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第7話 猪型の妖魔

 いくつもの田畑に囲まれるように民家が二十軒程並んでいる。さやさやと風になびく農作物は緑が映え、爽やかな香りがこちらまで届くように思えた。


「キレイだわ。私の村の周りも森ばかりで濃い緑色だったけれど、淡くて流れるような緑も美しいものね」

「そうだな。遠いと綺麗なんだがな。近づくと家畜や田畑に撒く肥溜めの臭いがきつい」

「美しさを素直に愛でる心はないのね」

「いいから行くぞ」


 アシアラの頭をポンと叩くと、アルバはすたすたと歩き出した。アシアラも急いで追いつくように歩く。アルバはろくに振り返りもしないが、それでも体格差のあるアシアラが十分に隣で歩けるだけの速さで歩いているようだった。


 村へ着くとすぐに依頼人である村長と会った。今回の依頼を受けたことを報告し、妖魔が出現する場所などについて話を聞いた。

 妖魔は村の南西によく表われるといい、そのあたりは村でも特に質のいい野菜が取れると評判の畑であった。土が良いのだと村長は自慢げに白いひげを撫でていた。


 村の南西に着くと、二人は地べたにどかりと腰を下ろした。アシアラは村人からもらった藁のようなものを敷いている。


「そういえば、今日はトゥールさんはいないのね」


 ここまで歩いている時には話題にも出さなかったのだが、今になって思い出したという事だろう。


「全部の案件に彼らが来るわけじゃない。アシアラの村の時は熊型だったからな。それなりの妖魔じゃなければ、自分たちで依頼人と確認をするんだよ」

「ふ~ん。熊型って強いの?」

「ああ、一部別格の奴らを覗けば最強クラスだろうな」

「そんなに強いんだ」


 それ程に強い妖魔と刺し違えた両親について、アシアラは誇らしい気持ちがこみあげてきていた。

 何となく嬉しさでふわふわとした気持ちでいたアシアラだったが、あることに気が付いた。

 このまま待っていて、その猪型の妖魔とやらはいつ登場するのだろうか。まさか農作物を荒らしにくるまで待機ということなのだろうか。


「ねえアルバ。このままずっと待ち続けるのかしら?」

「少し待て。もうすぐ風の向きが変わる」


 アルバは空を見つめていた。雲の流れをじっと見続け、体全体で風向きに意識を向けている。そして一つの大きな雲が崩れた頃に、袋の中からあるものを取り出した。


「……なにそれ? いい歳して泥団子で遊ぶの?」

「馬鹿か」


 アシアラの横やりを気にすることも無く、アルバはその泥団子のようなものを近くのあぜ道の真ん中に叩きつけた。

 その衝撃で団子は壊れ、香草のような香りが微かに鼻をついた。


「なんかいい匂い」

「そうだな、いい匂いだ。そしてこれは五感の鋭い妖魔にとっては、俺達の数倍は心地いい香りなんだそうだ」

「じゃあ、これって妖魔をおびき寄せる餌ってことなのね」

「そういう事だ。俺たちは見た目のまんま団子って呼んでる」


 そんな団子の効果は絶大だった。少し離れた林の中から、低い唸り声が風に乗って響いてくる。そしてその場所から現れた影は、確かに猪の形をした真っ黒いものだった。


「じゃあ、行ってくるからそこで待っとけよ」


 アルバは立ち上がると、腰の細剣を抜く。妖魔は警戒してはいるようだが、その眼は臭いの元である団子にたいしてくぎ付けのようだ。


 のそりのそりと緩やかに歩を進める妖魔と、そろりそろりと足音を立てることも無く静かに妖魔に近づくアルバ。


 妖魔の体が林の影からすっかり出たその瞬間、それは地面を強く蹴った。早い、とアシアラは思った。そこそこ距離の離れたこの場所からでも、その急な加速には目が流れた。


「よっと」


 そんな気の抜けた言葉と共に、アルバの姿は妖魔のすぐ隣にあった。そして振り払った剣の切っ先は、妖魔の中にある魔石を弾き飛ばしていた。


 その体の中から核である魔石を失った妖魔の体は、霧散するように淡く消えていった。

 特に息も切らすこともなく、アルバは弾いた魔石を拾うと袋にしまった。


「もう終わったの?」

「ああ、終わったよ。お前の言葉を借りれば、楽勝ってやつだ」

「こんなに早いなんてね」


 アシアラは妖魔がいたはずの林と、地面で潰れている団子を交互に見る。団子が地面に落ちて妖魔が林から出てきた。そして妖魔が団子を目がけて走ったと思ったら、いつのまにかアルバがそこにいた。

 よくわからないままに終わってしまっていた。気が付くと、アルバは依頼人と話をつけたようで、すぐに帰ることになった。


「アルバ、お金は受け取ったの?」

「いや、依頼人から協会に支払われるさ。俺は報告書を出す時に報酬として受け取る」

「へえ、面倒くさいのね」


 それには答えず、アルバは歩き続ける。


「それにしても簡単に倒したものね」

「まあな。猪型が倒せないようじゃ妖魔狩りはやっていけない」

「私でも倒せたりするの?」

「馬鹿か」


 本気なのか冗談なのか、そんなアシアラの瞳には小さな炎が燃えているようも見えた。

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