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第十二話 死を呼ぶ空腹と醜い豚

 受付での失敗から次の日、俺とイーズはまた西の森へ来ていた。無論、昨日の失敗を挽回するためである。


 「オークの肉は持って帰るんだろ? 血抜き忘れないようにしねぇとな……ぬかるなよイーズ」


 「わかってますよ。師匠こそ……前回みたいに獲物をみすみす逃がすような真似はしないでくださいよ」


 「……わーってるよ」


 むっ……口の減らない奴だ。しかし事実であるため俺は口を(つぐ)むしかない。


 ちなみに今日の依頼はキャノンバニーの討伐ではない。


 「それにしてもオークの討伐ですか……。あいつには苦い思い出しかないので正直ちょっと心配ですよ。それに昨日、注意されたばかりですし。……よく受理してもらえましたね」


 今日こなす依頼はオーク三匹の討伐だ。この依頼を受けることにイーズも最初は乗り気だったが、いざ現場に着くと少し不安そうな表情を見せた。

 オークに捕まった女性の末路は誰もが知っている。そんな恐ろしい魔物(オーク)の囮をしたのだ。それに二日前とまだ記憶に新しい。


 「もちろん最初は止められたけどな。オークを一度討伐した実績とイーズの願いだってことを話したら渋々だけど受理してくれたぜ」


 「あの人(ウーム)、優しいのでボクは好きですよ。それに、オークの肉は美味しいみたいですからね! ボク食べてみたかったんです!」


 どうやらイーズの中では不安よりも食欲の方が勝っているらしい。自分を追い掛け回した奴(オーク)を食べたいだなんて、酔狂な奴だ。

 さっきまでの俺の心配を返して欲しい。


 「そのために麻袋も大きいのを買ったんですから!」


 リュックから少しだけ顔を出している畳まれた麻袋をイーズは自慢げに俺へ見せてくる。


 「……前々から思ってたけどよ、そのリュック邪魔じゃないか?」


 俺は必要最低限の道具だけあれば良いので、腰からポーチを提げている。これなら動きも阻害されない。


 しかし、イーズは違う。あいつは大抵リュックを背負っている。それもそこそこ大きいやつだ。遠出するならわかるが、今回のような近場ならリュックである必要は無い気がする。


 「うーん、そうですね。少し邪魔ですけど、たくさん入るじゃないですか。依頼の達成に必要な魔石だったり、お腹が空いた時の食料だったり、今回みたいに美味しい物が手に入る時はたくさん持ち帰って食べたいですし……」


 「ほとんど食べ物のことじゃねぇかッ! ……あぁ、真面目に考えて損したぜ」


 「なに言ってるんですか! お腹が減ると死んじゃうんですよ!? 空腹は敵ですッ!」


 イーズが急に声を張り上げる。あまりの気迫に俺は思わずあとずさる。木の枝にとまっていた小鳥たちも羽ばたいて逃げていった。


 イーズは餓死で死に掛けている。そのことを失念していた。それにスラムで暮らしていた経験もある。だからだろう、腹が減ると死ぬ……その言葉には妙な説得力があった。


 「ご、ごめん。謝るから少し静かに……!」


 だが、今は場所が悪かった。ここは西の森だ。言わば敵地のど真ん中である。そんな場所で大声を出したらどうなるか。


 「ほらぁ……来ちゃったよ」


 ドスドスッと足音を立てながら近づいてくる一つの大きな影。


 「す、すみません……つい」


 二メートルを超える身長と横綱のように太い胴体と手足を持つ、醜い豚の顔をした魔物。


 オークだ。


 「ブオッ……ブオオオォォォォッッ!!」


 イーズを見たオークは興奮したのか雄叫びを上げる。


 「イーズ……おまえをご指名みたいだぜ?」


 「いえいえ……ボクの見立てによれば、あのオークは同性愛の気があります。その証拠に師匠へ熱い視線を送っているじゃないですか」


 うん、確かに熱い視線を感じる。しかし、それは好意とは違う。むしろ真逆のモノだ。


 「いや、あれは睨まれてるだけだろ……」


 オークは男が嫌いだ。理由はわからないが、オークは全種族のオスを嫌う傾向があるようだ。図鑑で読んだことがある。

 それにオークはゴブリンと同様にメスが存在しない。なので他種族のメスがいなければ子を成すことができない。ゴブリンと同じだ。


 ゴブリンと決定的に違う点は群れないことである。ゴブリンのように群れで活動していることは極稀だ。そのため捕らえた他種族のメスをゴブリンのように共有することはない。

 それが理由なのかオーク同士で殺し合いが起きることも珍しくないらしい。


 「ブオオオオォォォッ!!」


 「やっべ、突っ込んできた! 左右に避けるぞ、挟み撃ちだ!」


 咄嗟に俺は左、イーズは右というように横へ跳ねることで、オークの突進を避けることに成功した。


 「あっぶねぇ……イーズ! 無事か!?」


 「はい、大丈夫です!」


 「よし、俺が気を引くからイーズは呪いとかで足止めしてくれ! 様子を見てとどめを刺す」


 「わかりました!」


 イーズは少し下がって呪いを掛けるために詠唱をし始めた。


 「ブオオォッ!」


 不吉なものを感じたのか、オークがイーズへ突進しようとする。


 「きゃあっ!」


 「させねぇよッ!」


 俺は加速する歯車(スパークアクセル)を使ってオークの正面に回りこみ、加速と踏み込みを強化した全力の大振りパンチをオークの腹へ放った。


 「ブモォッ!?」


 「チッ、これじゃ決定打にはならないか」


 オークは少しだけ吹っ飛んだが、すぐに立ち上がる。大したダメージにはなっていないらしい。前回のオークくらいの強さならもっと効いているはずだ。

 でも、これでイーズから引き離すことはできた。


 「すみません、ありがとうございます」


 「おまえは詠唱に集中しろ、攻撃は全て防いでやる」


 ん? 今の俺ってめっちゃ頼りになってる?


 「その腹立たしいドヤ顔が無ければ、かっこよかったですよ……」


 「うるせぇっ! さっさと詠唱してろってんだ!」


 口の減らない弟子を尻目に、俺はオークへ雷撃(サンダーボルト)を放つ。狙いはさっきパンチを当てた腹だ。

 しかし、オークは腕を横に振るうことで雷撃(サンダーボルト)を弾いた。


 だが、さすがに無傷とはいかなったようで、雷撃(サンダーボルト)の当たった腕が少しだけ黒く焦げた。

 大したダメージにはならなかったようだが、今はそれで問題ない。


 「大丈夫……想定内だ」


 最後にタメありの雷撃(サンダーボルト)を放てれば俺たちの勝ちだ。それにはイーズがオークの足止めをする必要がある。

 だから、今は奴の気を引ければそれで良い。


 オークの奴はチラチラと何回もイーズを見るが、その度に俺がオークへと攻撃を加え、イーズへ向けられた注意を逸らす。

 そんなことを数回ほど続けていると、その時は訪れた。


 「……愚者の警告(フールドローレ)


 詠唱を終えたイーズは自身の持つレイピアの切っ先をオークへ向けた。


 すると、レイピアの刀身がじわじわとイーズの髪のような毒々しい紫色の(もや)に包まれた。その靄はレイピアの切っ先から漂うようにゆっくりと放たれると、オークの頭部へ吸い込まれた。


 「ブオッ!? ブオオオオオッ!! ブオッ、ブオッ!」


 紫の靄が吸い込まれると同時に、オークは突如として頭を抑えながら苦しみだした。


 詠唱時間は長かったが、呪いの効果は絶大だった。それはオークの汗や唾液、涙を撒き散らしながら悶え苦しむ様を見ればよくわかる。そろそろ出血までしそうな勢いだ。


 「イーズ、よくやった!」


 これで心置き無く、とどめの雷撃(サンダーボルト)を放てる。


 「あの呪いは解けるまでの時間が相手によって変わります。その度合いは使用者のボクもわかりません。油断はしないでください!」


 なるほどな、それは不味い。急いでとどめを刺さなければ。


 「放電(スパーク)……」


 俺は先ほど放った雷撃(サンダーボルト)の倍以上の魔力と電気を指先に込める。そして、それらを込めれば込めるほど、形成される雷撃(サンダーボルト)はどんどん大きくなっていく。


 「最後の訓練を思い出すな……」


 俺が城の訓練場で周囲への被害を考えずに放った全力の雷撃(サンダーボルト)。今となってはその行動を後悔している。

 あの行動を光輝たちはどう思っているだろうか。


 「まあ、良く思ってるはずは無いんだけどな……はぁ」


 既に雷撃(サンダーボルト)の大きさは城の訓練場で放ったものと同じくらいになっていた。ところが、以前と違って痛みは感じない。

 間違いない、俺は確実に強くなっている。


 「あとは圧縮して威力を高めるだけだ」


 俺の頭よりも一回り大きい雷撃(サンダーボルト)をテニスボールほどの大きさに小さく圧縮する。こうすれば爆発的に威力を高められる。


 これで準備は整った。掛かった時間は三十秒ほどか? 少し悠長だったな。


 「いくぜ……雷撃(サンダーボルト)ッ!」


 魔力を爆発させて放たれた雷撃(サンダーボルト)はバチバチッと激しい音を立てながら、弾丸のような速度でオークの頭部へと突っ込んでいく。


 そして、オークの頭部へ当たった際に一瞬だけ強い光を放った。光が晴れると、そこには首の無くなったオークが立っていた。次の瞬間にはバタンッという大きな音と共に倒れて二度と起き上がってくることは無かった。


 「……あっ! お肉、お肉とらなきゃ!」


 時間が経てば魔物は魔石になってしまう。そのことを思い出したのか、イーズはリュックから急いでナイフを取り出し、首の無いオークに少しも恐れること無く近づいた。


 「とりあえず、胸肉ともも肉だけもらいますか……」


 イーズは慣れた手つきで血抜きをしながら、オークの胸肉ともも肉を切り取って大きな麻袋へ詰めていく。そして、最後にオークの魔石を回収して、小さい麻袋へ詰める。


 「凄いな……随分と手馴れてるじゃないか」


 「やらなければならない時期がありまして……慣れてしまいました」


 俺が声を掛けるとウキウキとした表情から打って変わって、顔を曇らせた。


 「い、依頼なんて早く終わらせてさ、カインさんにその肉で飯でも作ってもらおうぜ!」


 「もちろんですよっ! ボクはそのためにこの依頼を推したんですから!」


 飯の話をした途端、イーズはキラキラと赤い瞳を輝かせて笑顔になった。イーズの地雷がちょっとわからないぞ。


 それからも同じ手順でオークを二匹討伐し、王都へ戻った。


 「おかえりなさい、無事で良かったです! 怪我もしていないみたいですね」


 「そこそこ楽勝だったぜ!」


 「そうですね、むしろボクは行きと帰りの道のりの方が疲れましたよ」


 この言葉は強がっている訳では無い。実際にそうだったのだ。


 「そうみたいですね……二日前、オークと戦って帰って来た時と比べても表情が明るいです」


 ウームは笑顔でそう述べた。他人の目から見ても俺たちは以前より強くなっている。その事実は俺が光輝に近づけている証拠でもあった。


 「それでは魔石のご提示をお願いします。解体した素材などもありましたら、それもご提示ください」


 「聞き忘れてたけど、魔石とか素材は持って帰れるのか?」


 うっかりしていた。何故こんな大事なことを真っ先に聞かなかったのだろう。


 「はい、問題ありません。ですが提示はしていただきます、規則ですので。それと持ち帰る魔石や素材の報酬は出ませんので、(あらかじ)めご了承ください」」


 良かった。これでダメですなんて言われたらイーズが泣き出してしまう。


 俺はオークの魔石を三つと解体したオークの肉を取り出した。


 「あっ……お肉……」


 リュックからオークの肉を取り出す際にイーズが名残惜しそうな声を上げる。まるでおしゃぶりを取り上げられた赤ん坊だ。


 「このオーク肉……マコトさんが解体を?」


 「いや、イーズだ。凄いもんだろ? 俺も驚いた」


 イーズの解体技術は素人目の俺から見ても、速く、精密で素晴らしいものだった。


 「これは凄いなんて簡単な言葉で済む物ではありません! 血抜きの加減、肉の大きさ、そして刃の入れ方。どれをとっても一級品です! 前回のキャノンバニーの解体が悔やまれます」


 イーズの解体技術がどれほど素晴らしいものか力説するウーム。熱が入り過ぎててちょっと怖い。それとキャノンバニーの件は掘り返さないでくれると助かる。


 「……このオーク肉、換金する気はござ―――」


 「ありませんッ!! そのお肉はボクの物です! 後で大事に食べるんですから!」


 ウームがオーク肉の換金を進めてきた瞬間、先ほどまで黙っていたイーズがウームの言葉を遮って声を張り上げた。そして集まる周囲の視線。


 「イ、イーズ? みんな見てるから……ちょっと落ち着こうぜ? な?」


 「……す、すみません! ボクったらなんて見苦しいことを……」


 俺の声で自身に集まる視線に気づいたのか、イーズは顔を赤く染めて(うつむ)いてしまった。


 「……まあ、そんな訳だ。こいつは食べ物の事になると熱くなっちまうんだ。換金は諦めてくれ」


 「そのようですね、今回は諦めるとしましょう。遅くなりましたが、報酬をお渡し致します……オーク一匹で銀貨二枚ですので、銀貨六枚になります。お受け取りください」


 「おう、いつもありがとな!」


 それにしてもオークって(もう)かるんだな。キャノンバニーで銀貨六枚を集めようとすれば、二十匹狩らなければならない。しかし、オークであれば三匹で済む。


 「イーズちゃん、何かに熱くなれるのはとても良いことだと思います。これからもその気持ちを大事にしてくださいね」


 「……あ、ありがとうございます。ボク、そんなこと言われたの初めてで……嬉しいです。……えへへ」


 イーズはウームに心を開きつつある。何度も顔を合わせているうちに慣れてきたのだろう。同性ということも大きいはずだ。


 それから三十分後、俺はオーク肉を抱えたイーズと共に殺戮亭へ戻った。


 その夜の夕飯は全皿がオーク肉だった。野菜なんてスープに入っている物くらいだった。


 俺はまだ知らなかった。

 これが三人で囲む最後の食卓だと言うことを。

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