断片1(杠 蓮美)
「いつから自殺願望を持ってましたか?」
「難しい質問ですね。」
「では、死にたいとか思う頻度はどのくらいかな?」
「週...3?くらいかな。」
「なるほどね。」
「いや、やっぱ週4で。」
「わかった。」
私の寝転がったベッドから2メートル先でこの会話を記録しては話をし、また記録する。
私が言い直したために、ボールペンが2つ軽快に紙面を転がる音が鳴った後、丁寧に書き直した。
彼は、私の担当を受け持ってしまった。哀れな哀れなカウンセラー。何科の医者だとか、はたまた研究者だとか。そういったことは知らないままここまで来た。約三年前、私が浴槽で手首を切り、緊急搬送され、不幸にも一命を取り留めてしまってからの付き合いである。ねぇ哀れなカウンセラー。
「今回わすみませんでした。また...その...し、死のうとして。」
彼は私が言葉に詰まってしまったのを聞くと振り返って、いつもは素っ気なしに餌を食べる愛玩動物が時たま見せる甘えに遭遇したような眼で見る。
「いいんだよ。人はそれぞれ、生きていれば死にたいと思うことだってあるし。先生だってそんな時期あったしね。」
私は知っている、彼の左手首に残っている傷跡を。
「だけど...」
彼はさらに話を続けた。
「だけど本当に死のうとするのはよくないかな?毎回毎回あの出血量やら、意識失いかけてる状態で来られると、君の体がもたないし。」
「いいんですよ先生。本当に死にたいんですから。」
「そんなに死にたいなら見つからないようにしなよ?今度は...」
「見つからないようにしようとおもうんですけど、少し怖くて。」
「何が?」
「ネズミとかゴキブリとか...。」
「なにも路地裏だけがが見つからない場所ってわけじゃないよ?」
「じゃあどこですか?教えてください。」
彼は少しの間考えたあと、
「考え方を変えてみたら?いっそガス中毒とか練炭自殺とか...」
「先生、前に言いましたよね?自分の体を痛めつけなきゃ私にとって自殺という行為ではないと。寝てる間に勝手に死ぬとか、そんなのナンセンス過ぎます。」
「ごめんごめんっ、」
私が、身勝手すぎる人の道理から外れている持論を展開しても、まるで子供の我儘を諭すようにすぐに謝ってしまうところをみて、私は彼にそこのしれない大人の余裕を感じるのだ。
そしてその目に、私が本当に死ぬことは出来ないであろう事と、本当は死にたいなんて思ったことない事を見透かされたような気になるのは毎度のことだ。
・・・本当はもう看破されているのかもしれない。
私は久しく使っていない両足を地につけ、誰がもってきたのかわからない冬物のコートに身をつつむ。そして足を慣らすために室内を軽く歩き回る。その行為の途中で。
「はいこれ、退院祝い。今度は元気な状態で会いに来てね。」
と、彼から飴を一つ貰うのが習慣である。元気な状態と言えば、片腕血まみれでも私の頭の中は血気盛んに意識を失っているのだけれど。部屋を後にして、私は病院の外に向けて、なれた足つきで歩く。もうすっかり覚えてしまった。三階のキッズスペースには、大きなモミの木の模型に、きらきらと星の飾りがついていて、てっぺんやら木の周りには雪に模した綿がちりばめられていた。
そういえば、もう今年も終わるのか。来年はやめられるかな...リスカ。