と同じく大きく改造することができない。
しかし、俺の雷操作であればそれが可能なのだ。
早い話が俺の雷操作は一から雷魔法を作れるようなものなのだ。さらに大きなアレンジを加えることも、まったく違うものに変質させることも可能だ。
もちろん、雷属性に限定した場合だが……。
こう言うと雷魔法の上位互換のように聞こえるが、実際そんなことはない。
さっき自身の魔力が許容できる限界を超えると傷つくと言ったが、魔法にはそれがない。
魔法は何となくイメージして魔力込めて、はい終了だ。俺みたいに一々スタンガンが~、とかやる必要はないのだ。
雷操作は魔法と比べて制御が難しいのである
「……俺には難し過ぎる力だったかな」
頭を悩ませていると、部屋のドアがノックされた。今の時間を考えると、きっと夕食だ。
今日は模擬戦だったため昼食が軽食のようなもので、いつもより量が少なかった。そのため実はけっこう空腹だ。
「はーい。どうぞー」
「今日も読書ですか……随分と勉強熱心なんですね」
このメイドとは毎日、顔を合わせているが、どうにも苦手だ。俺の白髪も少し増えた気がする。
「あ、そうそう、今回の模擬戦……少し見させていただきました。大変無様でございましたよ」
こいつ……! 人が気にしてることをズケズケと言いやがってっ!
ていうか何で観戦してんだよ! 働けッ! そう言ってやりたいが、今の俺にそんな勇気はなかった。
「ぐぬっ……まあ俺は勇者じゃないんで、これくらいしか出来ない。そんな感じです……ははは」
怒ってはいけない。冷静になるんだ。
「……それはそうと、今日もタダ飯のお時間ですよ。穀潰しへのお恵みなんですから、早く食堂に来てください」
耐えろ。これはさすがに言い過ぎだと思わないこともないけど、とりあえず耐えろ。
俺は夕食を食べるために城の食堂へ行った。この食堂は一般の兵士も使うため、かなり広い造りになっているのだ。
今はちょうど夕食時なので、そこそこ混雑している。
俺は普段、一人で飯を食べている。いわゆるぼっち飯だ。ちなみに今日の夕飯は鳥と野菜のシチューにパン、そしてかぼちゃの煮物だ。
このかぼちゃの煮物が俺は大好きだ。甘くて美味しい。まぁ、ここは日本じゃないので実際はこいつもかぼちゃではない、俺にとっては正体不明の食材なんだけど……。
「おっ! いたいた。誠も一緒にご飯食べようよ!」
俺を見つけた光輝が近づいてくる。その後ろには智恵美さんと天導さんの姿もあった。
そして、俺の座っている席まで来ると光輝が俺の隣に座る。その向かいに智恵美さんと天導さんも座った。
いつもの光景だ。
なんでこの食堂には四人掛けの席しかないんだ。
別にこれくらいなら何も問題ない。むしろウェルカムだ。
問題はこの後である。
「おいおい……あれってはずれじゃねぇか?」
「はずれのくせに聖女様とご飯たぁ良いご身分だねぇ……ったくよ役立たずが」
……これだ。俺はこれが嫌なのだ。
ここの兵士は全員こんな感じだ。フォルディさんはどういった教育をしているのか。問い詰めたい。小一時間ほど問い詰めたい。
あいつらは器用にもギリギリ光輝たちの耳に入らないくらいの声量で陰口を叩くのだ。俺のことなので普段より耳に入ってくる、というだけだとは思うが……。
勝手に呼んでおいてこの仕打ちとは酷いもんだ。
「ん? どうしたの誠。早く食べないと冷めちゃうよ?」
「あ、ああ。今から食べようと思ってたんだ」
光輝にこのことを話す訳にもいかない。話せば光輝は助けてくれるだろう。
だが、その後が心配だ。今の光輝に余計な負担は掛けられない。
光輝は家族のためにも早く、日本に帰りたいと俺に言った。
王様の話が本当なら、それはつまり魔王を倒すということだ。戦える人数は多い方が良い。
ならば、兵士からの光輝への印象は悪くない方が良いだろう。
夕飯を食べ終えた俺は部屋に戻ってそんなことを考えていた。
「俺の最終目標は光輝を日本に帰す……か」
天導さんも日本へ帰りたいようだったから、天道さんもだ。智恵美さんは日本に未練は無いみたいだったけど。
つまるところ、俺の最終目標は光輝を日本へ帰すことだ。もちろんその時に俺も日本へ帰るけどな。
「力が……力が欲しい……!」
俺は僅かな焦燥感と共に眠りについた。
次に目を開けると俺は荒野をとてつもない速度で駆け回っていた。否、駆け回っているのは俺ではない別の誰かだ。だって俺は今、俺の意思で体を動かしていない。視界の高さも俺がいつも見ている高さより少し高い。
俺は誰かの視点からこの光景を見ているのだろう。こんなことが現実で起こるはずがない。つまり、これは夢だ。
どうやら俺が現在見ている光景は人間と魔物の戦争のようだ。そこかしこから火の手が上がり、金属同士のぶつかり合う音や人々の悲鳴が聞こえる。
この視点の主も戦争に参加しているようで、左手に持った長剣と速い足で魔物の命を次々と刈り取っていく。
その剣技や身のこなしなどから、視点の主がかなりの実力者であることが窺える。明らかに俺はもちろんのこと光輝よりも強い。
「……どいつもこいつも弱過ぎるぜ。そろそろここも潮時か……?」
視点の主は辺りを見渡しながら、退屈そうな声色と共に自身の長剣を遥か上空へ放り投げた。すると、投げた長剣の刃がちょうど視点の主へ襲い掛かろうとした大きな鷲のような魔物に当たり、真っ二つになった。
「はぁ……あんな小手先だけの知恵で俺様をどうにかできる訳ねぇだろ」
俺は絶句した。重いはずの長剣をあれだけ高く投げられる筋力と、それをブレることなく狙い通りに対象へ直撃させる正確性。そして驚くべきは遥か上空の敵に瞬時に気づける凄まじい索敵能力。
もしかすると、この人物は俺が思っている以上にヤバイ存在なのかもしれない。
とは言っても、これは俺の夢だからこんな化け物は存在しないんだろうけど。もしも存在していたら魔王なんて既に倒されているはずだ。
ここまで考えたところで急に体全体を引っ張られるような感覚に陥った。きっと夢から覚めるのだろう。
夢とはいえ、良い物を見させてもらった。