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<イーズ>番外編 夢への通過点と漏らせない秘密

 「ここが騎士団本部ですか……。おっきいですねぇ」


 ボクの名前はイーズ。今日は騎士になるための試験を受けに来ました。本来なら試験はまだ先なのですが、ジークさんのおかげで急遽、入団試験を受けられることになりました。


 「うあぁぁ……緊張で手汗がヤバイですよぉ……」


 ただジークさんがボクに与えてくれたのは試験を受ける権利であって、騎士という称号じゃない。それはボク自身がこの先で掴み取らなければいけません。


 「鍛えてくれた師匠や、ここまで用意してくれたジークさんのためにも必ず合格してみせます……!」


 手に(にじ)んだ汗を握り潰すと、騎士団本部の扉を開きました。中は白を基調とした煌びやかな感じで、どこか神聖な雰囲気です。ボクの場違い感が尋常じゃありません。


 受付にはお姉さんがいました。おっぱいが大きいです。まぁ、戦いには必要の無い代物なので……全然悔しくなんてないですけど。


 「あなたがイーズさんですね。剣聖さまからお話は伺っております。私の名前はロイエ、以後お見知りおきを」


 「え……あ、はい。こちらこそ……よろしくお願いします」


 緊張し過ぎてちょっとだけ挙動不審になってしまいました。人付き合いの薄さが露呈してしまいます。


 それからロイエさんの案内で、ボクは広い闘技場のような場所にやってきました。ここは天井が無いのか空が見えます。


 闘技場には既に一人の男が来ていました。橙色の髪を短く刈った強面のワイルドな人で、まさに教官といった雰囲気です。めっちゃ怖いです。腰には大きいポーチを着けていて、武器らしき物は見当たりません。


 「ここからはイーズさん、あなた次第です」


 ロイエさんは一言だけそう言うと、クールに去ってしまいました。なんでさらにプレッシャーを掛けるんですかねぇ! もっと落ち着けるような言葉を所望します。


 「おい、嬢ちゃん。とりあえずこっち来いよ……話しはそれからだ」


 「あっ……はい」


 ボクは一歩一歩と教官の方へ足を進めます。一秒が長いです。お腹と心臓が痛くて吐きそうです。頭痛もしてきたような気がします。


 「……随分と緊張してるみたいだが、やることは簡単だ。っと、そうだ。俺の名はボールド=エレガン。気楽に教官とでも呼んでくれ」


 「イーズです、よろしくおねがいします。教官」


 「じゃあイーズ、得意な武器はあるか?」


 「えっと……レイピを使います。腰のやつです」


 ボクは腰に提げているレイピアを軽く叩きます。コンコンッと小気味良い音が鳴りました。ちょっと緊張が(ほぐ)れたような気がします。


 「ほう……」


 教官は腰の大きいポーチに手を入れると、ポーチよりも明らかに大きな木製のレイピアを取り出しました。


 「驚いたか? これは普通のポーチじゃない。空間魔法が込められたポーチだ。見た目よりも物が入る」


 驚愕が顔に出ていたのか、ポーチの説明をしながらボクに木製のレイピアを手渡してくれます。もしかすると顔に似合わず優しい人なのかもしれないです。


 「……何か失礼なこと考えてないか?」


 「い、いえっ! とんでもないです!」


 色々と鋭い人のようですね。冷や汗が吹き出ました。


 「まぁ良い。とにかくその武器で俺に一発でも当ててみろ。普段なら実剣でも良いんだが、剣聖の紹介だからな。さすがに木製で頼む。ああ、そうだ、使えるなら魔法も使っていいぞ」


 もしかしてボクって強いと思われてます? 勘弁してくださいよ。ジークさんのネームバリューでボクの評価が天井をぶち破っています。


 「よし、じゃあ自分のタイミングで仕掛けて来い」


 教官はポーチから木製の短剣を取り出しました。え? もう始まってる感じなんですか?


 何をして良いかわからないボクは、とりあえず攻めようと教官を見ます。しかし、隙の無い構えで攻めるタイミングがありません。


 「……でも、動かせば何かが変わるはずです」


 ボクは教官へ全速力で駆け出すと、その勢いを利用して一直線の突きを繰り出しました。


 ですが、短剣でレイピアの切っ先をずらされて威力が分散してしまいました。教官はボクの突きをいなした状態のまま、ノーモーションで短剣を振ります。


 ボクは咄嗟に後方へ跳んで、なんとかその一撃を回避しました。短剣が風を切ってヒュッと鋭い音がします。風を切った音から察するに、あの一撃は見た目以上に威力があったようです。


 「良い突きだ。それに俺の一撃を初見で避けるとは……中々見込みがある」


 教官は短剣を逆手に持ち替えて腰を低くします。


 「だが、それだけだ。剣聖の紹介と聞いてどんな化け物が来るかと思えば……ちょっと冒険者をかじった程度のガキでしかない」


 前言撤回です。この人は優しくなんてないです。まるで師匠を馬鹿にされたような気分ですよ。イラッとしました。


 「……」


 ボクは木製のレイピアに呪いを込めると、先ほどのように駆け出します。しかし、狙うの教官ではなく短剣です。


 「それはさっき見たぞ……」


 ボクの突きを防ぐためにレイピアを弾き飛ばそうと、教官は短剣を振り上げます。


 レイピアに短剣がぶつかる直前に僕はレイピアから手を離し、教官の足と足の間に滑り込みます。レイピアに掛けた呪いによってレイピアは一直線にボクの手元へ戻ってきます。ポルターガイストってやつです。


 「なにッ!?」


 教官の股座(またぐら)を通過した瞬間、即座に手に取ったレイピアで教官の背中を水平に斬りつけます。しかし、教官の反応速度は恐ろしいほどに速く、背中へ放った攻撃を振り向き様に振るった短剣で弾きました。


 「くっ……!」


 わかってはいましたが、これでもダメですか。少し期待してしまいました。でも狙い通りです。教官の短剣にレイピアを接触させることができました。


 「今のはかなり惜しかったぞ。()()()()なら殺せるかもな」


 まったく褒められてる気がしません。しかし、油断していてくれた方がありがたいです。既に教官はボクの術中に嵌っているのですから。


 ボクが内心でほくそ笑んでいると、初めて教官が仕掛けてきました。上等ですよ。迎え撃ってやります!


 短剣を逆手に持ち、腰を低くして地面を駆ける教官の姿は、まるで鋭い牙を持つ毒蛇が地を這っているかのようです。となるとボクは蛙でしょうか。


 教官が短剣を振りかぶります。この人の刃を振る直前に少し軌道を変えてくるので、どこを狙っているのか読めません。


 短剣に掛けた呪いを発動させた瞬間、()()()()短剣の振りが遅くなりましたが、すぐ元に戻りました。


 「なんで……!?」


 ボクは短剣の速度が遅くなった一瞬を狙って、一気にその場から離脱しました。ボクが短剣に掛けた呪いはレイピアに掛けた呪いと同じものです。作戦では短剣が勝手に動いて教官の手から離れるはずでした。


 ちなみにこの呪いの掛け方は、ボクが師匠と共に冒険者をしていた頃に開発したのです。(あらかじ)め自身の武器に呪いを掛けておき、接触した物体へ病のように感染させるといったものです。しかし、一つしか呪いを込められないのが難点です。


 「操作系の呪いか……。貴様に一つ教えてやる。騎士……いや、戦士にとって武器は命だッ!。易々(やすやす)と手放すわけが無いだろう」


 教官の言葉には少し怒気が含まれていました。ボクは教官の怒気を孕んだ迫力に一歩下がってしまいます。


 「しかし、試みは面白い……だが、貴様の実力も底が知れた。そろそろ終いにしよう」


 その一秒後、ボールド教官が背後に立っていた。そして、首にくらった鋭い衝撃と共にボクの瞼は強制的に閉じられた。




 「あ~あ、ボールドさん……またですか。やり過ぎないでって言いましたよねっ!?」


 イーズが気絶するとロイエが姿を現した。


 「大丈夫だ、怪我はさせてない。そもそもこのぐらいで気を失う方が悪い。最近の若い奴はヤワでいけねぇ」


 ボールドは悪びれた様子もなく、涼しい顔で自分は悪くないと言い放つ。


 「本当に信じられません! 相手は女の子ですよ!? いつもいつも容赦のない人だとは思ってましたが、こんな人だとは思ってませんでしたッ!!!」


 「こいつは騎士になるためにここ(騎士団本部)へ来たんだ。これ以上のことも覚悟してたはずだぜ。……それに言っただろ。怪我はさせてない」


 「はぁ……もうわかりました。……で、イーズさんの実力はどうだったんですか?」


 ロイエは諦めたような表情でそう告げると、次に思い出したかのようにソワソワとイーズの試験の合否をボールドへ尋ねた。


 「……合格だ。呪いの使用による機転の利いた行動、自身の力量を把握した引き際―――」


 「呪いですってッ!? それ大丈夫なんですか!?」


 ボールドの話しを遮って、ロイエが呪いという単語に食いつく。


 「あいつは呪いをしっかり制御してた。あの年齢で大したモンだ。……あと人が話してる最中は黙ってろ」


 「あっ……すみません」


 ボールドに注意されたロイエはしょんぼりと肩を落とした。自身の非は素直に認めるタイプのようだ。


 「……話を戻すぞ。さっき言った二つでも十分だが、なによりも決め手だったのは俺のカウンターを初見で避けやがった。それも初手の身体がまだ慣れてない状態で……だ」


 「それは凄いですね……! 確か、初見で避けられた人は今までいませんでしたよね」


 「ああ……ちょっと自信失くすぜ」


 ボールドは自分のカウンターに余程の自信を持っていたのか、どこか表情が暗い。


 「よっこらせ……。とりあえず俺はこの()()()()()を寮に運ぶかね」


 ボールドはイーズを横抱きに担いだ。所謂(いわゆる)、お姫様抱っこである。マコトが見たらどう思うだろうか。


 「なんでしょう……犯罪臭がします」


 「うるせぇ……いつまでもこんな硬い地面に寝かせてたら体を痛めるだろ。それに……焚きつけるためとはいえ、少し厳しいことも言っちまった。……せめてこのくらいはしねぇと」


 「……本当、素直じゃないですね。あなたが女の子を抱えてたら問題になります。私が連れて行くので代わってください」


 「……それもそうだな。じゃあ悪いけど頼む」


 そして、イーズは騎士団本部から数百メートルほど離れた見習い騎士の寮へと運ばれた。




 「うっ……! いったぁ……ここどこですか……?」


 首の痛みで目を覚ましたボクは、知らない天井のシミを眺めていました。すると何者かがボクの顔を上から覗きこんできます。


 「あっ! 良かった……起きたんだね」


 「うわぁッ!!!」


 突然のことで驚いたボクは体が勝手に飛び起きて、その人物と頭をぶつけてしまいました。首の痛みに頭の痛みも加わったボクはその場に(うずくま)ることになります。しかし、それは相手も同じようでした。


 「うぅ……痛い……。驚かせちゃってごめん! 自分はシークって言うんだ。同じ部屋で過ごす者同士よろしくね!」


 「こちらこそごめんなさい……! ボクの名前はイーズです。……ん? 同じ部屋?」


 「イーズちゃんも試験に合格したんでしょ? ここは見習い騎士の寮だよ」


 なんですって!? じゃあボクは騎士になれたんですね! ボールド教官には一撃も当てれられなかったし、怒らせてしまった場面もあったような気がするので不合格だと思っていました。


 「それにしても同じ年齢くらいの女の子と同じ部屋だなんて嬉しいです! ボクってば人見知りなので異性とか年上だと緊張しちゃって……女の子の友達とかもいたことなくて……。……あ、あのっ! シークちゃんって呼んでも良いですか?」


 「え……ああ、全然大丈夫だよ。自分もイーズちゃんって呼ぶしね」


 やったああぁぁぁッ!! これはもう実質お友達ですよね!? シークちゃんは本当に可愛らしい女の子です。快晴の青空のような綺麗な淡い空色の髪に澄んだ茶色の瞳が素敵です。

 ちょっと微妙そうな表情が気になりますが、きっとまだ頭が痛いのでしょう。ボクも痛いです。


 「すみませーん、イーズさんとシークさんはいますかー?」


 部屋の扉がコンコンッと軽くノックされ、ロイエさんの声が扉越しに伝わってきます。


 「あ、はーい。すぐ開けますね」


 シークちゃんはふらふらと立ち上がると扉を開けました。


 「ありがとうございます。良かった、二人ともいますね。えーと……(ひたい)が腫れているようですが、何かありましたか?」


 ロイエさんはボクとシークちゃんの額を交互に見ると疑問を口にします。


 「い、いえっ! 自分がイーズちゃんを起こしたときに少しぶつけてしまっただけです」


 「そうですか……それなら良いのです。それと急ですが、次の訓練には参加しなくて大丈夫です。代わりにイーズさんに騎士寮の案内をしてあげてください。説明などは全てあなたに任せます」


 「えっと……わかりました。頑張ります」


 「それと、イーズさんに見習い騎士の制服をお持ちしました。訓練などの際はこちらに着替えてください」


 用件を伝えてからボクに青を基調とした見習い騎士の制服を渡すと、ロイエさんはすぐにスタスタと早足でどこかへ行ってしまいました。


 「はぁ……どうしよう」


 ロイエさんが去ると、シークちゃんは不安そうに顔を曇らせて溜息を吐きます。


 「どうかしたんですか?」


 「実は自分も一ヶ月くらい前に見習い騎士になったばかりでさ、人に案内できるほど寮のことを把握してないんだ」


 「じゃあボクとシークちゃんは同期みたいなものですね」


 「そうなるね。……なんでロイエさんはボクに任せたんだろう」


 「きっと同性だからです! ロイエさんは気を遣ってくれたんですよ!」


 騎士団は男性が多いと聞きます。性別が同じなら色々と気兼ねしなくて良いということなのでしょう。


 「……違うと思うけどなぁ」


 シークちゃんは何か考えるように唸っています。まだ頭が痛いのでしょうか。そろそろ心配になってきます。


 「じゃあ早速着替えますね!」


 ボクは制服に着替えようと今着ている服に手を掛けました。もらった制服は肌触りが良く、さらに触っただけで丈夫だとわかります。


 「あわわわわっ!! じ、自分は外にいるからッ!! 着替えたら呼んでね!」


 そう言うとシークちゃんは顔を真っ赤にして部屋を飛び出しました。同性なら気にしなくても良いと思うのですが、ボクの感覚がズレているのでしょうか。


 こういった服装は初めてじゃないので、すぐに着替えは終わりました。制服もスラックスもボクにピッタリの大きさです。一体いつ測ったのでしょう。


 「終わりました。これ着心地良いですね!」


 「早かったね。初めてならもう少し掛かると思ったんだけど……」


 「こういう服は着たことがあるので! それにしても、ロイエさんはどうしてボクの服のサイズを知っていたのでしょう……?」


 「ああ。それはね、騎士の制服に持ち主の体格に自動で調整される素材と魔法が使われてるからだよ! 自分も初めて来たときは驚いたんだ……」


 シークちゃんはどこか遠い目をして明後日の方向を見ています。一ヶ月前を思い出しているのでしょうか。


 「……とりあえず行こう! 自分のわかる範囲になっちゃうけど頑張るよ」


 それからシークちゃんは、ボクに見習い騎士の寮で主要となっている施設を案内してくれました。


 座学や戦術を学ぶ教室。なんと豪華なことに大きなお風呂までありました。他にも一日のスケジュールや訓練の内容など様々でした。覚えるのが大変そうです。


 「最後に……ここが食堂。ご飯はここで食べるんだ。バイキング形式だから好きなだけ取って良いけど、それは他の人も同じ。あんまり来るのが遅いと無くなってるから気をつけてね」


 下手をすれば一食抜くことになるというのですか。それは恐ろしいです。騎士とは弱肉強食の世界だったのですね。


 「なんか良い匂いがします……!」


 食堂に入ってからずっと気になっていました。食欲をそそる肉の香り、涎が出そうです。いや、もう出ています。


 「もうすぐ昼食だからだよ。丁度良いし、昼食ができるまで待たせてもらおうか。他のみんなには悪いけどね」


 シークちゃんは口の前に人差し指を立てると、悪戯をする子供のような笑顔でボクに微笑みかけます。朝から何も食べていない僕は、もちろんそれに賛同します。むしろ良いの!? って感じです。


 「シークじゃないか。こんな時間に来るなんてサボりかい? あんたもワルになったもんだね、最初はあんなに礼儀正しくて可愛い子だったのに……」


 「ち、違いますっ! ロイエさんから新しい子に騎士寮の案内をするように言われたんです! それに自分はまだ一ヶ月目です」


 厨房から恰幅の良いおばちゃんが顔を出します。あの人が料理を作っているのでしょうか。先ほどの笑みが嘘のようにシークちゃんは慌てています。


 「あんたが新人かい。可愛い子じゃないか。シーク、大事にしてやんなよ」


 そう言い残すと食堂のおばちゃんは厨房の中へ顔を引っ込めました。それにしても、ボクが可愛いですか……。えへへ、照れちゃいます。


 「……もうっ! あの人はいつもからかってくるので苦手です」


 しばらくすると厨房に付いているカウンターに、続々と大量の食べ物が乗せられていきます。肉と野菜の炒め物や具沢山のスープなど、一度にたくさん作れて栄養もある料理が作られているようです。


 「な、なんですか!? こんな量のご飯見たことありませんっ!!」


 「毎日こんな感じだよ。これだけの量を作れる食堂のおばちゃんはきっとボールド教官よりも強い」


 「……同感です」


 ボールド教官ですか……。あの人より強い人はそうそういないのでしょうが、シークちゃんの言葉に納得してしまうくらいの料理の量です。


 昼食を食べ終えたボクたちは昼食後から訓練へ参加することになりました。


 ちなみに、あのボールド教官が全ての訓練を受け持つそうです。今から怖くて仕方ありません。訓練はボクがボールド教官にボコボコにされた騎士団本部の闘技場で行うのだとか。


 「訓練って言っても体力作りのために走り込みとか単純なものだけどね……」


 言葉とは裏腹にシークちゃんは憂鬱そうです。覚悟はしていましたけど騎士団の訓練は、やはりキツイのでしょうか。ボクまで憂鬱になってきましたよ。


 そんなこんなで騎士団本部に辿り着いたボクたちは、受付のロイエさんに一言だけ挨拶をして闘技場へ向かいます。

 他の人よりも早く昼食を食べて、すぐに来たおかげかボクたちが一番乗りのようです。


 「おお、イーズじゃねぇか。初日から俺より早く来るなんて感心だ」


 背後からボールド教官に声を掛けられました。急なことで身体がビクッと驚きます。心臓に悪いのでやめてほしいです。


 「驚かさないでくださいよ、ボールド教官。あと自分も忘れないでください」


 「あー? シークか。おまえは今日こそ完走しろよ」


 「ちょっ!? イーズちゃんの前でなんてこと言うんですか! 情けない奴だと思われてしまいます!」


 自分の名前が呼ばれなかったことに抗議するシークちゃんに対して、ボールド教官は投げやりに言葉を返します。おそらくシークちゃんがさっき言っていた走り込みの件でしょう。


 「完走できてないんだから情けないだろう。何を言ってんだ」


 「ぐぬぬ……」


 それからチラホラと他の見習い騎士も集まり始め、訓練の開始時刻となった。


 「よーし……全員いるな。……喜べ、ウジムシ共ッ!! 今日も前回と同様に走り込みだッ! 今回も完走できなかった無能は今日の夕食の時間を返上して再開だ」


 なんですって!? つまり、夕食抜きということじゃないですか!! この人はやはり悪魔でした。


 というか色々な方向から視線を感じます。他の見習い騎士がボクのことをチラチラと見てきます。でも知らない奴がいたら当然かもしれません。


 「あー、それとだな。今日から新たに一人、見習い騎士が増えた。おらっ、イーズ。こっち来い」


 ボクはボールド教官に言われた通り、ボールド教官の前に行きます。その瞬間、見習い騎士全員の視線がボクへ集まりました。シークちゃんが遠くにいるように感じます。


 「今日からおまえらウジムシ共の仲間となるイーズという名のウジムシだッ!! もちろん途中参加だからといって特別扱いするつもりは毛頭ない。今日から早速おまえらウジムシと混じって走り込みをしてもらう」


 「……」


 大丈夫です。冒険者をやっていたボクなら大丈夫なはずです。それにキツイのは覚悟しています。


 「ウジムシ共オオオッッ!! 返事が聞こえないぞッ!!! 貴様らには脳みそも入ってねぇのかアアアッッ!!!! 新しい仲間だぞ、歓迎する気持ちくらい見せねぇかッ!」


 パチパチと小さな拍手が聞こえます。シークちゃんがボクへ拍手をしてくれているようです。そして、それに連なるように拍手の音はどんどん大きくなっていきました。


 その三時間後、ボクは闘技場に地面に倒れ伏していました。倒れているのはボクだけじゃありません。シークちゃんや他の見習い騎士たちも倒れています。走り込みが終わったのです。


 「なんなんですかあれ!? あんな広い闘技場をニ百周しろだなんて頭沸いてんじゃないですかッ!?」


 休憩するためにシークちゃんと共に寮へ戻っていたボクは、今回の訓練を受けて色々と爆発しそうでした。


 「みんなそう思ってる。でも凄いよ、イーズちゃん。まさか初日で走りきっちゃうなんてさ……自分もなんとか完走できたけど後半からの記憶が曖昧だよ」


 「冒険者やってましたからね。だとしてもかなりヤバかったですけど……普段からあれ以上の運動量をこなせる騎士団は怪物です」


 冒険者という過程を踏んでいなかったら……そう思うとゾッとします。見習い騎士でも相当なのに正式な騎士になったらどうなってしまうんでしょう。改めてボールド教官が化け物だと実感できます。


 そんなことをシークちゃんと話しながら寮に戻りました。そして、三十分の休憩を挟んで次の訓練が開始されました。


 次は見習い騎士寮の地下にある訓練場で模擬戦を行うとのことです。もちろんボールド教官が受け持ちます。

 三十分の休憩で疲労が完全に抜けるわけもなく、ボクはまだ足どころか全身が痛いです。それはきっとシークちゃんや他の見習い騎士も同じでしょう。


 ちなみに模擬戦は二人一組でペアを組んで一対一で試合し、それを教官が見回って指導するというものでした。ボクは当然シークちゃんと組むことになりました。シークちゃんは手に木製の短剣を持っています。どうやらあれがシークちゃんの使う武器のようです。


 短剣は見たボクは背筋が凍りました。なんの抵抗もできず、情けないほど簡単に意識を刈り取られてしまった数時間前の入団試験を思い出したからです。


 開始してから数分は、お互いが遠慮気味に武器を振るっていましたが、ボールド教官に「生ぬるいことしてんじゃねぇぞッ!!」と怒鳴られてからは本気です。


 冒険者として日々、魔物を討伐していたボク、見習い騎士として地獄の訓練を一ヶ月積んだシークちゃん。純粋な武器の実力は互角でした。


 そして訓練が完全に終わる頃には、辺りが夕焼けに包まれていました。次は各自、二時間の休憩の間に入浴と夕食を済ませます。空腹で今にも倒れそうなボクは夕食が先です。


 今日の夕食はカレーライスのようです。このカレーライスという食べ物は伝説の冒険者アキヒロの好物としても有名です。


 シークちゃんは先にお風呂へ入るそうです。夕食を一緒に食べられないのはとても残念ですが仕方ありません。それに出会って初日の人間と一緒にお風呂に入るなんてハードルが高いです。


 ボクは大盛りのカレーライスが乗ったトレイを持って、一人で席に着くとスプーンを手に取りました。


 「カレーライス……話には聞いていましたが、これほどとはッ……!!」


 嗅いだことのない匂いですが、なんと食欲をそそるのでしょう! 少し辛いですが、野菜や肉などが入っていて具沢山で具材から出た旨みで味も最高です。結局、五杯おかわりしてしまいました。


 夕食を済ませたボクは部屋に戻ると、タオルと着替えを持って大浴場に直行しました。大浴場は男湯と女湯に分けられていて、わかりやすいように青と赤で表示されています。


 ボクが女湯に入ろうと入り口に近付いたその時。


 「あっ……」


 「えっ……」


 男湯から髪の毛が水滴でしっとりしたシークちゃんが出てきました。


 シークちゃんはボクの姿を視認すると、その場から一目散に走り去ってしまいました。


 「……きっと気のせい……ですよね……?」


 とは言うものの今しがた見た光景をすぐに忘れられるはずもなく、ボクは頭を洗いながらシークちゃんのことを考えていました。


 「まさか、シークちゃんは……シーク()()だったのでしょうか……!」


 ちなみに騎士は女性が少ないこともあって、女湯はほとんど貸切状態です。魔石の力によって流れているお湯の音だけが浴場に響きます。


 「部屋に戻ったら聞いてみましょう……!」


 そう決めるとボクは浴場から出て、全身に付着した水分を拭いて着替えます。僅か五分の出来事です。


 そして、真っ直ぐと部屋に向かいます。でも、どんな顔してあったら良いのでしょう。


 部屋に着いたは良いですけど、まだ思考が頭をグルグルと駆け巡っています。ですが、扉を開けないことには何も始まりません。


 「シークちゃん……なんで男の子って言ってくれなかったんですか……?」


 「……嫌われたくなかったんだ。ごめん」


 無言が十秒ほど続いてから、シークちゃんは絞り出すような震えた小さな声で告げます。その声は触れれば崩れてしまいそうなほどに儚いものでした。


 「ずっとだよ……この見た目のせいで女だと間違えられてきたんだ。でも自分が男だと知ると、みんな気持ち悪がって離れちゃったよ……女性も男性もね」


 そう語るシークちゃんの声は冷静で、何かを諦めているようにも思えます。


 そんなシークちゃんをボクは抱きしめます。温かい人の体温です。


 「気持ち悪いなんて思わないし、嫌いになんてならないです。ボクが初対面で女の子って間違えちゃったから言い出し辛かったんですよね……。ボクの方こそごめんなさい」


 ボクがしっかりとシークちゃんの話を聞いていれば、こんなことにはならなかったんです。一人で舞い上がっちゃって本当にバカです。


 「性別なんて関係ありません。女の子だろうと男の子だろうと……シークちゃんは僕の大切な友人です」


 「……出会って一日の女の子にそんなこと言われるとは思ってなかったよ」


 「うっ……。もしかして……嫌でしたか……?」


 「なに言ってるのさ。嬉しいに決まってるよ……とってもね」


 シークちゃんは少し赤く腫れた目で笑いました。ボクたちは本当の友人になれたのでしょうか。


 「じゃあ、お返しにボクの秘密も教えます!」


 ボクはそこらへんにあった枕に呪いを掛けて浮かせます。ポルターガイストってやつです。


 「え……え? なにこれっ! どうなってるの!?」


 「呪いですよ」


 世間一般では呪いは不吉なものとされています。普通の魔法と使い方は同じなのですが、使用者の魔力の質が特殊でなければ呪いを扱うことはできません。


 昔はそういった魔力を持つ者は忌み子として処分されていたらしいです。今でも一部ではそういう風潮があるようで、ボクも危なかったです。


 「イーズちゃんは呪いが使えるんだね……」


 「怖い……ですか?」


 ボク自身、内心ではビクビクしています。呪いを使えるせいで今までも散々な目に遭ってきました。嫌われたり、怖がられたりもしました。


 「ちょっとね。でも、イーズちゃんはそれで自分に何かするの?」


 「と、とんでもないですっ! なんでシークちゃんにそんなこと……。ボクが呪いを使うのは敵に対してだけです!」


 以前はヤンチャしてましたが、今は心を入れ替えたのです。


 「じゃあ何も怖くなんてないよ。むしろ同じ騎士として心強いくらいだ」


 それから深夜までボクたちはお互いのことを語り合いました。失敗談で笑い合ったり、しんみりしたり。ですが、残念なことに夜が来れば朝が来ます。当たり前です。


 次の日、寝坊したボクたちは朝食を食べ損ねたうえに、訓練にも遅刻しました。もちろんボールド教官にボコボコにされました。

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