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第8話 苦いコーヒー

 それは猪型の妖魔を倒してから半月ほどたったある日の事だった。


「よっと」


 その軽い言葉とは裏腹に、剣に込められた力は強い。その剣にまとわりつくように黒い霧上の線が流れ、鹿型の妖魔の首が飛んだ。

 そんないつも通りの光景を遠目に見ていたアシアラだったが、その手際の良さにはいつも驚かされていた。

 体当たりが直撃したらひとたまりもなさそうだが、器用に避けるものだ。そこから抜かれた刃の速さは目で追えない。他の傭兵を見たことはないのだが、アルバの剣さばき、ナイフさばき共に素晴らしいのだろうと思えていた。


 だからこそ、以前から考えていた事があった。


 アルバが依頼人の元から戻ってきたので、急いで駆け寄る。いや、決して急ぐ必要などないのだが、決心と共に、何か急かされるような気分があった。

 戻ってきたアルバも、普段と少し違う目つきをしたアシアラを見て怪訝なそう顔をした。何だか嫌な予感がする。アシアラの目の輝きは、ろくな企みではないはずだ。


 そんなアルバの不安など気にもせず、アシアラは切り出た。


「ねえアルバ、私にも剣を教えてくれないかしら?」


 目をのぞき込もうとするアシアラだったが、露骨に目線をそらすアルバ。思った通り、ろくな事では無かった。

 アルバはアシアラを戦わせる気は無かった。村から出てまだ一月すらたっていない。いつかは身を守るために力が必要になるかもしれないが、まだ早いのではないだろうか。


「帰るぞ。俺は疲れているんだ。話なら後で聞いてやるから」

「絶対ね。約束だからね」

「あ~、はいはい。約束約束」


 この村から街までは半日ほど歩く。昨日の夕方に村に着いた時、アシアラは借りた小屋ですぐに寝てしまっていた。

 このまま帰っても、街に着く頃には夜だろう。着いたらすぐに食事を済ませてしまえば、どうせアシアラは寝てしまう。この話がただの思い付きであれば、明日の朝には忘れているだろう。


 そしてその考えは、その日の夜に否定されることになった。


 宿屋の一階にある酒場。アルバは酒が苦手であり、いつもミルクを飲んでいた。それに倣うように、アシアラもいつも同じものを飲んでいた。

 それが、今日は違った。


「コーヒー? 珍しいな。苦いものは苦手じゃなかったのか」

「ええ。今日は食事の後すぐに寝ないようにと思って……にがい……」

「無理することもないだろうに」

「今日は話さないといけない事があるからね……にがい……」

「話? なんだそれは」

「もう! 剣を教えてほしいって話よ。こういう時じゃないとすぐはぐらかすんだから……にがい……」


 アルバは心の中で大きなため息をついた。残念なことに、村での話を忘れてくれてはいなかった。しかもより残念なことに、普段は口にしないコーヒーなど飲んでいるではないか。

 眠らない準備は万端というところだろう。昼間の狩りで疲れているアルバにとっては、正直な話すぐにでも寝たい。ただ、それを許してくれそうな雰囲気でもない。


「なんだって急にそんなことを思ったんだ」

「急じゃないわよ。この半月の間、遠くから戦っているところをずっと見ていたわ。他の人を知っている訳ではないけれど、アルバはとても強いのだという事は分かるわ」

「そうでもないさ、俺なんかより強いやつはごまんといる。それに俺の剣は独学だからな、教えるようなものじゃない」


 じっと、ただじっと目を見つめ合っていた。長い沈黙であったが、アルバは自分の額に汗がにじんでいるように感じた。

 熱い、確かに熱さを感じるほどに、アシアラの瞳は赤かった。それは普段の立ち振る舞いからは信じられないほどの熱量。

 あの日からずっとくすぶり続けていた炎である。アシアラの両親が妖魔と刺し違えたあの時から、あの陰惨な光景を目にしたときから、妖魔への復讐の炎が燃えたたぎっていたのだろう。


「お願いアルバ。私はあなたの力になりたい。ただ遠くから眺めているだけなんて嫌だし、何かあったときに自分の身くらい自分で守れるようになりたいもの」

「ああ、しょうがないな。わかったよ」


 諦めたように首を振るアルバと対照的に、アシアラの表情は徐々に明るく崩れていった。結局アルバが折れた形である。

 アルバ自身も言っていた通り、完全に独学で剣を振るってきた。教え方などは何もない。

 報告書に書く内容と合わせて、その日の夜は頭を抱えることになるのだった。



 翌朝、いつもより早い時間にアルバはたたき起こされた。眠気を押してむりやり開いた瞼の向こうには、やる気に満ち満ちたアシアラの顔があった。


「なんだよ、まだニワトリだって熟睡してるぞ」

「剣を教えてくれるって約束でしょ? だから早速ね」

「いや、準備とかもあるだろ。お前は何で練習するつもりなんだよ」

「アルバの剣とナイフがあるじゃない」

「……俺は死にたくもないし、殺したくもないからな。こういうのは普通木製のダミーとか使うんだよ」

「あらそうなの?」


 キョトンとした顔をしているアシアラを見て、アルバは心の底から不安になった。本当にこいつは剣を覚えられるのだろうか。

 ただ、約束してしまったものは仕方がない。今日はどうせ報告書を書いて提出するだけの一日になりそうだったので、そのついでに木剣でも買っておこうと思った。

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